第9話 うさちゃんが好きなんです
男性の名前は、
綾葉の勢いに押され、正和はポツリ、ポツリと語り出した。
小さい頃から可愛いものが好きでした。
あ、いえ、特にトランスジェンダー、などではないのですが。
幼稚園、小学校低学年では、女子と遊ぶことが多かったですね。
しかし、小学校も高学年になると、やはり男女の差というものが生まれてきますし、異性に恋愛感情を抱くこともあります。その中で女子と友達として仲良くしている僕は、同年代の男子たちからしたら異質に見えたのでしょう。
いつしか仲間外れにされるようになってしまいました。
学校で居場所がなくなった僕は、塾に入り、中学受験をしました。
無事、第一志望に受かることができたのですが、もう小学校の時のようなことになるのは嫌でしたので、可愛い物好きなのをひた隠しにして生活していました。
はい、それから今に至るまで、誰にもこのことを言ったことはありません。
私の悩みは、最近ある同僚にそのことを勘ぐられ始めていることなのです。
「へえ、可愛い物好きさんですか」
という、
「いいですね!私も大好きなんですよっ」
ことのほか弾んだ声に安堵の息を吐いた。
「でも、会社の方々に言ってしまうわけにはいかないのですか?」
「全員が全員、美織さんみたいな反応ではないのですよ」
魔法界で迫害されていた
(やはり、周りと違う者は嫌われてしまうのね。そんなのって、絶対におかしい)
数秒の沈黙。
「ごめんなさい、暗くなっちゃいましたね」
ズーン、と落ち込んでしまった店内の雰囲気に耐えかねた正和が、苦笑いしながら言った。
「では、正和さんは会社の方々に可愛いもの好きということを悟られたくないのですね?」
「はい」
ふむ……、と考え込む素振りの綾葉。
「もう一度お聞きしますが……、同僚の方に言ってしまう、という選択肢はないのですか?」
「ありません」
綾葉が引っかかるのはそこだ。
「なぜ言ってしまわないのでしょう?怖いのですか?しかし、いくら何でも相手も大人です。小学生ではないのですから、あからさまな反応はしないはずですよ。理解もあるでしょうし」
正和はすっかり綾葉の言葉に飲まれ、タジタジしている。
そういう納得のさせ方か、と美織は思った。
(綾葉さんの論破モード、かっこいいなぁ)
美織の思うとおり、綾葉は確実に正和を言葉で負かす構えに入っている。
「そうですか、怖いなら仕方ありませんね—――……」
「怖くないッ!さっきから聞いていれば、何なんだその言い方は!初対面のあなたにそんなことを言われる筋合いはない!」
正和はついに堪えきれず、激高した。
「……」
そんな正和を冷静に見つめる綾葉。
「俺は、俺は怖くなんかないッ!」
その正和の怒鳴り声の後は、だれも声を出さず、ただ正和の荒い息だけが聞こえていた。
「……ひーくん、美織ちゃん。今の、聞いたわよね?」
急に話を振られた二人は驚くが、慌てて頷く。
「言質、取りましたよ?」
正和はビクッと肩を震わせたが、すぐに頷く。
「あ、ああ。わかってます」
それを聞いた綾葉は、今までの冷淡な表情を崩し、花のように微笑んだ。
「その言葉を待っていました」
さっきとのギャップに、正和は目に見えて動揺しているが、なぜだかその顔は赤く染まっている。
(あー、こうやって人は恋に落ちるのか……)
美織と
「さっきは失礼な言い方をしてしまいまして、大変申し訳ありませんでした。しかし、正和さんには戦っていただきたかったんです」
「た、戦う?」
「はい。この、理不尽な『常識』に縛られた世界と」
なぜだろう、ものすごく壮大な言葉なのに、綾葉さんが言うとしっくりくるのは。
美織は圧倒されつつも、こういう人の
「はい。明日、同僚に正直に話してみます」
「それがいいと思います」
綾葉は華やかな笑みを浮かべた。
「ところでですが、お腹すいてきちゃいまして……。実は僕、甘いものも好きなんです。このケーキセットと、このラテアートを頂けませんか?」
一瞬呆気にとられた顔をした綾葉だったが、すぐに言った。
「もちろんです!」
「う、わぁぁぁ……」
綾葉が正和の前にショートケーキとうさぎのラテアートを置くと、正和は目を輝かせた。
「か、可愛いですね……!飲むのがもったいないです」
「それはありがとうございます。でも、ちゃんと飲んでくださいね」
正和がラテアートに向けて、パシャパシャとシャッターを切りながら答える。
「僕、うさちゃんが一番大好きなんです。大きな耳が可愛いじゃないですか」
おっと。これは結構な可愛いもの好きでは?と美織は見当をつけてみる。
綾葉が言った。
「喜んでいただけて嬉しいです」
ラテアートを飲み、ケーキセットを食べ終えた正和は笑顔で店を去っていった。
ああ、私はなんて幸せなんだろう。私の店に来たお客様が笑顔で帰っていくのを見るのは本当に嬉しい。
綾葉はしみじみと幸福を実感した。
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