第2話 栄華と荒廃の魔導龍

 私の前に吐き出されたタマゴはすでに孵化直前なのか殻の中で何かが激しく蠢いていた。

 周囲では元人間のアンデッド達が思い思いに雑談や酒盛りしている異常な空間。


 そもそも死んだ人間全員がアンデッドになるなんて聞いた事が無い。

 

 ……それよりも不老不死の半神人ノーライフデミゴッドだっけ?

 私自身も剣で心臓を貫いても死なない体になってるだなんて……あまりに現実離れし過ぎている。


 しかし、そんな激しすぎる衝撃の連続と裏腹に不思議と今の心境は落ち着きを取り戻し始めていた。

 

 あまりにも異常な事が起き過ぎて頭がおかしくなったのか?

 それとも自分が不死の化物に変えられたせいもあるのだろうか?


 先程まであった激しい後悔と懺悔で支配されていた死への渇望が無くなり、今は自死するという考えそのものが阿保らしく感じてしまう。

 それに周囲のアンデッドや魔人。

 人以外の種族に対する恐れや嫌悪感の様なものが自分の中で薄れていた。


 楽しそうに談笑する元騎士達を見て、マズイとは感じながらもこの状況を楽観的に受け入れるのも仕方なしとすら思えてきたほどだ。

 

 「大体タマゴって口から出るものだっけ?」


 「あら、龍族では一般的な出産方法よ」


 (独り言のつもりで呟いたんだが)

 

 先程タマゴを産んだ?張本人神龍姫ドラゴネスゴッデスを名乗る少女ナナは常識でしょ?という表情でその疑問に答えてきた。


 (……本当に読めないわ。コイツの行動が)


 もう一度整理しよう。

 私達、帝国第七騎士団は遠征任務中うっかり強力な魔人のいる洞穴へと足を踏み入れてしまい私以外は皆殺しにされた。

 旅の最中、強力な魔人あるいは魔物に襲われるというのはよくある事だろう。

 

 しかし問題はここからだ。

 今隣に立っている神龍姫ナナは自身の能力を使い、祝福と称してここにいる人間全員を別種族に変え復活させた。

 確か彼女はそれを進化と語っていたな。


 (さっきの口ぶりと言い、まるで人を捨てるという事が善と考えている様な感じね)


 いずれにせよ人の尺度では測れない危険な思想と力の持ち主に変わりはない。


 ……そしてもう一つ不可解な事がある。


 あのタマゴだ。

 彼女は自分と私の子だと言ったがそんな事あり得るのか?

 いや、流石にそれはないだろう、出鱈目だ。

 

 「ふん、私は女だ。確かナナとか言ったな貴様も見た所女だろ?ならばあのタマゴの中身が私達の子供という事は有り得ん。貴様は少し生物についての勉強をした方がいいと思うぞ」


 「えぇ、確かにね。そのままじゃ無理そうだったから……まぁ色々とね」


 ナナの意味深な発言に私は少し違和感を感じる……ある部分に。

 

 (まさかとは思うが……)


 「ちょっとタンマ」


 「どーぞー」というナナの返事を待たずに人気の無い岩の後ろに急いで走っていき、ある事柄を恐る恐る確認する。

 

 「ぎゃああああああああ!!!」


 ……私は思わず叫んでしまう。

 どうやったかは知らんが、この女は寝ている私にとんでもない呪いのアイテムを装備させていたのだ。

 そして、恐らくは……。


 「ナナ貴様ァ!!!」


 「どーよ?バッチリでしょ」


 「貴様だけは……殺すッ!!」


 私は怒りに任せて剣を振り上げた――だが次の瞬間、白い魔人の静止の手が入る。


 「くっ!!」


 今の私では天地がひっくり返ってもこの魔人には勝てない、大人しく振り上げた剣を元に戻した。

 

 (一旦冷静になれ、今はこいつらを殺すなんて考えるな。まずは逃げる事を考えるべきよ……幸い拘束されてない今なら逃げるチャンスはいくらでもある筈)


 「あらあら夫婦喧嘩は後よ。それよりも……そろそろ産まれるわ」


 「何が夫婦喧嘩だ!!!」


 私のツッコミを完全にスルーしたナナの視線は大きくヒビが入った孵化直前のタマゴへと真っすぐと向けられていた。


 (……チッ、ここまで来たらどんなバケモノが出てくるか見届けてやろうじゃない!)

 

 数分間の沈黙の後、ペキペキと大きな音を立てて殻が割れて中にいたモノが勢いよく外へと飛び出していった。

 

 タマゴから産まれ出たものは私の想像を遥かに超えていた。


 「な、なな、なによこれ!」


 産まれたばかりとはとても思えないは人間でいえば十は超え……下手したらナナよりも年長に見える可憐な少女であった。


 「母上そして父上、私は栄華と荒廃の魔導龍チェルミナートルレミナ・リント・スカーレットと申します。私を創造して下さり、こうしてお会い出来た事を大変嬉しく思います」


 「言葉まで話すとは、はええ、随分とよく出来た子だな……」

 

 「あら、優秀な龍族の子を何も出来ないサルの子と一緒にしない事よ」


 人間を少し馬鹿にしているようなナナの言い方には腹が立ったが、龍族とやらが凄いというのは認めざるを得ない。


 「突っ込みたい事は色々あるけど……取り敢えず気になったんだけどこっちを見て父上はやめてくれるかしら」


 「何故なのですか?貴女様はイル・レシステリーナ・スカーレットであり私の創造主の一人たる父君ですが?間違える筈はありません」


 レミナは少し困った表情を浮かべ私に訴えかけてきた。

 ダメだ!そんな目で、上目遣いで私を見るのよしてくれ!


 「分かった、分かったわよ!……そうだな父上はやめてくれないか?せめてイルと呼んでくれ、な?頼むよ」


 「はい分かりました。これからそう呼ばせてもらいますねイル様!」


 レミナはまるで子犬の様に嬉しそうに尻尾をパタパタと振って私の名前を呼んだ。

 

 (……あ、よく見ると可愛い尻尾が生えてるのね)


 「ふむどうやら角や尾、目に見えぬ魔力といった特徴は私譲りのようね。そして顔は……そろそろ信じる気になった?イル?何なら彼女の遺伝子情報を調べてもらって構わないわよ?」


 「……いいや遠慮するわ」


 確かに似ている。

 幼い頃の私の顔と体、胸にあるほくろの位置、そして全体の雰囲気そのものが。

 それと髪色が赤と銀のツートンカラーという違いがあるがサラリとして風に靡く柔らかい髪質という所は私そっくりのものがある。


 これが夢や幻術で無いとすると何らかの形で私のコピーを作られたとしか思えない。


 「……ナナ、こんな事をして何になる?」


 私は当然の疑問をナナにぶつける。


 「あら、はしたけどね。言い忘れていたけど私は未来が視えるの……それで彼女は誕生は今後に必須の事象なの」


 そう言うとナナは自身の金と蒼の鋭い瞳オッドアイを見せつけるように私の方に視線を合わせた。

 鮮やかな煌めきを放ち、深く吸い込まれそうなその瞳を見つめていると、私は突如体を魂毎持っていかれそうな感覚に陥った。

 

 「……はっ!」


 本能的な恐怖を感じ反射的に視線を背ける。

 未来が視えるかどうかは分からなかったが何らかの魔力を秘めた魔眼である事は間違いないだろう。


 「あら、視線を逸らすなんてイルは恥ずかしがり屋さんね」


 敢えてそう振る舞っているのだろうが、彼女の話は冗談が多く話が掴みにくくて胡散臭い。


 ……だから未来が、と言われた所で信じるには値しない。


 そもそも向こうはどう思っているか知らないが私達は敵同士。

 今は逃げる隙を伺うべく適当に会話を合わせているに過ぎないだけだ。


 「なにがどうなりゃあの子が今後に必須なのかしらね」


 私はそう呟きながら黙って私達の会話を聞いていた少女に目を向ける。


 まぁ、どちらにせよ彼女、レミナ自体には私に対する悪意や殺意は見受けられないし、むしろ私と……ナナに対しての喜びや憧れといった善の感情を強く感じさせている程だ。

 敵でない以上私はレミナと何か事を構える必要性はなく別に放置してもよいだろう。


 私がそんな思案を巡らせていた時、私の横に何者かが並び立った。


 「ひゃあーこれまぁ鬼の騎士団長になる前の昔の先輩にそっくりじゃないすか。懐かしいッスね騎士学校の頃は凛々しさと美しさを兼ね備えた美貌に男のみならず女の子のファンも大勢いたりして……」


 「どひゃあああ!アリサ!なんでアンタ生きてんのよ」


 考え事をしている最中にいきなり現れた人物に対して驚き、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


 「いや、死んだッスよ?」


 「死んだッスじゃないわよ!びっくりさせないでよ!」


 とぼけた表情でそう言ってのけた彼女はアリサ・サザンクロス。

 第七騎士団の副団長であり私の幼馴染だ。

 

 貴族の令嬢らしく手入れの行き届いた金髪縦ロールの髪とエメラルドの様に輝く碧の瞳、清楚な雰囲気に整った顔立ち。

 私以上(ちょっと羨ましい)に発育の良い胸など外見は女性として非の打ちようがない素晴らしいものを持っている……のだが、テキトーでめんどくさがりで軽すぎるという残念な性格なのが玉に瑕だ。

 

 まぁその性格だからこそ幼少の頃からストレスを感じず、ずっとつるんでいられるって所もあるのだけれど。


 「いやいや死んだってアンタ、現にスケルトンやゾンビになってないじゃない?服装はいつの間にか変わってるようだけど」


 他の者と同じく騎士団の鎧を着装していた筈のアリサの今の姿は黒を基調としたゴシックなドレスというこの場には似つかわしくない恰好になっていた。

 

 それでもあまり違和感を感じないのは流石は貴族の着こなしというべきなのだろうか?


 「ああーそれッスね。なんか気が付いたら貴女は明星の吸血鬼ブラート・ルシファーってのに進化したわよってそこにいるナナさんに言われて、何故だかこんな格好になってたッス……いやほんとに訳が分からねぇッスよね?わっはははははは!」


 「そ、そう、はは……ハハハ」


 屈託のない笑顔で笑ういつも通りのアリサに多少の安堵を抱きつつ、どこか納得のいかないこの状況に苦笑いで合わせる事しかない私であった。 


 (本当は笑ってる場合じゃないんだけどね)

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