プロローグ
「レブン▪フォン▪クロホード。お前は伯爵家三男でありながら薬学を学び、学園の研究室で違法毒薬を開発。皇太子の婚約者である公爵令嬢エレノア▪フォン▪マデリアを
「ですから、違います。私は毒薬など開発しておりません。私が開発したのは」
「黙れ!毒薬でないなら、自身の身体で証明してみせよ。例の薬をこれへ」
「え、ま、待って下さい。それだけは?!」
うわああっ、大変な事になっちゃった。
ボクの名前は、レブン▪フォン▪クロホード。冒頭にある通りクロホード伯爵家の三男、16歳だ。
今ボクは、ジーナス皇太子が開いた私的な弾劾裁判の被告として、裁かれようとしている。
実はボク、薬学にのめりこんで、学園で研究してるんだけど、これ、結構お金がかかるんだよね。それでボクの実家の伯爵家は、貧乏貴族。三男のボクにまで、教育費用を出して貰えない。
だから幼少の頃から、好きで学んでいた薬学を使い、様々なポーションなどの薬を開発。それらを売って研究の為の資金を捻出。ようやく念願の学園に通う事が出来たんだ。
でも、学園の薬学研究室に入るには、高位貴族の口利きが必要で、ボクには何の伝手もなく、半ば諦めていたんだけど、今の皇太子の婚約者である公爵令嬢エレノア▪フォン▪マデリアが声を掛けてくれて、ボクのスポンサーになってくれると言う。だから二つ返事でお願いしたんだ。
そのお陰でボクは、念願の学園の研究室に入る事が出来た。だから、エレノアには感謝しかない。
そんな時、エレノアから、ある薬を作って欲しいとの依頼があり、スポンサーからの依頼だし、ボクとしても興味のある内容だったから、断るという選択肢は無かった。そしてエレノアに、完成した薬を渡したんだ。
でも、アレを人に使おうとするとは思わなかった。
彼女はその薬を事もあろうか、お茶会で子爵令嬢キャロラインのお茶に、入れようとしたのだ。幸い、事件は未然に防がれた訳だけど、そもそも事件の元になった件が、ジーナス皇太子の浮気であり、その浮気相手の子爵令嬢も、婚約者がいる多くの男性を誘惑、まして皇太子を誘惑して近づいた事が原因。これに嫉妬したエレノアがキャロラインのお茶に、例の薬を入れようとしたらしい。
そんなドロドロとした事件の背景に、表立って公爵令嬢のエレノアを裁けない事から、薬を作ったボクに、その事件の責任を取らせる事になったらしい。まったく酷い話しだ。
カラカラカラッ
ボクが作った薬を乗せた台車を、皇太子の従者のケスラー▪フォン▪ファストマン公爵令息が運んでくる。
今、この部屋に居るのは、目の前にジーナス皇太子、ケスラー公爵令息、護衛役次期騎士団長のハーベル侯爵令息とボクの4人。
あくまで私的な裁判で公的なものではない。
結局、高位な連中は、いつの時代もこうして身分の低い者に責任を負わせるんだ。なんたる理不尽。
そして、ハーベルがボクを押さえ付け、ケスラーがボクの口を無理やり開けさせる。
うわああっん、だ、誰か助けて!
バリンッ
あがっ、ごほっ、ごほっ、空の薬瓶が落ちて割れた。うう、全部飲まされたよ。気持ちが悪い。
ああ、身体の変化が始まった。凄く苦しい。身体が縮む、銀髪が伸びる、胸が膨らむ、骨格から変化し、強張った皮膚は新しいものに置き換わり、ホクロや小さな傷も綺麗になくなり、透き通るような白い肌になっていく。
唯一の成功した薬だったのに、これで全部無くなった。
この裁判の前、彼らはボクの研究室に押し掛けて、全ての薬や資料を壊したり、燃やしたりしたから、さっき飲まされたのが唯一、残った薬だったのに。だから、もう二度と同じ薬は作れない。解毒剤の開発も出来ない。なら、ボクは一生、このまま!?
う、どうやら体調が落ち着いてきて、身体の変化も止まったようだ。
うはっ、何、この輝くような綺麗な長い銀髪は?!さらっさらっじゃないか。
自分のものながら、なんとも羨ましいくらい綺麗な髪だ。はぁ、それに胸が重い。めちゃくちゃ重い。こんな胸、学園の女子にも居ないよ。はち切れんばかりの胸って、もう、シャツのボタンが3つも飛んでいったけど、まだまだシャツが苦しくて、着てるのが辛いんだけど。
そんで股間がスースーする。触ったらボクの息子は旅に出てしまっていた。なんてこったい。
「あ、あ、ああ?」
ありゃりゃ、声も変わっちゃったよ。なにこの玉を転がしたようなハイソプラノな声!ボクのハスキーボイスが消え失せた。あんまりだ。
そう、ボクが開発したのは、【性転換薬】。肉体の根本から一新される完璧なものだ。この薬を飲んだ者は、ほぼ完全に別人になってしまう。しかも変化は一度きり。二度と戻れない片道切符だ。
はぁ、これでボクは一生、この身体で生きていかなければならないのか……将来は薬師の免許を取って、貧乏でも美人な奥さんを貰って、片田舎で研究を続けられればいいと思っていたのに。
んん?
何だ次期騎士団長が、なんだか顔が真っ赤になってボクに
どういう事?え、なんでボクの手を取るんだ。はい?
「レブン▪フォン▪クロホード。君に交際を申し込む。どうか、結婚を前提に私と付き合って貰えないだろうか」
「……へ?」
おい、たしかに性転換したとはいえ、ついさっきまで男だったボクに、直ぐに交際を持ち掛けるなんて、この男は何を考えている?
あ、なんだ?
ケスラー公爵令息が、血相を変えて走り込んでくる。ハーベルを止めるつもりなんだ。そりゃ、当然こんな常識はずれな行為は容認出来ないよね。
「待て、ハーベル!抜け駆けは無しだぞ!レブン、私こそ君に相応しい。どうか、今すぐに私の婚約者になって欲しい」
「……は?」
ちょっ、ちょっと待って!
何かがおかしい。ケスラーさん?あんた次期公爵だよね?ハーベルを止めるどころか、ボクを婚約者にって、どうしちゃたの??
「皆、止めろ!恥ずかしくないのか。先ほどまで断罪していたレブンに交際だの、婚約者だの、お前達、恥じを知れ!」
おお、さすがはジーナス皇太子だ。正常な見識をお持ちだ。これで皆、引いてくれるだろう。はあ、一時はどうなるかと思ったけど、これで開放される。
あれ?
ジーナス皇太子がボクの肩を抱えて、え??ボクを抱っこって、これ、お姫様抱っこじゃない!?
「いまからレブンは我が国の皇太子妃!これは何人も邪魔はさせぬ。レブン、お前に命令する。今回の責任を取って我が皇太子妃になり、次代の王子を産む事を命ずる。これは決定事項だ!」
「ふぇえ?!」
ちょっ、今、不吉な事を言われた気がするんですがって、さらっと次代の王子を産むって言った!!?しかも、皇太子命令で拒否権ないってヤツ?!
「レブン、今日から毎晩、可愛がってやろう、覚悟するがいい」
「…………………………っ」
もう笑うしかない。違法薬物作成の罪の償いが、皇太子妃になって皇太子に抱かれる事って最悪じゃん。ぎゃあああーーーーーーっ、誰か助けて!!
「殿下!それはあんまりです」
「そうです。我らの方の求婚が早かったはず、それを命令などと!」
おお、ハーベルにケスラーが割って入ってくれた。もっと言ってくれぇ!こんな命令は撤回だと!
「なにを言う、これはレブンに対する罰なのだ。お前達は下がるべきだ!」
「いや、これは下がらない。私もレブンが欲しい。ジーナス皇太子は婚約者いるでしょう!」
「そうです。殿下。あなたはもっと自重するべきだ!」
「待て、それを言うなら、お前達二人にも婚約者がいるではないか。どうするつもりだ!?」
そうだ、そうだ、ってジーナスの肩持ってる場合ではない。このままでは、ボクはこいつに孕まされてしまうのだ。なんとか回避しないと!
「あら、殿下。また、新しい女を見つけましたの?相変わらず節操のないこと」
ああ、ここで公爵令嬢エレノア様の登場だ。
エレノア様、どうかボクを助けて!
「エレノアか、今さら出て来てどうするつもりだ。もはや弾劾裁判は結審しだぞ」
「まあ、その結審にそこの可愛いご令嬢がどう関わっているというのです?」
「む、貴様には、もはや関係ない事だ」
「あら、婚約者の私を関係ないだなんて、おかしな話しですわ。それに裁判に関連しているなら、その子は私の関係者ではございませんの?であるならばその子の保護は、当家、マデリア公爵家が行うのが筋と言うもの、違いますか?」
「だ、黙れ!誰が発言していいと言った!これ以上は、許さぬぞ!ハーベル、この無礼な女を摘まみ出せ!」
「殿下、エレノア様のお話しはもっともだと思います」
「そうだ。エレノアが正しい。殿下、ここはエレノアの言う通り、一度、マデリア公爵家にレブンをお預けになるのが、最良と具申いたしますぞ」
「貴様ら!」
おお、エレノア様の話しに、ハーベルとケスラーが乗っかったよ。
い、今しかこの窮地を逃げ出す方法はない!
「あら貴女、レブンってお名前なの?何処かで聞いた事があるわね。それに貴女が着ているその男物のお洋服、私の知っている男性がよく着てらしたわよ?確か、貴女と同じ……レブンって言ったかしら」
「エ、エレノア様!私が、私がそのレブンです。あの例の薬を飲んで、女の子になってしまいました。どうか助けて下さい!」
ボクは皇太子の腕の中で暴れながら、エレノア様に訴えた。
「え、レブンなの?あなた、とんでもない美少女になったのね。分かったわ。ジーナス、レブンなら元々、私の庇護下にあるわ。貴方一人で勝手は出来ないわよ!」
「ふん、貴様の庇護下にあるのは、男性のレブンであって、この娘ではない!」
「そんな屁理屈が通るとでも思って?レブンを返さないなら、マデリア公爵家が黙ってはいないわ。マデリア公爵家は、皇太子派から離れますわよ。そうなれば、貴方の弟である第二王子派にマデリアが付く事になる。貴方が皇太子で居られなくなるのではなくて?」
「ぐぬぬぬ、わ、分かった!今はレブンを返してやる。だが、後日に正式にレブンを皇太子妃にするよう、マデリア家に通達する!レブン、今しばしの別れだ。必ず妃にしてやる。待っているのだ」
いやいや、そこは諦めるって選択肢はないのかな、ジーナス皇太子殿下?!
はあ、とにかくお姫様抱っこから開放されて、ボクはエレノア様に抱きつかれた。ああ、エレノア様、美しい赤い髪、容姿端麗で頭脳明晰、学園一の憧れだった人だ。柔らかくていい匂いって、え??なんでボク、エレノア様に抱きしめられているの?
「きゃあーっ、この子、可愛いいわ!どうしようかしら?」
「エ、エレノア様?」
エレノア様はボクを抱きしめながら、皇太子の部屋を後にして、エレノア様の私室に向かった。
何故か、護衛としてハーベルが付いてくるんだけど、って、そのずっと後ろからケスラーまで付いてきてない?なんだか落ち着かないんだけど!
エレノア様の部屋に入ると、何故かキャロラインがいた。なんで?あ、勿論、女子の部屋ですからハーベルとケスラーはドアの外です。はい。
「ふふ、驚いたでしょう。キャロラインとは仲直りしたのよ」
「エレノア様、この令嬢はどちらの方ですか?」
「ああ、キャロライン。この
「え、クロホード伯爵三男の?ええ??女性だったんですか?」
キャロラインは、そのクリクリした大きな目をさらに見開いてボクに驚く。そりゃ驚くわな。さっきまで男だと思っていた人間が、実は女だって知らされれば、誰だって驚くよ。
でもこの子、流石に可愛いい容姿だよね。綺麗なウェーブのある金髪、大きな青い目、白く映える肌、あの皇太子や公爵令息、次期騎士団長が夢中になる訳だ。でも、よくエレノア様はこの子と仲直りしたね。ボクの薬を飲んでいたら、この子が男になっていたんだからさ。キャロラインもよく承諾したと思う。
あれ?
キャロラインがボクをジッと見上げたと思ったら、いきなり抱きつかれた?なんかデジャブだな。さっきもどこぞであったような……気のせいかな?
「あら、キャロライン。貴女も気にいったのね。やはり分かる?」
「ああ、はい、分かります。この子、凄い可愛いいです。絶対、絶対、私達の
んん?一体何が分かるって?
「レブン、今日から貴女は私達の物よ。大事にするわ」
「あ、有り難う御座います。宜しくお願い致します」
ふう、取り敢えずエレノア様に保護して貰えて良かったよ。あとは、折を見て何処かの片田舎に下がらせて貰い、ひっそりと薬屋でもやれば、皇太子にはかからわずに済むし、念願の結婚は諦めるけど、薬の研究を続ければ寂しくはないしね。そうしよう。
ボクはさっそく、今後の希望をエレノア様に伝えた。
「片田舎に引きこもる?駄目よ、貴女は私達の
「え?あの、その、
「私達が攻めで貴女が受けよ」
「はい?いや、その、よく解らないんですが、ウケ?セメ?」
「ウフフフ、こうゆう事よ」
エレノア様は、そう言うと、キャロラインと絡みながら、お互いでキスを始めた……キスを始めた!?
「エ、エレノア様!?」
「ウフフフ、あはは、私達はね。そう、こうゆう関係なの。いわゆる百合、女の子が好きな関係、恋愛対象が同性なのよ」
はいーーーーーーーーーっ!?
めちゃくちゃスキャンダラスな話題、頂きましたーーって、公爵令嬢と子爵令嬢の禁断の恋!?なら、ボクの
「フフ、貴女は
いやいや、心配事、山盛り盛り沢山ですです。【受け】でずっと飼ってあげる?ボクの人生、飼い殺しで終わるの?ずっと
「あ、レブン、どうしたの!?」
「レブンさん、駄目よ。貴女は私の代わりになるんだから、逃げちゃ駄目」
「すみません、お二方。私にその関係は重過ぎで胃もたれしてしまいます。オサラバです」
ボクは止めようとするエレノアとキャロラインの制止を無視して、窓から抜けて逃げだした。エレノアの部屋が一階で良かったよ。
「私達の関係を知られて、逃がす訳がないでしょう!ハーベル、追いなさい!」
「はい、エレノア様!」
ボクは必死に逃げたけど、ハーベルがもの凄ーく、嫌な笑みを浮かべつつ、追いかけてくる。
あの顔はヤバい!ボクを監禁して、あんな事やこんな事をしようと考えている顔だ!
ぎゃあああ、誰か、誰か、助けて!あ、路地を曲がったら人がいる!
助かった!
「お助け下さい!変質者に追われております。あの……ん??」
誰だ?
逆光で見えずらいけど、この雰囲気、何処かで見た気がする???
「やあ、レブンちゃん。どうしたのかな?私のところに来る決心はついたかい?」
はい、アウトーーーー!!
公爵令息ケスラーが馬車を止めて待っていたよ、あんたもボクを捕まえて監禁だな!止めてくれ!って向こうから来る豪華な馬車は、王族専用の馬車じゃないか!ジーナス皇太子まで追いかけてきやがった。
孕まされてたまるか!
ボクは近くの馬屋に飛び込むと、馬に乗って逃げだした。目指すは、のんびりスローライフな片田舎だ。
こうして、王子達との追いかけっこがはじまった。
非常に分が悪いが、何としても逃げ切らないと、孕まされてしまうのだ。
そんな未来はまっぴらごめん、もちろん、
パカラッ、パカラッ、パカラッ、パカラッ
こうしてボクは、性転換させられた挙げ句、住み慣れた皇都を離れ、人知れず隠れ暮らせる地を求めて、当ての無い旅に出たのである。
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