第23話 教会

◆ファストマン公爵領

北部の町カナン

町の教会


レブン視点


『はあっ、はあっ、く、苦しい』

『メアリ、ごほっ、無理しない、で』


僕は今、物陰から教会の様子を伺っている。


人々を看護しているのは教会のシスター達だが、皆、苦しいのを我慢しながら、なんとか人々の看護をしているようだ。けど、シスター達は、もう限界の様子。まともに看護に回れているのは、数人のシスターしか居ない。

直ぐに手助けに行きたいけど、今のボクはローブを着ていて動きにくいし、どう見ても怪しい人だよね。どうしようか?


そうだ!

教会の中なら、シスターの服が有るかも知れない。それに着替えられれば、自然に手伝えるかも。

僕は直ぐに、教会の裏口に回った。


ダッ、タッタッタッ


教会の前を迂回、裏口からシスター達の衣装部屋に入る。シスター服は……あった!

まずは着替えてと、よし。これで動きやすい。


さあ、手伝いに向かおう。



◆◇◆



◆カナン町近くの鉱山

バルトハルト(通称ハル)視点


サラサラサラッ


町のすぐの裏側にある小さな山、まさかと思ったが、この山も鉱山だった。

山のふもとに着くと、少し探しただけで、最近掘られた坑道が発見出来た。


見ると、彼女の言う通り、坑道の中に作られた溝から水が流れ出ている。

これが坑内排水か。


ちゃぷんっ

私は直ぐに、その小さな小川に銀貨を浸し、その状態を確認する。


「!!」


銀貨は暫くして、見事に黒く変色した。


銀を黒く変色させるもの、それはヒ素。

ヒ素は無味無臭である事から、古くから王公貴族のあいだで暗殺の毒薬として用いられてきた。その対策として、銀食器が発達してきたわけだが、まさか、こんな小川に同様のヒ素が含まれるなど、誰が想像出来るだろうか。


彼女はそれを独学で知り得た。


そして我が国が苦しんでいた魔獣被害、その一助になる魔獣避け香の薬剤の発見。

さらには国の政情にも精通し、その知識は多岐に及ぶ。

そして類い希な、あの容姿。


薬師を目指す、ただの平民とは思えない。

間違いなく、皇国の貴族階級以上であると確信出来る。

それほど有能で知的な彼女を、冤罪にかけた上、辺境に追放同然に逃亡させる皇国。

本当に見る目が無い。


なんとしても彼女は、我が国に欲しいところだ。出来れば、私の横に立って貰えればと……私は何を考えているんだ?

彼女は、皇国で薬師を目指すと言っていたではないか。

しかし彼女ほど、民に寄り添い、国の力になる人材は他に居ないのも確かな事だ。

なんとか、彼女を説得出来る方法はないものか。

……ふう、それはまだ考えまい。

とりあえず、今は急ぎ、彼女に合流する事だ。


ガサッ

「!」

この気配……


「お前達か?」

シュタンッ

「は、殿下。此方に」


私の目の前に突然、黒装束の男が控えている。この男は、私の国の諜報機関の人間だ。

「どうした?」


「皇国の第二騎士団が、町に向かっております。おそらく、町を隔離する為かと」

「来たか」

厄介だな。

レブを出来るだけ早く連れ出さなければならないが、とうするか。


「あと、皇国のシャドウが動いております」

「何?!目的は?」


「人捜し……との事ですが、本当の目的は不明です」

「人捜し?」

クライアス皇国の隠密部隊シャドウ。

暗殺や破壊工作が任務の皇国の影の組織だ。

クライアス皇王の影の軍隊と言われ、実態は謎に包まれている。

その虎の子の部隊を出して迄捜す人物、皇国にとって余程の重要人物か、それとも大きな秘密を抱えた人物か?


「分かった。シャドウについては、引き続き動向を注視してくれ。騎士団については、上手くやり過ごそう」

「は、では閣下、お気をつけて!」


シュタンッ

彼はジャンプすると、木から木に掴まりながら、森の奥に消えて行く。


「……急ごう」

私はそれを見送ると、町の入り口に足を向けた。



◆◇◆



◆カナン町

教会

とあるシスター視点


「あ、う」ドサッ

「メアリ!?」


いけない。

何とか一緒に町の住民の看護をしていたメアリが、崩れ落ちるように倒れた。これで倒れたシスターは五人。あと看護が出来る者は、私を含めて三人しかいない。

でも、私もそろそろ限界が見えている。さっきから目眩が止まらない。


「はあ、はあ、はあ、お姉さん、わた、し、死ぬ、のかな?」

「馬鹿な事、言わないの。ほら、これを飲んで」

私は辛うじて息を繋ぐ、小さな少女の口に水を運ぶ。この子はまだ七歳。

でも先ほど、この子の母親は息を引き取った。この子も同じ症状だ。もう、あまり持たないだろう。


「お、お母さんは、ごほっ、ごほっ」


「無理に喋らないで。お母さんも頑張ってるから、あなたも頑張って!」

すでに目の下が黒ずんできている。この症状が出てから、ほとんどの人は息を引き取った。そんな状態の子に、母親の本当の事など言える訳がない。


私は井戸から汲んだ綺麗な水を、彼女の口に近づける。


パシャッ

「な!?」

突然だった。

何者かの手が私の手を払い、水の椀を飛ばしたのだ。なんと無慈悲な事をするのか!

私は憤り、水の椀を弾き飛ばしたであろう、背後の人物に振り返る。


「なんという事をなさるのか!神聖な教会においての、この蛮行。セーデア神が必ずや罰をお与えになるでしょう。恥を知りなさい!!」


「いえ、セーデア神様もお許しになられます。何故なら、その井戸の水は毒ですから。貴女が今、水をその子に与えれば、その子は間違いなく死んでしまうよ」


「な!?」

その人物は、私と同じシスターだった。

でも、この教会の看護出来るシスターは、私を含めて三人のはず。

私は改めて、その人物を凝視した。


サララッ


その人物はベールを深く被っていたが、下から見上げた私には、その人物の顔が良く見えた。そして私は、その容姿に息を呑む。


ベールから溢れる銀髪と、透き通るような白い肌。そしてその瞳は、どこまでも深く青い。明らかに平民には居ない容姿、まして銀髪はこの国では希だろう。


ただ、私が息を呑んだ理由はほかにあった。




彼女は私が信仰する、セーデア神に遣えるとされる、とある女神像にソックリだったのだ。

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