033 「大正最後の新年会」

 大正15年(1926年)が明けた。


 一族の新年会で私は静かに注目されたが、まだ一族中枢の者にしか私の立ち位置は公表されていないので、中心に位置する一部の人が親の仇とばかりに見てきただけだった。

 主に大叔母の佳子と叔父の玄二だ。

 この二人は、ゲームではどちらかと言うと日和見で、最終的に悪役令嬢を裏切り主人公サイドに付く。

 にも関わらず、幼女の時点で厳しい視線を向けてくるのは、ゲームより私の立ち位置が大幅に強化されたせいだろう。

 ゲームだと他財閥とくっつける事で鳳を救う手駒という向きもあるが、鳳自体が強くなると長子である私は、二人にとって邪魔でしかない。


 とはいえ、まだまだ幼女な私が気にしても仕方ない。

 それよりも、そうした連中から私を守る為、龍也お兄様とお兄様の子供の龍一くんと瑤子ちゃんが側に居てくれたので、その方が私的にはポイントはずーっと高い。



「むぎゅー。レーコちゃん息がくるしいよぉ」


 イカンイカン、思わず強く抱きしめてしまっていた。


「あ、ゴメンなさい。ヨーコちゃんが可愛いから、つい。あっちで遊びましょう」


「うん!」


「あ、待て瑤子、玲子! ホラ、お前らも」


「はーい」


「あ、あぁ」


 玄二叔父さんの子供の玄太郎くんと虎士郎くんも、子供同士で遊ぶ時は積極的に一緒にいてくれたのだが、後で怒られたりはしないかと、お姉さんとしては心配してしまいたくなる。


 なお、大叔母の佳子さんとその婿養子の善吉大叔父さんのお子さんで長男に当たる龍吉叔父さんは、まだ結婚したばかりでお子さん(善吉大叔父さんの孫)がいない。あと二人は女性だが、まだ未婚でお相手を探している最中だ。

 ただ善吉大叔父さんの一家は一族の主流からは外されているので、一族の大半が全滅でもしない限り、この夫婦とその子供に少なくとも一族の支配権が回ってくる事はない。

 善吉叔父さんが臨時総帥なのも、私の父の麒一と大叔父の龍次郎が関東大震災で亡くならなければ有り得なかった。

 ただ大叔母の佳子さんは、主流に立つ事を狙っている。


 他に子供といえば、虎三郎大叔父さんの子供だろう。

 世代的には私達の父の世代に当たるが、虎三郎大叔父さんの婚期が遅かったので、男女2人ずついるが全員が10代だ。私達とは少し年が離れているので、軽く挨拶しておしまいになってしまう。


 なお、虎三郎大叔父さんの一家は、ゲーム上ではアメリカ在住という事で殆ど出てこない。だから私にとっては初見に等しい。

 そんな虎三郎大叔父さんは、アメリカで修行中にお嫁さんを勝手に見つけて日本に連れてきたので全員混血児だ。だから肌は白人寄りだし、男女一人ずつが金髪を持っている。

 だからこの時代の日本では、学校など集団社会で相応に苦労しているらしい。みんな気さくで良い人ばかりっぽいのに、ちょっと同情してしまう。


 そして恋愛結婚で結ばれた奥さんのジェニファーさんは、金髪碧眼な見た目で年を取らないタイプの綺麗な人なのだが、どうもアメリカのどこかの財閥か名家の流れの人らしい。だからこそゲームでアメリカ在住な理由が少し見えてくる。

 それはともかく、そういう事情もあって虎三郎大叔父さんの一家は一族の中枢から少し距離を置いている。アメリカ上流階級への警戒と、日本での遠慮という実に面倒くさい状態だ。

 だからこそ善吉大叔父さんと玄二叔父さんが、関東大震災以後の次代の鳳を担うと見られていたのだが、この二人は佳子大叔母さんとの仲が悪い。その上、私という予期せぬ障害が立ちはだかり始めていた。


(これでもし曽祖父と祖父が倒れたり万が一の事があったら、一族崩壊一直線ね。そりゃあ、ゲームみたいに無茶苦茶な状態になるわけだ)



 そう思いつつ、一人の男性に自然と視線が向く。

 そこには本来なら、いや、今までならいないはずの人物が人の輪の中心にいた。

 紅龍先生だ。


 ここ2年ほど次々と革新的な新薬を開発し、日本ばかりか世界的にも注目されている為、本家である蒼家も紅家出身者といえど無視できなくなったからだ。

 もっとも、蒼家と紅家は仲が悪いわけではなく、単に上下関係が厳しく定められているだけなので、こうして名声を獲得すれば下剋上も十分に有り得るのが鳳一族の家風でもある。


 優秀な者を伸ばさないと、出る杭ばかり打っていては、一族の隆盛など夢物語と分かっているからだ。

 だからこそ鳳の一族は、一族と一族に忠誠を尽くす者への教育と賞賛、そして厚遇に積極的だ。

 幼女の私の地位が、まだ内密ながら大きく引き上げられたのも、単に「夢見の巫女」と言うだけでなく、その力によって功績を挙げていると評価されたからだ。


 なお、その紅龍先生の新薬の治験者の一人として、祖父にして私の父である麒一郎が自ら志願した。

 ただ結核については、本当ならもっと苦しい筈だと診断されたのだが、祖父の体が頑丈過ぎたせいで当人は普通に動けていたのではないかと言うことだった。

 そして12月から入院して、もう経過を見るだけになっている。

 それでも今年の新年会は病院で過ごしているが、一時は考えた軍を退く必要もなく普通の入院で済んだ。2月には軍務にも復帰予定だ。

 そしてお父様な祖父が結核治療で入院するも新薬により簡単に治癒、退院できるという話は、華族界隈、経済界の上層、陸軍内で既に広まり始めているらしい。

 ある種の災い転じてというやつで、鳳伯爵家当主にして陸軍少将なのが、新薬の知名度向上に大きく役立った形だ。


 けど、それだけ頑丈な人でも病には勝てないと言う事を、私に教えてくれる一例でもあった。

 そして私のちょっとした勘が当たった事、私のそばに紅龍先生がいてくれた事、私が都合の良い未来の知識チートを持ち合わせていた事、これらが全てが無ければ一族は一大事になっていただろう。

 本当に、紅龍先生には感謝しかない。


「どーしたの、レーコちゃん?」


「ん? ううん、なんでもない。こんなに沢山一族が居たんだなああって」


「ほんとうだねー。けど、私はレーコちゃんが一番大好きだよ!」


「ありがとう、瑤子ちゃん。私も瑤子ちゃんが一番だよ!」


 二人して同時にギューっと抱き合う。

 するとそこに、予想どおりお邪魔虫が割り込んでくる。しかも物理的に引き剥がそうと。


「なっ! 瑤子! お兄ちゃんが一番じゃないのか! それと玲子、くっつきすぎだ!」


「いーっだ!」


「そ、そんなぁ」


 瑤子ちゃんの一撃で情けない顔と声の龍一に、周りの子供たちが無邪気に笑う。

 私もその一人となった。


(まあ、今は深く考えても仕方ないか)


 年相応な同年代の一族と触れ合いつつ、考えすぎている事を自覚するだけだった。

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