【再掲】02(前世にて) 夢みたい、魔法みたいなはじまり







  ───前世にて。




  戦地での任務を終えた俺は、およそ三年ぶりに帰国すればさながら浦島太郎のようだった。


 愛する仲間、戦友達を失った悲しみが決して癒えることなどなく、心身共にボロボロになるまで職務に全うし尽くした。


 そんな名のなき英雄の凱旋に誰も称賛することなく、ささやかながらも出迎えてくれた同僚はいつの間にか出世しており、性格の悪そうな笑みを浮かべて小さな身体で無い胸を張るものだから、久々のご挨拶でお互いに笑顔を取り戻せる程度、少なからず人の心が残っていることに安堵した。


 帰国してからの検査入院後、淡々と事務処理を済ませ、しばしの休養期間を満喫後、快適なオフィスへ転属することが決まった。


 出世した同僚は、俺と入れ替わるようにして戦地へと出征し、性格の悪い彼女が最後に見せた笑顔は……まるで彼方への門出のようだったが、いつかの再会を期して武運長久を祈るよ。



 出征した同僚を見送ってからと言うもの、残りの休養期間中に暇を持て余した俺は、連日一人で飲み屋街へと繰り出し、酒浸りの日々を送っていた。


 散っていったものたち、生き残ったものたち、同僚の末永き武運長久を祈り、乾杯を繰り返していれば、とうとうネタが尽きる頃合い。


 いつの間にか隣の席に掛けていたのか、まるで地上に降りた天使のような、素敵な飲んだくれのお姉さんと知り合い、乾杯の相手に付き合ってくれた。

素敵な出会いに……乾杯。


 お互いどことなく気が合うのか、話は盛り上がり続けた酔いの果て、ムービースターさながらのワンナイトラブは燃え上がり、死線を越えてきた先の最高の思い出か……。


 素敵な思い出を胸の中にしまい込み、休養期間を終えた俺は、新たな職場となる転属先へと異動した。


 じゃ、今回はその時の話をしようか。



 およそ三年間の殆どを戦地で過ごし、硝煙と血潮交じりの砂漠地帯で地を這う野良犬のような生活だっただけに、すっかりと文明社会からの置いてけぼりを食らった浦島太郎そのもの。


 久々に浴びる、果てしない大都会の空気に辟易し、辿り着いた先で起こった出来事、それが運命だったとしたら……どうも悪戯の過ぎる遊び心だろう。


 新たな職場の同僚達に歓迎される中でただ一人、浮かない顔をした美人なお姉さんの際立つ存在感……ああ、数日ぶりかな?


 彼女が明らかにボスだろうなと思えば案の定、同僚達への挨拶をそこそこに済ませた頃合いを見計らったのだろう。

彼女に声をかけられ、部屋へと招かれた。


 同僚達への手前もあってか、どこか浮かない顔のままであるものの、この場は普段通りのボスらしく振る舞おうとしている姿がなんと言うか……いじらしく思えるね?


 もっとも、この前よりも良い表情をしているようだけどね?


 ……そう、彼女とは数日前……お互いに深淵を覗き、そのまた深淵に覗かれていたのだ。

おかげでどう切り出せばいいのやら……

まぁ一匙のジョークで和もうや。


「……よう、あの時のシンデレラさん。こりゃ硝子の靴を届けるまでもなかったようだね?」


「……あん時の王子様が迎えに来たと思うたら……よりによってあんたがうちの同僚になるんかいな?」


 先日のワンナイトから改めて対面し、一言二言交わしたまま……あの日の出来事を思い出し、お互いに頭を抱えるような状況だ。


 真面目を気取った昼の顔が、何とも滑稽なのはお互い様か、微妙な空気に包まれて本来するべき挨拶の機会を逃してしまう。


 この空気感、これから知り合いの葬式か?

それなら真珠のネックレスでもいかがかな?


 ……ま、そうなるのも仕方がないだろうけど、ここは改めまして……都会の一角で微妙な空気を十分味わった俺から切り出そう。


「……改めて、クソチビポメ柴少佐の後任として、東部から転属、現時刻をもってこちらに着任させていただく、───大尉だ。よろしく」


「……数日ぶり、やな? ほんならうちは今更名乗るまでもあらへんやろ? 階級は大佐や。よろしゅうたのんます」


「どうやら俺の実戦経験を買ってくれたそうだが……ここは戦地帰りの人間がいるような場所じゃ無さそうだ。なによりも快適すぎる……ここは天国かい? ここなら渇きに飢えることもないし、好きなだけ清潔で安全な水が飲み放題だぜ?」


「せやで、ここやったら弾も飛んでけぇへんし、伸び伸びとしっかり働きぃ? ほんでな、仕事終わったら美味しいお酒も飲みに行けるんやから、今日は歓迎会やな?」


「おいおい、戦地帰りの俺をここまで歓迎してくれるなんて、泣けてくるぜ?……ああ、そう言えば一足早く、最高の歓待があったな?」


「……大尉、そら……内緒やからな?」


「「HAHAHA!」」


 先日の出来事を思い出せば、真面目な顔をしながらお互いに顔を赤らめ、視線は右往左往……おいおい、ジト目のまま泳ぐものだから、とってもチャーミングな新しいボスだね?……ああ、夜の顔も最高だったよ。HAHAHA!


「ま、ここには人を食ったような笑みを浮かべるような奴はいても、人を刺したり、撃ったことある奴はいないようだね?」


「……せやな、そらあんたの言う通りや……せやけどそれ言うたらな、数日前にうち、ええ男と楽しく飲んでへべれけになってもうた時な、久々に……そら五年ぶりに男の人を食うたし、むしろ食われてもうたんやで?」


「ああ、今思えばあれは……本当に酷いへべれけ具合だったな? 少なくとも悪夢では無かった、最高の夜を駈けた夢物語だ」


「せやな……あんた意外とロマンチストやな? そらベッドの上以外は紳士やったし、へべれけなうちをお持ち帰りしてな、ひとつ屋根のしたやろ?……そら、本能剥き出しで戦地そのもんやろ?……なんならぎょうさん刺されてもうたし、撃たれてもうたんやで?……ソラナ、メッチャキモチヨカッタワ……」


「……最後の方、もう一度言ってくれないか?」


「アホ! うっさいわボケ!」


「「HAHAHA!」」


 この様子だったら後腐れもない模様であり、お互いにそんなこともあっただけのお話……おかげでボスとの関係は上手くいくことだろう。

ちょっとした魔法のようなものかな?


「ま、それには違いないさ……本当、最高の夜だったよ。少なくともあの時の記憶は確かで?」


「……チャントキイトルヤン……そらたった今な、ぜーんぶ思い出したわ。夢から覚めたと思うたら……どないなっとんねん? あん時に名乗ったのは偽名やったんかーい!? ヨウイチ・センダイって誰やねん!?」


「「HAHAHA!」」


 数日前、咄嗟に名乗った偽名もお役御免と相成り、これでようやく対等な関係になるのかもね?……階級の壁だけはどうにもならなそうだけど。


「大丈夫、今度は本名だ……あの時はオフとは言え、一応東部のものだったからね?」


「まぁええわ……それよかな、確かにあの子の後任が必要や言うてな、うちが頼んだもんやったんやけどな……ほんまやったら今日到着の予定やねんけどな……まさかな、その前にお試し期間があると思わんかったで?……王子様はそっちの実戦経験も折り紙つきやったんやな?……流石の東部やで?」


「「HAHAHA!」」


「あの時のシンデレラさん、あれはお互い想定外だったが……ご満足いただけたかな?」


「……アホ、アタリマエヤ……おほん!……今からその話は無しや」


「そうだな、話が進まない。だが一つだけ良いか?」


「手短に頼むで?」


「あの時のやさぐれシンデレラさんや、どうやら憑き物が落ちたみたいで?」


「大尉、あんたは何を言うてはるんや?……そんなんあたりまえやろ?」


「それはよかった。そうだ、俺は名乗ったが……ボス、あなたの事は何て呼べば良い?」


「せやな、うちの名は……いや、もうわかっとるやろ? ほんならボスと呼びぃ?」───。







 ───登場人物紹介。



 Name / ヨウイチ・センダイ(仮)



 色々と事情のある主人公が、メーンヒロインであるボスと出会った時、咄嗟に名乗った偽名。


 二人して羽目を外し過ぎた結果、最高のワンナイトを過ごしたものの……まさか数日もしないうちに再会するとは、思いもよらなかったことであろう。


 彼は転属する前は、”東部”という組織に属していた。

こちらの元ネタは、戦前から戦中においての和製CIAと言える、陸軍中野学校の通称”東部第33部隊”のことであり、本作において戦後の日本が、少し違った歴史を歩んだという設定である。


 ところで、ヨウイチ・センダイって誰やねん?







 Name / クソチビポメ柴少佐(仮)



 主人公が戦地にいる間、いつの間にか出世していた同僚であり、性格の悪さが祟って友達がいない。


 もっとも、性格の悪さは彼女の正義感由来であり、自身の信条、信念を曲げずに貫き通す故である。


 主人公にクソチビポメ柴と言われるぐらいの小柄であり、コンプレックスである身長の話題だけはタブー。


 過去に主人公とは深い関係であったが……彼女の武運は果たして?







 Name / ボス(仮)



 本来であれば、オフィスで転属してきた主人公と顔を合わすはずだったが……数日前、一人やさぐれて飲んでいたら主人公と出会い、彼女の方から声をかけたことで話が盛り上がり……先日はお楽しみでしたね? HAHAHA!


 大佐という階級から察するとおり、優秀な人物であり、もちろんそこそこの年齢ではあるが……主人公曰く、まるで地上に降りた天使のようだと称される程の美貌である。


 色々とあったものの、主人公のことを心の底から歓迎しており、どことなくユーモアの感性が近いことに親近感を覚えている。


 なお、年齢については秘密……作者のペンネームから察するとよいだろう。HAHAHA!




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