第16話 薬師試験概要

◆とある公爵領の町


街道を、1台の馬車が進む。隣領をから来た商人の馬車で、この公爵領に商売の為に訪れたものだ。


「おい、見てみろ!?」

「あ、何だ?」


商人の御者達が指差した先、町に入る入り口の門が見える。だが、いつも見える門番が居ない。


「どういう事だ?」

「分からん。そのまま、町に入っていいのか?」


「どうした?」


御者の二人が話ていると、馬車の中から恰幅かっぷくのいい小綺麗な男が、窓から顔を出す。


「ご主人、なんか、いつもいるはずの門番が居ないようなんですや」

「ああん?だからどうした?門番が居ないなら、町に入る時に払う通行税が浮くではないか。いいから早く進めるのだ。商売に響くであろう」


「分かりやした。おい、ご主人の命令だ。町に入るぞ!」

パシッ、ヒヒーンッ

カラカラカラカラ、パッカ、パッカ、パッカ


商人の馬車は、門番の居ない門に進み、町の中に侵入した。だが、御者達はすぐに後悔する事になる。

「お、おい、こりゃあ!?」

「た、大変だ!」


「なんだ?どうした!?」


「ご、ご主人!?」

「な、?!」

ご主人と言われていた 恰幅かっぷくのいい男は、目を見開いた。


何故なら町の中は、沢山の人々が倒れ伏し、悶え、苦しんでいたからだ。



「こ、これは、流行はやりり病!?」



◆◆◆



◆ザナドウとの国境付近にある魔森奥の猟師小屋

レブン視点


この国の薬師になるには、年一回の薬師試験にいどまなければならない。

試験資格は、年齢、性別、身分は一切不問。

基本的には、余程の事がない限り、門戸は開いている。

試験内容は、筆記試験と実技試験の二つだ。

筆記試験については、千二百種類の薬草の特徴と効能を暗記していなければならない。

これが薬師試験のハードルを上げている、最大の理由だ。

もっとも、薬草の効能を知らない薬師の作った薬なんて、とても怖くて使えないけどね。


実技試験は、器具を使った加工方法の実演だ。これは薬草により、適切な加工方法を取らないと、効能を期待出来ないからだ。

勿論、器具の使い方も間違えば減点になる。


試験突破のボーダーラインは、筆記試験が千二百点中、九百七十点。

実技試験が、百点中、九十五点だ。

中々の難関だが、だからこそ他国からも信頼が厚く、皇国の薬師は、其だけで他国でも認可される程である。


クライアス皇国はその国土に、三千メートル級の山、アンタレス山脈があり、その雪解け水から流れるローレライ大河、そしてそれがもたらす肥沃な大地、ホーラル平野から発展した美しい国家だ。さらにローレライ大河が流れ込む、アドリカかいは、その豊かな海産物で皇国を潤している。

このセーデア神が作られたと言われる、セーデ大陸においては、その全ての祝福を受けたといわれる大陸一の豊かな国土を持つ。


その国土から採取可能な薬草は、三千種類に及び、未だ未発見の新種の薬草も地方には眠っているとされている。

本当は薬になるのは、薬草だけじゃないんだけどね。


なお、セーデ大陸には、二十三の国家があり、クライアス皇国に隣接する国は三国。

一つは現在、休戦中のハルさんの国、ザナドウ。他、二国は、レスレ王国とシスレーン神聖皇国だ。


休戦とはいえ、敵対国であるザナドウには流石にないが、通商条約を結んでいるレスレとシスレーンには、皇国の薬師ギルドの支店があり、クライアス同様の薬師ギルド法を適用運用している。


一国の商業組合に過ぎない薬師ギルドが、燐国とはいえ、外国にまでその通商権を持つのは、かなり異例であったが、二国とも薬師や薬草が少なく、ギルドの権益を認めれば、良質な薬草と薬師の確保が容易になる為、クライアス皇国内と同レベルのギルドの活動を認めた訳だ。それほど、薬師ギルドの力は強いと言える。


当然、力を持てば、汚職や薬価の公平な取り引きに問題が生じやすいが、そこは三国通商条約により、不公平な薬の取り引きを防ぐ為の、三国共通の第三者監査局を設けて、管理運営を監視する条項に調印している。

なので、クライアス、レスレ、シスレーンの薬価は、ほぼ横並びだ。


勿論、薬師認定制度もほぼ同じ。

さらに薬師の怠慢を引き締める為、免許取得後の薬師評価制度があり、上級、中級、下級に分けられる。

上級は、皇族などを専門に見る役職になり、その薬学は多岐たきに及ぶ。


「ふう、万が一、薬師試験を受けられないとしたら、近隣諸国でボクが薬師としてやれるのは、ザナドウだけになっちゃうな……」


ボクは、最近の薬草研究を取りまとめながら一人、独り言だ。

外はもう、夕方。この時間はハルさんが何時も出かけているし、ランス君とマイリちゃんは、先ほど、村に帰したから、誰にもボクの独り言を聞かれる心配はないからね。


「構わないのではないか」

「う、うわああ!?」


誰も居ないと思っていたら、いつの間にか、ハルさんがボクの後ろにいたよ!

ハルさんは、魔獣を専門に狩る部隊にいたらしくて、気配を消すのが得意みたいなんだ。

だからって音もなく、後ろから近づくのは止めて欲しいんだけど!


「ハ、ハルさん?!いつの間に居たの?少し出てくるって、出かけていたよね?」


「先ほど戻ったんだ。其れよりレブさん。ザナドウで薬師をするのは、悪い事ではないと思うんだが、どうだろうか?私なら、いろいろ便宜べんぎを図れるんだが」


「……ハルさん、有難い申し出、嬉しいよ。でもね、ボクは此処で、薬師に成らないと駄目なんだ」


「何故だ?君に無実の罪を着せ、この様な隠れ暮らしを余儀なくされて、こんな国にこだわる必要があるのか?確かにザナドウは、皇国に比べれば国としては貧しいし、至らない事が多いのかも知れない。しかし、このところの君を見るに、君は贅沢をしたいとか、金だけを稼ぎたいとか、そんな人ではないと理解している。むしろ身分に関係なく、人を救いたいと日頃から言っていたじゃないか。ザナドウは薬師が少なく、君を必要としている人々が沢山いるんだ。今のザナドウには、君の様な本物の薬師が必要なんだ」


「有り難う、ハルさん。こんなまだ未熟な自分に、そんな評価をしてくれて。正直、嬉しいよ」

「なら、今からでも、共にザナドウに行こう、レブさん。皆が君を歓迎するはずだ!」


ボクは、ハルさんに首を振った。


ハルさんには悪いけど、ボクは皇国で薬師にならないといけない。



だって、あの子に、アトュに誓ったんだから。

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