第22話 病の正体

◆ファストマン公爵領

北部の町カナン町役場前


「ハルさん、こうなったら手分けして探そう。取り敢えずボクは、町の人が使っている筈の井戸を探すから、ハルさんは町の山沿い側で新しく掘った坑道があるか、調べてみてくれる?」

「待つんだ、レブさん!」


ボクがハルさんから離れ、町の奥に行こうとすると、ハルさんがボクの腕を掴んだ。

なんで?

「ハルさん?」


「君を信じてない訳ではない。だが万が一、本当に流行はややまいだったらどうするつもりだ!?君だって、ランスから聞いた症状で判断しているだけだろう」


「それはそうだけど、ボクには確信がある。吐き気やおう吐、腹痛や下痢、場合による発熱は間違いない。あの症状なんだ」


「あの症状……まるで見た事があるような言い方だな」

「……そうだね。実際に見た事があるからね」


「レブ!?」

「後で話すよ。けど、ハルさんの危惧も最もだと思う。だから確信が持てるまで、息のある人間には近づかない。これでいいかな?」


「判った。だが、君から離れるのは無しだ。私は君の護衛だからな」

「ハルさん、でも一刻を争う事態なんだ。ハルさんには坑道から出でいる水に、を浸けて欲しい」


「坑道から水が出る?その水にそれを入れるのか?これは、銀貨じゃないか!」


「坑道を掘ると、大抵は湧水にぶつかるんだ。だから坑道の多くは、やや上向きに掘り、端に溝を掘って湧水を外に逃がす。坑内排水っていうんだけど、その溝の水にこの銀貨を浸すんだ。もし銀貨を入れて、銀貨の色が黒色に変わったら……」


「ヒ素か?!」


「ハルさん、知ってるんだ。そう、銀を黒く変色させるのは、流行はややまいでは無く、高濃度なヒ素による【毒被害】。これは人災の可能性がある。ボクはこれを【鉱毒】と呼んでいる」


「なぜ、鉱山からヒ素が出る!?」


「本来、ヒ素は岩石や土中にある物なんだよ。通常は、表層にあるものは微弱でボク達には無害なんだけど、坑道を掘る事で、無自覚にその高濃度なヒ素の集まる岩石を掘り出し、それが坑道の坑内排水を経由して、地下水に混ざるんだ。そして、飲料水として利用されている近くの井戸に流れ込む……」


「…………」

ハルさんは暫し、顎に手を当てて考えていたけど、何かを決心したように顔を上げ、ボクを見る。


「判った。急ぎ確認しよう」

「お願い。あ、あと、確認が終わるまで、辺りの井戸からの飲用はしない事。いい?」


「了解した。だが……」

何だ?ハルさんがボクを眩しそうに見るけど?


「ハルさん、何?」

「レブさん。もし本当なら、これは大変な事だぞ。鉱山からヒ素が出る事が知れたら、今後の鉱山の在り方ありかたを変える事になる」


「……もっと早くこんな事があるって気づけたら、沢山の人を……救えたんだけどね。今は急ごう。まだ、ヒ素と確認出来た訳じゃないんだから」

「判った。また、この役場前で落ち合おう」


「うん」


ダッ、タッタッタッタッタッ

ハルさんは駆け出し、町の外に出て行った。

さて、ボクは井戸を探さないと!



◆◆◆



◆ファストマン公爵領

北部の町カナン

その近くの鉱山付近の森



ヒヒーンッドサッ、ブルルルッ。


数頭の馬がしゃがみ込み、その近くに、数十人の甲冑を着た男達が倒れ込む。


さらにその後方、二台の馬無し馬車からフラフラと二人の男が現れる。


二人とも顔が真っ青で今にも倒れそうだ。


その集団の近くを、山からの小さな小川が流れていた。


「な、何だ、これは?!急に、げほっ、うげえぇっ」


「ハ、ハーベル、しっかり、しろ。うえぇっ」



それは先日、皇都を出立したはずの第二騎士団であり、馬車から降りてきた一人は、ケスラー▪フォン▪ファストマン公爵令息。


そしてもう一人は、騎士団をとりまとめていた次期騎士団長、ハーベル▪フォン▪ブライト侯爵令息であった。



◆◆◆



◆ファストマン公爵領

北部の町カナン

中央広場脇の井戸


ちゃぽんっ


ボクは、汲んだ井戸水に銀貨を沈めた。

すると銀貨は、たちまち黒く変わっていく。


「やっぱり、ヒ素か……」


ボクは確信すると、黒くなった銀貨を拾う。

これで、流行はややまいでない事が証明された。

あとは、生きている人達の治療をしないと!

でも、殆んど動いている人が居ない。町の住民は一体、何処に行ったんだろう?


ゴーン、カラーン、ゴーン


ボクが辺りを見回していると突然、教会の鐘が鳴った。

「そうか、教会に人がいるんだ」


ボクは鐘がなる方、教会に向かって駆け出した。間もなく正面に、教会が現れる。

「?!」


ボクは思わず息を飲んだ。

教会の周りには沢山の人々がおり、地面にシートを敷いて、簡易の救護所のような状態になっていた。

ひっきりなしに動き回る、青い顔ながらも、汗だくになりながら人々の看護にあたる教会のシスター達。

でも、彼女達はフラフラで、今にも倒れそうだ。おそらく、彼女達もヒ素の影響にあるのだろう。たまたま、飲んだ水が少なかったのか、倒れている人々より軽症のようだ。



ボクは直ぐに駆け出した。


彼女達に協力して、人々を助けるんだ!

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