ロマンだな

紫陽花の花びら

第1話

 月の欠片を拾った夜は、奇跡が起こると、小さい頃祖母に言われていた事を俺は思い出していた。


「ばぁば、お月様は何で欠片落とすの? その欠片は誰にでも奇跡起こすの?」 

「あ~起こすよ。じゃなきゃ不公平だろ?」

「へぇ~そうか。じゃあ、僕も拾える?」

「勿論。颯人が良い塩梅になったら。その時、ちゃんと落ちてくるよ。だから見逃さないようにね!」

「うん! 楽しみにしてる!」 


 俺は結構長い事それを信じている。

そう、今も期待しているよ。

だってロマンだろう? 月の欠片が落ちてくるなんてさ。


そんな祖母も五年前、俺が二十三歳の時に他界した。

本人も寿命だって判っていたのか、見舞いに行くと

「颯ちゃん来てくれて有難うね。忙しいだろうに……最近じぃじがちょくちょく来るんだよ」

って笑いながら言うから、

「ダメだぞ! じぃじに言って。まだ早いって。そうだ……ばぁば、俺まだ月の欠片拾えないよ~」


祖母はうんうんと頷き、

「そうかそうか。焦らなくて大丈夫だよ……必ず颯人にも良い塩梅が来るからね」

俺はなんか安心したのを覚えている。

「また来るよ! じゃ!」

これが祖母との最後の会話になった。


それから三日後祖母は逝ったんだ。


 二十八で恋愛結婚した。

それなりに幸せなんだと思うが、仕事に忙殺される日々にへとへとなんだよ。

だからかなぁ、月を見ると、どうしても言いたくなるんだ。

「ばぁば……拾えない。まだ良い塩梅じゃないのか?」

ってね。


それから二十年。

秋の夕暮れの虚しさを? 同僚と噛み締めながら飲んでいた。

「おっ!悪い!古女房が怒ってる~ここは奢るから~」

はいはい!どうぞどうぞ~。

俺たちは店を出ると別れた。

単身赴任の俺は、誰もいない部屋に帰るだけだ。

仕方ないブラブラするかぁ。

東京にも帰ってないなぁ~ふぅ~まあ向こうは亭主何たら留守が良いだろうから~子供もデカくなってさぁ生意気なんだよ~プハァ~。

なぁ、三日月さんよ~欠片はどうした?

「ふ~今夜も綺麗な三日月だよ。どこに欠片落としてるだろうな。なぁ~ばぁば?」

 あれ?こんな所にバーなんてあったか? おっ!名前が気入った。 「ニュームーン」だと!

時間を見ると七時半だ。

一杯だけと心に決め、俺は少し重たい扉を開けた。

「いらっしゃいませ……こちらへ」

飲みすぎの俺は、冷たいお絞りが気持良い。

メニューにあった「誕生日カクテル」が目に飛び込んできた。

しばし悩み「誕生日カクテルの10月9日お願いします」

「少々甘めてますが、よろしいですか」

俺は頷く。

暫くすると綺麗な赤色のカクテルが置かれた。

「グルームチェイサーでございます。カクテル言葉は、真心を込めて人助けが出来る才能の持ち主でごさいます」 

俺は思わず

「祖母にぴったりだ」

と口走っていた。

「それはようございました」

微笑みながら答えるマスターに、心が和んでくるの感じる。

 俺は何となく、月の欠片の話をマスターに話し始めた。

この人なら笑うまい。

「なんか子ども騙しだけど。そんな事が仮にあったら、この世の中幸せになれる人が、少しは増えるかなぁなんて思ったりして。俺もあやかりたいしね」

「本当ロマンですねぇ。私もあやかりたいです……素敵お話のお礼に、ブルームーンを作らせて頂いても?」

「えっ!ブルームーン? 嬉しいなぁ。では遠慮なく」 

出されたりカクテルは名前の通り綺麗なブルーだ。

「カクテル言葉は色々言われておりますが。今夜は「奇跡の一杯」とさせて頂きます。そして奇跡は、ミステリアスと少しの好奇心で起きる?かも ではどうぞ」

「確かに好奇心なんて忘れていました。頂きます~うん!美味しい!」

楽しい時間を過ごし、上機嫌な俺は、また来ることを約束して店を後にした。


携帯が鳴る。

「パパ! ママが……ああ~ああ~」 

切れた……かけ直しても繋がらない。

訳わからん、タクシーの中で思考がぐるぐるする。

家族は東京だぞ? 家電も繋がらないのは何故だ。

腑に落ちないが落ち着け、如何したって、今夜は帰れないと思っても収まらない動悸。

鍵も上手くさせない程のパニック状態で、部屋の入り明かりを付けた。

「ハア?」

テーブルの上には、オードブルとシャンパンetc、そして寝室から押し出される様に出て来た妻

月恵。

パーンパーンとクラッカーを鳴しながら息子光と娘煌が続く。

「結婚記念日おめでとう!パパアンドママ!」

殆ど帰らない俺に逢いたくて来たとか何とか暫く騒いで、子供たちはホテルを取ったからと帰って行った。

 一気に静寂の波にのまれ照れ臭くなった俺は、

「月でも見るか?」

なんて慣れない言葉を発する始末。

「月の欠片見付からないの?」

そう優しく呟くおまえが、やけに愛しいくて抱き締めてしまった。


奇跡の一杯はミステリアスと少しの好奇心かぁ

ああ~確かに奇跡は起きた。

まさかの団欒。

ばぁば……見える?


月の欠片は今この腕の中に。

そして煌めく光と共にあったよ。


有難う! ばぁば!

俺の宝物はここにあったよ!


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