魔法陣の左右を入れ替えてはならない

基岡夕理

魔法陣の左右を入れ替えてはならない


「左と右を入れ替えてはならぬぞ」


 師匠はいつもそう忠告した。うっかり間違えようものならビンタを食らい、機嫌をとことん損ねたときにはしばらくお仕置き部屋に閉じ込められた。



 それでも僕は師匠のもとで学び続ける。偉大な魔法使いになるためだ。



 師匠は名高い魔法使いで、つい最近まで名門学校で若手の育成に努めていた。若い頃から多大な功績を上げ、非常にモテていたらしい。六十歳を越えた今では隠居生活を送っているが、僕は無理を言って住み込ませてもらってる。だからそもそも逆らえる立場にない。


 何より、師匠の専門は魔法陣だ。

 それは強大な魔法を使うにあたって必須の技術である。



「いいか。左が赤の魔力、右が黒の魔力だ。絶対に間違えるでないぞ」



 理屈も教わっている。

 魔法陣は魔力を絵具のようにして作図するのだけど、その際、左右に大きな円を描く。その左の円から魔法の構築が始まり、右の円でそれが終わる。建物で言うなら左が土台で右が外装だろうか。


 魔力は色ごとに固有の機能があって、それを考えると確かに理想の配置なのだ。


 師匠はこの考えを普段から徹底している。魔法陣に限らず、対になっているものは必ず右が黒で左が赤になっている。僕は師匠の美学に打ち震えた。



 ただ、少し気になることがある。



 僕がどれだけ師匠と同じ魔法陣を作っても結果が異なるのだ。魔力の質に問題があるのは確かだけど、それだけで説明できないように思われて。


 でも師匠は「入れ替えてはならぬ」の一点張りで。



 どうしても気になった僕は、休暇を貰って魔法学校を訪れることにした。見習いは普通ここに通うからだ。しかし得られたのは師匠を支持する意見ばかり。完全に無駄骨だったと肩を落とした。せめて何か食べて帰ろう! そう決めて飲食店に立ち寄った。


 そこで、なんと、最近名を揚げている新進気鋭の魔法使いを見かけた。僕は跳び上がりそうな勢いで彼に声を掛け、事情を説明した。

 真摯に聞いてくれたのち、彼は笑って答えてくれた。



「実のところ、固定する必要性は全く無いよ。あの人が偉大過ぎてみんな盲目的に信じちゃってるだけ」



 やっぱりそうだったんだ!



 嬉しさで跳び上がってしまいテーブルで膝をぶつけた。いたた、と膝を撫でる僕に、彼は、驚くべきことを付け加えた。



「ただあの人なら、このぐらいのこと気づいてるはずなんだよなぁ」



 僕は慌てて師匠のもとに帰った。そしてこの件について追及した。

 すると師匠は観念したように、でも言いづらそうにごもごもと、


「確かに他の魔力でもうまくいく。やり方次第ではより強力なものも作れる」


 本当に知っていた。


「知ってたなら教えてくださいよ!」


 憤慨する僕。

 師匠は、初めて見せる深刻な表情で、逆ギレ気味に怒鳴った。



「それじゃあ美しくないのだよ!」



 いやいや、僕は芸術目的でやってないんですよ。

 と言おうと思ったが、師匠の圧を受けたせいかかえって冷静になっていた。


「どうしてそこまでこだわるんですか」

 僕は呆れ気味に尋ねる。



「乳首だ」



 師匠は鬼気迫る表情をして言った。

 一瞬なにを言われたのか分からなかった。え、乳首?



「若い頃、夜の街で遊んだおねえちゃんの……その乳首がだな、左の乳首が赤で、右の乳首が黒だった――それを見て私は感動したのだ! こんな美しい配置があったとは!」


「……」


「左赤乳首、右黒乳首。これこそ至高の美! この世界にこれ以上素晴らしい色彩の置き方があるだろうか!」


「……」


「ゆえに、魔法陣にもその美しさを導入しようと」



 僕は死にたくなった。



 その日、僕は師匠のもとを去った。新しい師匠探すために。

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魔法陣の左右を入れ替えてはならない 基岡夕理 @kioka_yuuri

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