第25話 人災

ガシッ


少女の父親、ハイドンさんがボクの手を握った!??


「あ、有難うーーーーーーーっ!!!!あんたは娘の恩人だ!助けてくれて有難う!」


ブンブンブンッ


ハイドンさんはボクの手を握ると、激しく上下に振り振りって!?うわあぁ、身体が揺れれれててて、ひぃっ、胸が揺れて先が擦れるるるーーーーーーーーーっ!!!


「わあらららら!?ち、治療が間に合って良かったです。ですが、まだ、予断は許さない状況です。娘さんのやまいの改善の為、親御さんの献身看護をお願いします」


「勿論だ!俺しか、この子の親は居なくなってしまったんだ。当たり前だ!」

涙ながらに激白するハイドンさん。20代後半かな?熱血漢な、きちんと娘を愛している良いお父さんの様で良かった。


ん?

シスターアメリアが、ボクに近づいて耳打ちする。

『あの、薬師様、ハイドンさんは町役場で、役場長の補佐役を務められている方です。町の方々への声かけに、お力添え頂けるのではないかと。先ほどの井戸の件、私から働きかけをお願いしてみますね』


「本当に!?じゃ、お願い!あ、ボクは、まだ薬師じゃないよ。薬師を目指す苦学生だから」

『はい。分かりました、女神様。そのようにしておきますね』


ん?

シスターアメリアさん?今、変な事を言ってたような??

でも町の運営に携わる人材を見つける事が叶ったよ。これで人手を集められる!


薬があっても粉末だから、水がないと飲めないし、薬の効果を高める為にも、ある程度の水を飲ませて、毒の体外排出を促進する必要があるんだ。だから、安全な飲料水の確保は急務だったのだ。


それから直ぐにシスターアメリアが、ハイドンさんに実状を伝え、町内への呼び掛けが行われる。

ハイドンさんは元々、町役場の職員としての責任感から、家族の看護の傍ら、定期的に町内の人々への声かけと、安否確認を行っていた様だ。

自宅などに閉じ籠り、家族の看護をしていた町民は意外と多く、直ぐに数十人の男手が集められた。こうして、町外れ南東の井戸から教会までの、飲料水運搬のメドが立ったのだった。



◆◇◆



◆数時間後


それから時間が立ち、ボクは教会でハルさんと合流した。そしてこれ迄の、二人の情報を交換する。

「やはり、町に近い坑道の坑内排水からヒ素が確認出来たんだね」

「ああ、君が言った通り、まだ掘られて新しい坑道だった。そこに見える鉱山下に掘削した坑道がある」


「ん、有難う。ボクの方は、町が主に飲料水用に使っている、北側五つの井戸からヒ素の反応が出たんだ。やっぱりヒ素による集団服毒被害だった。けれど飲料水用の井戸は、全て汚染されていて、飲料水が無くなってしまった。でもさいわい、ヒ素汚染の無い井戸が南東の町外れに有ったんだ。今、そこから飲料水を運搬して、病状の重い人から集中的に治療を行っている。効果も順調に現れているよ。つまり、この町はやまいに打ち勝つ事が出来たんだ」


「ならもう、この町に居る必要はないな」


「もう少し、看護の手伝いをしていきたいけど」

ボク達は今、看護に動き回るシスターアメリア達を見ながら話をしている。


さっきまでボクも、看護の手伝いをしていたんだけど、突然現れたハルさんに呼ばれて、看護の途中で抜けてきたところだ。


正直、シスターアメリアも含めて、看護をしている人達も治療対象だった。全員、飲料水の変更と薬を飲んで貰ったけど、看護者も大なり小なり、ヒ素の後遺症が残る病み上がりだ。当然、疲れもある。

だから、看護者は出来るだけ多い方が良いに決まっている。


ボクが躊躇ちゅうちょしていると、ハルさんが言う。

「皇都から騎士団が出立したようだ。この町に向かっている。騎士団が到着すれば、一時的に町は閉鎖される。町から離脱するのが難しくなるぞ」


「騎士団が?!」


「そうだ。だから時間がない。急ぎ、町を出た方がいい」


確かにそうだ。

ハルさんの話を聞いたボクは、シスターアメリアと役場の補佐役であるハイドンさんを呼んで、騎士団への説明をお願いする事にした。



◆◇◆



「……なるほど。今回の件は、流行はややまいではなく、ヒ素による井戸汚染が原因の集団服毒被害という事なんですね」

「しかも、そのヒ素が無軌道な坑道掘削による人災だと!?何て事だ!アイツら!!」


ボク達の話を聞いたシスターアメリアとハイドンさん、騎士団への説明の重要性は理解して貰ったんだけど、元々の原因である無軌道な坑道掘削が原因と聞いた途端、ハイドンさんは身体を震わせて怒りだした。


無理もない。

今回のヒ素毒による被害で、ハイドンさんは奥さんを亡くしているのだ。つまり、最初に助けた子供、ラリアちゃんの母親である。


それが人災であれば、その怒りが坑道掘削を主導した銅採掘事業者に向かうのは当然だ。

そしてその坑道が、ハルさんが見付けた町に一番近い坑道が原因と聞いて、ハイドンさんは叫んだ。


「く、あの町近まちちかの鉱山は、町に近過ぎ、土石流が心配されるので、坑道を掘るのを町は禁止していたんだ!くそぉ!モグリの銅採掘業者が町の許可がないまま掘ったに違いない。許せねぇ!!」


無許可の採掘業者。酷い話しだ。

だが、これもヒ素が土中に大量に含まれる事があるとの認識が、一般に無かったから起きた悲劇とも言える。

そう、あの時のように……


「アイツらの為にカルアが、俺のカルアが、ちくしょう!ちくしょう!くそぉ!おおおおお!!」

泣き崩れるハイドンさん。

ボクとハルさん、アメリアさんは、顔を見合わせた。慰めるすべが無い。


「お父さん!」

「あ?ラリアっ!」


タタッ、ラリアちゃんが駆け込んでハイドンさんに抱きついた。

「お父さん!今の、どういう事!?カルア母さんは出かけてるって言ってたよね?ねぇ、何で母さんの名前を呼びながら泣いているの?何で?」

「ラ、ラリア、い、今のを聞いて……!」


「ハイドンさん!?まさか、まだ、奥さんの事、ラリアちゃんに?」

「…………!」


アメリアさんの問に、黙るハイドンさん。

奥さんが亡くなった事、言えなかったんだ。

そうだよね。

お母さんが亡くなった時、ラリアちゃんも生死の境をさ迷っていたのだから。


「お父さん、お父さん、お母さんは?お母さんは生きているんだよね?ねぇ、何で黙ってるの?ねぇ、何とか言って!何とか言ってよぅ、うわあああん!!」


ハイドンさんにすがりながら、泣き崩れるラリアちゃん。



ああ、こんな事を二度と見たくないない為に、学園で研究していたのに。


あと少し学園に居る事が出来れば、坑道の危険性についての論文を出す予定だったんだ。

そうすれば国の行政を動かして、鉱山開発に何らかの規制を施す事が出来たかもしれない。


分かっていたのに……ボクのせいだ。

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