【再掲】03 ニルヴァーナと魔法
◇
「う、うわぁ!? お化け!? Bitch! このクソッタレ! 成仏しやがれ!…えっと…観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時…うーん、なんだっけ、あぁ照見五蘊皆空、度一切苦厄、舍利子…………」
「「「「「ギャー!!」」」」」
「オ、オヤメクダサイ! ヘンナジュモンヲトナエダイデクダサイ、ワレワレハミカタデス!…」
「おわっ、怖いから喋るな! え、えーっと…羯諦羯諦、波羅羯諦…うん、あれだあれ…羅僧羯諦、菩提薩婆訶、般若心経…」
「「「「「ギャー!!」」」」」
「マダ、ニルヴァーナニイクキハナイノデ、ドウカオヤメクダサイ! マオウサマ!…」
新たな世界にて、初手からカオスな事が巻き起こっている。今からどうしてそうなったのかを説明しよう。
───。
地上に降り立ってみれば、天界とは真逆の真っ暗な空間に閉じ込められた。
ジーザス…座標ミスってないか?
しばらくして目が慣れた頃、第一村人よろしく早速俺をお出迎えしたのは、うっすらと青白く浮かび上がる「人ならざるもの」、いわゆるお化けだった。
「コレハコレハマオウサマ、アナタヲオマチシテオリマシタ」
曰く付き物件とは聞いたけれど、本当に出るとは思わなかったよ…おまけに喋るお化けらしい、良かったなブリティッシュ。
しかし、俺はブリティッシュじゃないので全くもって喜べない。
それは当然として俺は…お化けが怖いのだ。怖くてトイレすら行けずにおねしょをしないだけでも褒めていただきたい。
それぐらい苦手もなにも存在しないはずのものが存在する事が恐ろしくてたまらないのだ。
想像するだけで気を失う程の恐怖を味わえる死霊たちの盆踊りを思い出す…いや、あれはあれで思い出したくないな。エディーめ…。
呆然としているうちに第一村人、むしろお化けなんだがどういうネットワークなのか、第二、第三と続々と集まって仕舞いには囲まれてしまった。
初手で詰む魔王と呼ばれる男がいるらしい、それもお化けが怖いが為に。
お化け相手にハジキをぶっぱなしても無駄だろうから、落ち着いてうろ覚えの般若心経を思い出したかのように唱えてみれば、お化け達の阿鼻叫喚が奏でられた…どうやら効いているらしい。
こうして初手からカオスな状況が出来上がったのだった。
「オチツイテクダサイ、マオウサマ! ワレワレハアナタノミカタデス! ドウカ、ヘンナジュモンヲトナエルノハヤメテクダサイ………」
俺が唱える般若心経を止めようと無抵抗のまま、むしろお願いをしてくるお化け達。
なんだか少しかわいそうに思えてくる。
先程までは元気(?)に青白くぼんやりと淡く光っていたお化け達は、段々とぼやけていき…般若心経って凄いな。
このままでは本当に成仏しそうだ。
しかし、全くの無抵抗のまま音をあげるだけのお化け達。どうやら本当に敵意は無いようなので、一旦はうろ覚えの般若心経を止めた。
「………ゼェゼェ、タスカリマシタ…コノママツヅケラレタラ、ワレワレハシンデシマウトコロデシタ…」
「いや、お前ら元から死んでるだろ?」
「ソウイエバソウデシタ」
「「「「「「HAHAHA!」」」」」」
「HAHAHA! ジョークと般若心経が通じるお化けでよかったよ」
ぼやけた青白い淡い光は少しずつ色味を取り戻し、お化け達は成仏せず元気(?)になってきて何よりだ。
「ソレデハマオウサマ、アラタメマシテ…ワレワレハゴーストゾクノモノデス。イツカフッカツスルデアロウ、マオウサマヲマチツヅケタカイガアリマシタ」
どうやら歓迎されているらしい、何を喋っているのかとても聞き取りづらいのが難点だが。
「コレデヨロシイデショウカ?」
「おわっ!? 最初からそうしろよ!」
「スミマセン、コレガワレワレゴーストゾクノアイデンティティーデスノデ」
お化け改め、ゴーストさん達の譲れないところがあるのだろう。それでいて親切なところに好感が持てる。
ゴーストさん達のアイデンティティーを尊重してしかるべきだが、それにしてもこちらの心の声を読めるのは凄いな。
「オーライ、わかったよ。それで…ここはどこだい?」
「ハイ、ココハマオウサマノスムオシロ、マオウジョウトコショウシマショウ。ソノチカサイダンニナリマス」
「なるほど、まるで召喚されたかのようだな」
「エエ、トオイイセカイカラヨウコソ。キョウカラココガマオウサマノスムアタラシイセカイデス。ワレワレハマオウサマヲカンゲイイタシマス!」
どうやら本当に転生したらしい。もっとも俺が誰なのかはうろ覚えの魔王と呼ばれる異邦人と言ったところか。歓迎されるだけありがたい、困ったときは般若心経を唱えてみるものだ。
「うむ、ありがとう…ゴーストさん達よ、これからよろしくな」
「「「「「「「ハッ! アリガタキシアワセ」」」」」」」
と言うことで、新しい世界で早速怖い思いはしたものの、友好的なゴーストさん達で助かった。
初手で詰みかと思えば、結果としてちょっと風変わりな家臣団を得られてとても幸先が良い。
俺にとっての心機一転となる第一歩を今、踏み出そうとしていた……はずだったが、魔王と呼ばれるだけに好事魔多し、どうやらいきなり躓く事になりそうだ。
どういう訳か…今、物凄く気持ちが悪い。
例えるならお酒を飲み過ぎた時のような酩酊か、または乗り物に揺られて酷く酔った時のような感じで吐き気が込み上げてきた。
ゴーストさん達には早速一働きをしてもらおう。
「…ゴーストさん、早速だが…案内してもらいたいところが………」
「マオウサマ…ソレハショウカンヨイデスネ…ワカリマシタ」
召喚酔いと言うものらしい。新しい世界で早速一つ勉強になった…が、それよりもこのままでは魔王呼ばわりから一変、マーライオン呼ばわりされる事となるだろう。
この世界にあればだけど…、それよりも洗面所的な場所は…、うっ…やばい。
「…コレハイケナイッ…お前達、魔王様を洗面所に案内するぞ! この際ゴーストのアイデンティティーは忘れろ! 魔王様に恥を掻かせるな!…」
「「「「「「「「おう!」」」」」」」」
「先に洗面所を秒で片付けてきます!」
「進行方向の露払いをしてきます!」
「水を汲んできます!」
「応援を呼んできます!」
「ユメヲコワサナイヨウニシテマス!」
…一人明らかに「今じゃないだろう!?」とツッコミを入れたい奴がいた気がする。
まぁ、そうして青白い光はその強さを増して散っていき、残りは俺を抱えるように運び込んで介抱してくれるようだ。
…それよりもだ、おい、お前ら普通にしゃべれるなら最初からそうしろよ!…うっ、やばい、気持ち悪っ…おええーっ───。
◇
「ふふっ、大尉にも怖いもんあったんやな? 意外やわ」
「…ボス、あんたは俺をなんだと思っているんだい?」
「そらシュッとしたええ男やけど、お化け屋敷で般若心経唱える…、そらおもろすぎる変人やろ?」
「俺にだって怖いものがあるんだ」
「そないしてさりげなくうちと手ぇ繋ぐんやからな、ほんまびっくらこいたわ…下手なホラーよりドキッとするやろ?」
「「HAHAHA!」」
「俺の手がビビって繋ぎたがったんだ、嫌だった?」
「…かめへん、お化け屋敷でこんなドキドキするなんて思わんかったわ…、ほんまあんたを誘ってよかった、ありがとうな」
「それはどうも、こちらこそ素敵な時間をありがとう」
「ふふっ、誉めても何も出えへんで?」
「ボスがご機嫌ならそれでいい。それに程よい温もりを左手にいただいた」
「ふふっ、お上手や…ほんま、男の人と遊園地に来るなんていつぶりなんやろな?」
「それは思い出に聞いてくれ、俺は男の人と遊園地に行ったことないから答えられん」
「アホ、そう言うことやないねん…」
───それは今日の仕事終わりの事だ。
帰り際に突然、ボスから声をかけられて何事かと思えば気分転換のつもりか、目を伏せがちに紡ぐ言葉はかわいいもので、続きを聞くまでもなく二つ返事を返した。
何も聞かず、彼女についていけば夜の遊園地だったと言う訳だ。
彼女は絶叫マシンで大きな声で叫んで笑い、コーヒーカップで気持ち悪くなる流れは様式美。
───メリーゴーランドなんて傑作だった。
「姫様! お待ちください! どうか!」
「えぇい爺よ、なにを言うとるんや! うちの王子様がえらい大変な事になっとるんや! 止めるでない!」
「姫様! どうか馬車にお乗りください! じいを置いていかないでください! どうか馬車に!…」
冗談半分の寸劇、馬車に乗るべきお転婆なお姫様扱いをするアドリブ。
それに応えてくれる彼女はとてもノリが良い。出身の関係かな?
突然の寸劇が成立した事により、その様子を眺めていた観客たちは大笑いした。
メリーゴーランドを存分に楽しみ、降りてみれば顔を赤らめて恥ずかしがる彼女の表情はたまらないものだった。
「アホっ、うちになにさせとんねん!」
「姫様、どうかご無礼をお許しください!」
「もうええっちゅうねん!」
「「「「HAHAHA!」」」」
おいおい、一番ノリノリだったのはどこの誰かな?
次はお化け屋敷…、俺は苦手だけれど彼女はどうなのか?
気になるがままの知的好奇心にくすぐられ、入ってみれば彼女はけろっとしている一方、こちらは般若心経で心頭滅却すれば…彼女のツボに入ってしまい、ホラーからコメディへと路線変更したのだ。
俺からすれば思わず手をとってしまうぐらいに怖かったけれど、彼女の手の温もりのおかげで救われたのだ。
そして最後は定番の観覧車に乗り、さながら誰が見てもカップルのようであった。
高く登っていく観覧車から臨む、煌めく夜景をバックにして目の前の美しき女性はどこか遠くを見つめ、遠い過去の思い出を振り返るように、しがらむノスタルジーから抜け出せずまるで自嘲しているかのようだった。
「ふふっ、やっぱ思いだせへんわ。大人になってから初めてかもしれへんな」
「それは今日以外の思い出に問い合わせても?」
「思い出には勝てへんってか?…そんなんとっくに上書きしとるやろ?」
「そいつはどうも、般若心経を唱える奴はいなかっただろ?」
「「HAHAHA!」」
「そらそうやろ!?…ちょっとまたうちを笑かさんといてな! 大尉、あんたほんまおもろすぎるわ! お化け屋敷で急に静かなったと思うたら…いきなり般若心経を唱えるのは反則やろ?…あかん、思い出したら…ふふっ、HAHAHA!」
どうやら遠い日の思い出は、月まで飛んでいったらしい。
上書きしてくれるなんてありがたいね、恋人同士でないとはいえ。
「大尉、こっち見てみ? 夜景ってこんなに綺麗やったんやな。あっ! あの辺うちらの職場とちゃうか?」
楽しんでくれてなにより、俺も遊園地がこんなに楽しいものだったなんて初めて知ったよ。
「あなたが眩しすぎてどこが職場かわからんね」
「…アホ、ほんならうちの隣に座ればええやろ?」
「そりゃご褒美かい?」
「…楽しませてくれた礼や、ありがたくはよ受け取り?」
彼女に言われるがまま従えば、不意討ちのようにゴンドラがふわりと揺れた。
バランスを崩してぶつかりそうな勢いで転がり込み、何とか直前に体勢を立て直して触れるように隣へと収まった。
「またうちを驚かせて…ほんま、魔法にでもかかったんちゃうか?」
魔法ね、そりゃ綺麗で美しくかわいい素敵なボスとささやかな、こんなにも素晴らしい日々を送れるなんてね…。
「そうかもしれないな、その魔法に期待しても?」
「…アホ、魔法がかかったん言うならしゃーないわ………、そらうちも魔法にかかったんや。せやからこれは内緒…内緒やからな?…ほんまにたの、んっ…」
重なりを描く魔法よ、いつかその日が訪れるまではどうか、どうか解けないでいてくれ。
今だけはそう祈っても……良いだろ?───。
◇
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