070 「二度目の夢枕(1)」

「お久しぶりね」


 就寝して次に意識したら、聞き覚えのある声がどこからともなく響いてきた。

 今日は9月1日。

 私の体の主(あるじ)が、夢枕に立っていた。そして夢枕に私の体の主が立った事に内心少しホッとしていた。何しろ毎年9月1日に眠る時は、地味に緊張していたからだ。

 けど、当人が数年先と言ったように、今日、いや今夜、最初に同じ現象に出くわしてから、ちょうど4年目の1928年の9月1日に、夢枕に立った事になる。

 これで、私の体の主は嘘をついたわけじゃないと証明してくれたわけだ。


 周囲の状況は、前回同様の場所らしく、部屋なのか外なのかすら分からない。見渡す限りの景色は、床も天井も含めてぼんやりした灰色。

 そして私と思われる体か何かと、私の目の前に最初は球体が出現する。そして少しすると形を変えて、成人女性の姿を取る。


 その姿は、前回同様の白い3Dシルエットなゲーム『黄昏の一族』に登場する悪役令嬢・鳳凰院玲華が具現化したような姿。そして今の私の体の主(あるじ)。

 あと7、8年もしたら私もこの姿になるのかと思うと、流石に少し期待してしまうその姿は、長身ながら均整の取れた肢体。出るところは出て、引っ込むところは引っ込む理想形。加えて細く長い手足に、腰まで届くロングのストレート。女子なら一度は憧れる姿だ。

 前回より少しディティールが深くなった気がするけど、4年前の記憶違いかもしれない。

 ただ今回も顔がない。顔にあるのは、話した時に割れる口だけ。かなり不気味だけど、2回目なので、こちらも余裕を持って相対する事ができた。



「あ、久しぶり。また短いの?」


「4年ぶりの再会の最初の一言がそれですの? 私、その体を貸して差し上げてますのよ。もう少し言葉があってもよろしいんじゃなくて?」


 ソファーの肘掛けにもたれるような仕草は、とてもよく似合う。思わず見惚れるほどだけど、彼女のペースにならないよう言葉を続ける。


「えーっと、取り繕った言葉なんて言われて嬉しい?」


 そう言ってやると、今度は憮然とした態度を見せる。

 顔がないので分からないけど、多分間違いない。まあ、性格その他お変わりなしのようだ。

 それならこちらも態度は前と同じで良いと判断する。


「じゃあ、ちゃっちゃといくわね。時間ないんでしょ?」


「そうでも御座いませんけれども、どうぞ」


「うん、ありがと。それじゃあまずは、私が転生してくるまで、3歳になるまでのこの体ってどうなってたの? あなたが居たの?」


 そこで、相手に一瞬の躊躇(ちゅうちょ)が見えた。


「何? 言いにくい事?」


「いいえ。3歳の9月1日より前には戻れませんでしたわ。もし戻れるのなら、お父様を死なせたり致しません」


(それはそうか。当然よね)


「……あの、ごめん」


「あなたが謝る必要はなくってよ。前にも申しました通り、この不思議な状態は私にとって父の死が切っ掛けの一つだと言う事なのでしょう」


 親の事を話していると言うのに、相変わらず淡々としている。それに、前回同様どこか気だるげだ。

 何もないのに、ゆったりとしたソファーに悠然と腰掛けた感じも同じだ。


「うん。じゃあ次の質問にするけど、これ以上の夢とか記憶を教えてもらう事は可能?」


「ええ、夢はもう無理ですわ。そうですわね。この夢以外となると・・・一つ御座いますわよ」


「何?」


「私が体験した人生を語って聞かせましょうか?」


「時間あるの?」


「ええ。前回より御座いましてよ」


「お、マジ? この先起きる歴史的な事件や戦争の事を聞ければ、この奇妙な状態に対する信ぴょう性も高まりそうね!」


「信ぴょう性とは無礼でしょう。話しませんわよ」


 リアクションを含めてお嬢様っぽく怒ってはいるけど、口調も含めて本当に怒っている気配はない。

 だからこちらも気軽に言葉が返せると言うものだ。


「あ、ごめんごめん。それより、逆はいいの? 私がこの4年何していたのか話す? それとも全部知ってる?」


「ええ、一応確認はしていますわ。けど、あなたの前世とやらにも、あなた今が何をしているのかも、わたくしあまり興味ありませんの。けど、『あの女』が出てきてからは、しっかり見させていただきますけれどね」


(絶対、ああしろ、こうしろ、って言ってくる気だ)


 そうは思うけど、今は気にしても仕方ないだろう。いや、そこで気になる事に行き当たった。

 小さく挙手する。


「次の質問」


「はい。なんですの?」


「あなたが転生なりを繰り返した2回目以降は、全部3歳からの再開で間違いない?」


「ええ、その通りですわ」


「16歳からじゃないのね?」


「16歳・・・ああ、『あの女』が現れてからって事ですわね? それはありませんわ。それでは、事前に『あの女』に対する準備が出来ないじゃありませんか」


(ゲームとは関連してないのかな? けど、事前にどうにかするって、考える事はみんな同じなのね)


 ある意味埒のない事を思いつつ、これ以上話すと私がしている事を糾弾されそうだとも思ったから、方向転換を図る事にする。


「そ、それもそうね。じゃあ、人生やり直しで、他に何してきたの?」


「ん? 人生をやり直すのは確かに少し退屈ですから、少し違う趣向を行なってみたりはしましたけれど、それが何か?」


「えーっと、色々歴史とか事件とかの知識もそのままなのよね」


「ええ、そうね。だから退屈でしたわ」


「変えようとは思わなかったの? 何か出来る事もあったんじゃない? 事前に変えられる事もあるでしょう」


 少し口調が強くなるのを自覚するけど、お門違いな感情という自覚もあるから、自分自身ですらどこか遠慮も感じてしまう声になっているのを自覚する。

 けど目の前の体の主は、私の態度は気にしてなさそう。相変わらずのアンニュイさだ。


「子供に何が出来ると言うのですの? それにわたくしも、思いつく限りは致しましたわよ」


「そうなんだ。余計な事言ってごめんなさい」


「いいえ、よろしくてよ。それでお話の方は、私が如何にして『あの女』を排除したかで宜しいかしら?」


「いや、そんな不毛な話より、世界情勢とか何が起きたとか、戦争の話とか他に色々あるでしょ?」


 言い返したら、かなりご不満なご様子。顔が見えるなら、かなりキツイ表情をこっちに向けてそうな気配がする。基本気だるげなのに、『あの女』、恐らくゲーム主人公には強いこだわりと憎しみを感じる。

 けどそれも数秒で、溜息をついて態度も和らぐ。


「それが人にものを頼む態度ですの? まあ、今回は長く話せそうですから、ゆっくり聞かせて差し上げますわ。ですが、『あの女』が関わる話だと一晩では済みませんし、世界情勢とおっしゃられても、興味がなかったのであまり詳しくありませんの。けれど、戦争のお話なら当時散々聞かされたので、かなり詳しくてよ。そちらでよろしいかしら?」


「あ、はい。よろしくお願いします。じゃあまずは戦争。時間があれば、これから起きる事を覚えている限りで話すって形でお願いね」


「心得ましてよ」


 そう言って、アンニュイなまま私の体の主は、戦争を語り始めた。

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