第6話 人間アレルギー ~その3~
翌日の放課後、奥田から着信があり、内容はこの後にとある場所にほしいということだった。おそらく奥田のことだから、また不登校対策委員の仕事だろう。ただ待ち合わせ場所はこの前の会議室ではなく、高校から少し離れたところにある公園だ。徒歩で現地に向かうと、そこはすべり台と砂場、ブランコ、ジャングルジムがある普通の公園だった。
「おそーい。遅刻だよ」
すべり台の頂上に立ち、腕組みをしながらそう言った。
「遅刻もなにも、時刻の指定はなかったと思うけど」
「私が来てと言った時が集合時間だから!」
と、またよくわからないことを言い始めた。全くどこの国のお姫様ですか。
「それで要件は何なんだ?」
よくぞ聞いてくれたと言いたげに満足した笑みを浮かべたのちに、奥田は制服のスカートを全く気にすることなく、勢いよくすべり台から滑走しようとする。途中、スカートが風でまくり上がり、奥田の白い太ももがちらりと見えた。反射的に目をそらしてしまう。
「どうかしましたか?」
と、すべり終えた奥田は尋ねた。
「いや、なんでもない」
「そうですか。今日ここに来てもらったわけなんですが、西本薪奈ちゃんに関する件で聞き取り調査をしようと考えています」
思えばこの辺りは西本薪奈が通う小学校の学区だ。学校での薪奈の様子について詳しく知っている人がいるかもしれない。
「でもそう簡単に見つかるのか? 薪奈について詳しく知っている小学生といってもクラスメイトぐらいじゃないのか?」
この公園に運よく薪奈のクラスメイトが居合わせているとも思えない。手当たり次第に聞き取りを進めていこうと考えているのだろうか。
「安心してください。薪奈ちゃんのクラスメイトにアポはとってありますから。あっ、そうこう言っているうちに来ましたよ」
公園に小学生と思わしき二人の女の子が歩いてきた。ランドセルは背負っていないことから学校が終わって一度帰宅してからこちらに来たようだ。
「これ、どうぞ」
ツインテールの女の子が奥田に封筒を手渡す。
「うん、ありがとう」
「小学生と怪しい取引なんてしてないよな」
と聞くが、奥田はスルーして話を進める。
「二人ともわざわざ来てもらってありがとう。こちらは私と同じ不登校対策委員の……」
「小池です。どうもよろしく」
「よろしくお願いします」
女の子二人は礼儀正しく挨拶をした。お辞儀までしてくれている。
「さっそく薪奈ちゃんのクラスメイトである二人に聞きたいんだけど、学校での薪奈ちゃんはどんな感じなのかな?」
奥田のあまりに抽象的な質問に小学生二人はどう答えたものか困っているようだった。ポニーテールの小学生は顎に手を当てて言葉を絞り出そうとしている。もう一人のツインテールの子はポニーテールの子をちらちらと横目に見て様子をうかがっているようだった。黙り込む彼女らを察して奥田は再び口を開く。
「二人とも今年初めて薪奈ちゃんと同じクラスになったことは知っているし、それでいてあの子は学校を休みがち。二人があの子と一緒にいた時間というのは限られている。それでも二人からみた薪奈ちゃんの印象を聞きたいと思っています」
するとポニーテールの女の子は答える。
「薪奈ちゃんはおとなしい子でした。本を読んでいるか、何かの勉強をしているか、いつもそんな感じでした。他の人とお話したりはあんまりしません」
「なるほどなるほど。それで薪奈ちゃんを馬鹿にしたりする人とかいなかった?」
「馬鹿になんて……誰もそんなことをしたりはしてません。むしろクラスの中では勉強あんなにできてすごいって思われてました。ね?」
ポニーテールの女の子は隣にいる子に同意を求める。
「うん」
ツインテールの子はそう言って頷いた。
西本薪奈は勉強ができることでクラスの中でも一目置かれる存在だったという。そんな彼女に対して、馬鹿にするなど嫌がらせをする人などいなかった。周囲の人間の影響で学校に突然行かなくなったということではなさそうだ。ではやはり薪奈の母親が言っていたように学校での授業がつまらなく感じて不登校になったということだろうか。
奥田はツインテールの子に尋ねる。
「あなたからみた薪奈ちゃんの印象はどんな感じだった? たった一言でもいいよ。教えてくれるかな?」
ゆっくりと頷いてから、しばらくしてそっと答える。
「薪奈ちゃんってお人形さんみたい……なんですよね」
***
薪奈のクラスメイトと聞き取り調査を終え、奥田と一緒に最寄り駅に向かっていた。
二人からは他にも西本薪奈のエピソードや先生たちの彼女に対する振る舞いなどを聞いた。話を聞く限りにおいては薪奈のクラスメイトや先生たちは彼女に対して優しく接していて、不登校になったことについても心配しているようだ。
学校に行く必要がないから。薪奈は不登校の理由を端的にそう述べていた。けれどもよくよく考えてもみれば小学生で塾に通っている子というのもいる。そうなれば学校で習う内容を予習してくる人だっている。けれども塾に行っているから学校に行かなくていいという考えに行きつく人間はそう多くいないだろう。少なくとも薪奈以外に今までそういった理由で不登校になったという話を聞いたことがなかった。試しに奥田に聞いてみる。
「そういえば塾通っていたことってある?」
「はい。あります。小学生の時に。それがどうしましたか?」
「塾に通ってたら学校に行かなくてもいいやって思うのかなって。ん? 小学生の時も不登校だったりするんだっけ?」
自分自身は塾に通っていた経験がないため、その辺りは通っていた人間に聞くしかなかった。
「小学生の頃はちゃんと学校に行ってましたー。ちょうど小学生の頃に塾に通っていたけど、私は学校に行かなくていいなんて思わなかったけどね。学校に行けば友達に会えるし。学校のテストで良い成績をとるために塾に行っているんだから学校に行かないのは本末転倒」
確かに言われてみればそうかもしれない。学校の勉強のために塾に行っているというものだ。では薪奈のように塾に行かずに独学で勉強をしている人間はどうなのだろう。学校に行かなくていいと思ってしまうのだろうか。薪奈が居眠りしていた時に見た、あの光景を目の当たりにしてしまうとどうしてもそうは思えなかった。
「昨日、薪奈を見て思ったんだけど、本当に学校に行きたくないのかなあって思って」
ぽつりと出た一言を聞いて奥田は立ち止った。
「どうした?」
振り返って奥田を見る。目を丸くして驚いているように見えた。
「さすが、私の見込んだ通り……よく気がつきました」
奥田はバッグから一つの封筒を取り出すとそのまま手渡す。
「何これ?」
「小池君へのラブレター」
何の冗談かと思いつつ、封筒に書かれた差出人を見てみれば西本薪奈と書かれている。宛先は不登校対策委員小池と書かれている。切手や住所の類はない。
「奥田が薪奈から直接もらったのか?」
「違うよ。さっきの女の子からもらったんです」
「どういうことだ? 話が見えない」
確かに奥田はツインテールの女の子から封筒をもらっていた。あの時の封筒ということだろうか。
「実はあの二人、元不登校対策委員なんです。しかも前に薪奈ちゃんの担当でした」
不登校対策委員は高校生がやるものだとばかり思っていたが、小学生でもやることもあるとは知らなかった。奥田は話を続ける。
「あの二人は薪奈ちゃんに対して親切に接してくれています。例えば学校の配布物や宿題を届けたりしてくれていますし。不登校対策委員をやめた後も続けてくれています。今日も同様にね。その際に薪奈ちゃんからもらった小池君宛ての手紙をもらったという連絡をもらいました。それで小池君を呼び出したというわけです」
封筒を開けて中に入っている便箋を取り出す。よく見るとこれは便箋ではなくレポート用紙だった。紙にはこう書かれていた。
問 学校に行く意義について説明しなさい。
「なるほどそういうことか」
「私の言いたいことわかりました?」
「ああ、もちろん」
このレポート用紙を見て西本薪奈が学校に行く気持ちが少しでもあるということが確信できたように思う。薪奈の出した宿題を終えるためには今から行くべきところがあることに気づいた。
「今から寄っていきたいところがあるんだけど少し良いか?」
「良いですけど……どこに?」
「図書館だ」
さて、お勉強の時間の始まり始まり、と。
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