CASE1 生徒会執行部⑤





「………………(カキカキ)」

「あっ、いま朱音さんが読んでる『私の兄は剣聖』ですが、あとでわたくしにもお貸して戴けませんか?」

「ではキミの読んでいる『お兄様に愛されすぎてヤバイ』と交換だな」

「………………(カキカキ)」


ご覧の通り、俺はいま、仕事をしている。いや、させられている。


最初は横で朱音の業務を補助する体を取っていたのだが、あーでもない、こーでもないと、あまりに彼女の作業効率が悪すぎて、だったら俺一人でやれば早く終わる、ひいては早く帰れる、という合理的な結論に達するにまでにさほど時間を要さなかったのである。


まあ朱音を三国志で例えるなら呂布や張飛のような知力政治一桁の脳筋なので、その彼女に文官の才を期待すること自体が間違っているのかもしれないが。


「……悠人、わたしはいま、とても不愉快な波長を感じたのだが、気のせいだろうか?」

「そう思うならせめて漫画読むのやめたら? ってか本当に感謝してるの?」

「もちろんくれてることには感謝しているぞ?」

「これはっていうんだよ」


皮肉の一つも言いたくなる。


朱音と聖良の二人は、黙々と会計業務に勤しんでいる俺と織原を尻目に、それぞれ持参した少女漫画を耽読している。


聖良に関してはまだいい。普段から俺の業務をサポートしてくれてるしな。

だが朱音、お前はダメだ。

役立たずなら役立たずなりに、肩を揉んだり紅茶を差し入れるなど、俺の士気向上にやれることは他にもあるだろ。


そもそも何故、野球場でサッカーをしているが如き場違いな人間がここに紛れ込んでいるかというと、会長・副会長には一人ずつ役員を指名する任命権が与えられているからであり、俺は妹の聖良を、織原は姉の朱音をそれぞれ指名したからというのに他ならない。


遡行して考えるのであれば織原が悪いんじゃね? という指摘は至極ごもっともだが、それを口に出して言おうもんなら、この姉妹からどんな有り難い鞭撻を頂戴する羽目になるやら。


別に仲が悪いという訳ではない。

朱音とは2年まで同じクラスだったということもあり、自然と行動を共にする機会は多かった。

解りやすくその関係性を某国民的アニメに例えるなら、朱音は金持ちのジャ○アンで、俺は貧乏なス○夫くんといったところか。


ちなみに理不尽という点でいえば共通だが、むしり取られるのは金ではなく、頭の方である。






1時間後。


肩代わりしている作業の約半分が終わり、心に若干の余裕ができた。


「会長、紅茶でもお入れしましょうか?」

「ん、お願いしようかな。あ、みんなの分もね」

「分かってます」


織原の紅茶を待ってるあいだ、なにか退屈を紛らわす話題その他は無いかと聖良と朱音の方に意識を向けた。


「朱音さんの考えは間違ってます!」

「いいや、この件に関してはわたしの方が正しい」


するとなにやら意見の食い違いで揉めている様子。


織原とは違い、聖良は朱音とどういう訳か仲がいい。

聖良曰く、『朱音さんなら安心』という、何が安心なのか俺にはよくわからない理由らしいが……。


ともかく俺はいったん作業の手を止め、彼女達の動向を注視することにした。


「――よし、ならば第三者の考えを聞こうじゃないか。おい悠人、お前にちょっと聞きたいことがある」

「ああ、お安い御用だ。よくぞこの他分野に明るい博識仮面に白羽の矢を立ててくれた。ご存じのように、我が脳の知識量は半端じゃないぞ」


この退屈を紛らわす良い切っ掛けができたと、俺はやや食い気味に返事をする。


「よし、ではずばり聞こう、悠人にとって『愛』とはなんだ?」


朱音は俺のデスクを両手で叩き、そして顔を寄せて言った。


「「――――っ!」」


それと同時に聖良と織原の動きが、息を合わせたようにぴたりと止まった。

後ろを向いてフリーズする織原に至っては、ティーポットに煎れた紅茶をカップから溢れ出すまで注ぎ続けている。


(ふぅん……『愛』、ね)


世間一般では生ある物をいつくしむことや、胸の内に情を宿す単語として知られている言葉。

しかし朱音がいま聞きたいのはそういう事ではないだろう。

となると俺がここで求められている回答というのは、もっと真理的な意味であり、それはまさしく俺の得意分野である。


「『愛』――それは、人が子を育てたり、コミュニティを形成したりすることに必要な、生物的システムだな」


愛という感情がなければ、人は誰かを守ったり、育てたりは考えないだろう。

我ながら簡潔かつ完璧すぎる回答だ。


「「はぁ…………」」


俺は一拍おいてから回答をそう口にしたのだが、聖良と織原の二人は何故かがっくりと肩を落とし、深いため息を漏らしていた。


「なるほど。愛は人の感情の一端ではなく、必要があって備わっているものだということだな?」


しかし朱音の方は得心がいったように、ぽんと手を叩き深くうなづいた。


「ではもう一つ聞きたい。悠人にとって『恋』とはなんだ? 愛との差も踏まえて教えてほしい」


今度は『恋』か。


俺自身そういった類の経験が皆無なため、なかなか答えづらい問いではある。

だが博識仮面を名乗った手前、俺は知識を総動員して答えを捻出してみることに。


「『恋』――それは、子孫繁栄のために強いオスとメスが惹かれ合うよう設定された、いわば遺伝子的プログラム。つまり、『愛』とは人類繁栄のためのシステムで、『恋』とは種の保存のためのプログラムといったところだろう(キリッ)」

「そうかっ! つまり『恋愛』とは、優秀な遺伝子を後世に残そうとする、生まれつき備わっている人間の本能というわけだな!?」

「ふっ、そういうことだよ、朱音くん」


泉のように湧き出る知識から導き出されたパーフェクトすぎる回答に、朱音は目から鱗が落ちたような面持ちで何度も頷いた。


「わたしも常々それに近い考えを持っていたのだが、お前の妹がその考えには賛同できないと頑なに言い張ってだな……」

「ほう……」


聖良には『恋愛』の真理を理解するにはまだ早かったというわけか。


「しかしこれでやっと、わたしが正しいのだと確信することが出来たよ」

「おう、珍しく意見が合ったな」


俺たちはガシッと固い握手を交わす。


「「……………………」」


その様子を遠巻きに見ていた聖良と織原の目は、死んだ魚よりもさらに濁っていた。

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