終末魔法少女と淵源のドラコニア

yyk

第一章 旅の始まり

第1話 魔女の月

 「――やぁ、おはよう×××!」


 突如脳内に鳴り響いた音……これは、誰かの声?

 複数の音が重なり合いかろうじて声を形作っている。

 

 誰だろう?

 私にはそんな気味の悪い声の持ち主に心当たりはない。


 ……それに……これは?

 意識はあるのに全身の感覚が無い。

 体が動かない。

 目を開けて声の主を確認する事さえも叶わない。

 

 よく分からないけれどもこれが俗にいう体は眠り、脳が起きている状態というやつなのか?

 

 「そうだね。まぁ今の君の状態ならあながち間違いではないね×××」


 (私は声は発していない筈……心を読んだとでも?そもそもここは一体?)


 「まぁいいじゃないかボクの事は。そんな事よりもさ、寝起きの所で悪いがボクは君との約定を果たさせてもらいたいと思う……ボクは約束はキッチリ守る性格だからね」


 次から次へと浮かぶ私の疑問は一つも解消される事もなく声の主は勝手気ままに話を続けていく。


 「×××、君は過去あるいは現在もしくは未来、ボクに全てを求めた……それをあげよう。あっ、それとあの世界では君は【シエル】という名前になるそうだよ。いい名前だね」


 (シ……エ……ル)


 ――声の主との会話はそれが最後だった、その後私の意識は再び闇へと引きずり込まれていった。


 ………………


 レガネリア歴2970年1月21日。

 後に審判の日と呼ばれるこの日。

 地上に生きとし生けるもの全てに絶望と嘆きを与える事件が起きる。

 

 キーシュ中央大陸西端に位置する都市ドラコニアの直上に【魔女の月シエルムーン】と呼ばれる巨大隕石が衝突。

 魔女の月の落下により大陸全土には熱波が吹き荒れ一瞬の内に何もかもが焼き尽くされた。

 その後も隕石衝突により巻き上げられた塵による大規模な気候変動と地震や水害といった二次災害が世界を蹂躙していった。

 

 地上の生命の八割が死に絶えた未曾有の大災害。

 

 生き延びた僅かな者達も決して幸福であったという訳でもない。

 何故なら彼らは灰が積もり砂漠となった場所や黒く爛れた焼け跡の荒野ばかりが広がる地獄のように過酷な世界で生きねばならなかったからだ。

 

 審判の日より三十年。

 レガネリア歴3000年某日。

 キーシュ中央大陸の極東部に広がる灰の砂漠の小洞穴にて争いが起きていた。


 「……おい、あれって?」

 

 極東にある帝国、ヤハテウス帝国に所属する第七騎士団百余名はとある任務途中、一目で人外と判断できる六本腕を持つ魔人と偶発的に遭遇した。

 

 その場で接触を試みた騎士の一人が殺害され、敵性生物と判断。

 これにより騎士団による魔人討伐戦闘が開始された。


 ――私は愚かだった。

 戦うべきじゃない、全力で逃げるべきだったと気付いた時には既に遅かった。


 「……なっ、なんなんだこいつ!」「グハァッ!」


 ある者は拳で鎧ごと心臓を貫かれ、ある者は胴体を手刀で引き裂かれる。

 血肉が飛び散り、阿鼻叫喚をきわめる空間で一人、また一人と騎士達の死体が積み上がる。


 「――団長!あんただけでも逃げてくれ!……ごふぁッ!!」


 騎士の一人が魔人の前に立ち塞がって私に向かい叫んだ。

 その直後、騎士の首が地面に転げ落ち辺りに血の雨が降り注ぐ。


 「……ニノ……畜生、バケモノめ」


 彫刻がそのまま動き出した様な筋骨隆々な肉体と真っ白な肌、洞穴の闇に怪しく輝く紅い瞳ブラッドアイが特徴的な腰布を巻いた六本腕の魔人は既に瀕死となっていた私の元へとゆっくりと歩を進める。


 「やらせるかよ!オレ達も団長を守るぞ」「おう!」


 「おい!よせ!セリー!ルミエール!!」


 「うおおおおおおお!」「どぅりゃああああ!!」


 私の静止に耳を貸さず新たに二人の騎士が勇猛果敢に魔人に飛び掛かる。

 だが彼らの剣が届く事は叶わない。

 次の瞬間には彼らの四肢や胴体が宙を舞いセリー達はその場で屍と化していた。


 「……クソッ」


 セリーとルミエールの叫びを最後に洞穴に静寂が訪れる。

 誇り高き帝国第七騎士団の精鋭達は魔人の圧倒的な戦闘力を前に全滅した。


 (クソッ……体が動かないし出血のせいで意識が……私もここまで……か)


 騎士団の団長である私はいくつもの高位防御術式と回復魔法リザレクションの施された特注プレートメイルのお陰で魔人の一撃に耐え、かろうじて生きながらえていた。


 とはいえ全身からの激しい出血のせいで回復がまるで追い付いておらず、私は剣を握る事はおろか片膝をついたまま立ち上がれずにいた。


 「……くっ、殺せ!ヤハテウス帝国第七騎士団団長にして白銀卿イル・レシステリーナ・スカーレットは貴様の様なバケモノの慰み者には断じてならん!」


 騎士達の屍の前に最大限の殺意と怒りを込めて目の前に迫ったバケモノに向かって叫ぶ。

 

 仲間達が無残に散っていったのだ、そしてその責任は騎士団団長の私にある。

 私だけが無様に生き恥を晒す事なんて出来る訳がない!

 

 最後の力を振り絞り震える手で剣を構えた。

 

 (……ここで一矢報いて皆と同じ所へ向かおう)


 「いいや駄目だ。未来を見通すこの眼にはアンタの死兆星アルコルが見えないよ、まだ死ぬのは絶対にあり得ないね」


 (あの魔人が喋ったのか?いや違う、聞こえてきたのは女の声だ)


 「誰だ!」


 「あら、こんばんは。今日は月が綺麗ね」という声と同時に魔人の背後からひょっこりと顔を出したのは年季の入ったボロボロのマントを纏った人……ではなかった。

 セミロングの青髪の隙間から二対の宝石による装飾が施された大きな角と鱗に覆われた尻尾、金と蒼の獣の如き鋭い眼を持ち、幼さを感じさせる顔立ちであるがどこか神秘的で不思議な魅力が漂う少女が立っていた。


 「私はナナ・リント・ファーヴニル、どうぞよろしく【運命の銀騎士フォーチュンナイト】イル・レシステリーナ・スカーレットさん」


 「……」


 笑顔で挨拶をする彼女に対し私は何も語らなかった。

 どうせ死にゆく命だ、今更バケモノに名乗る必要などあるものか。


 「あら、つれないわね。まぁいいわ、どちらにせよ私が貴女を貰い受ける未来に変わりはないもの」


 貰い受ける?

 殺す気は無いのか?……そうか、分かったぞ。

 こいつは周囲と装備が違った私を高位の騎士と判断した上で人質もしくは奴隷とする気だな。


 (……下衆めッ)


 「戯言を!貴様らの様な輩に私の生殺与奪の権利を与えるなど言語道断!私の死に場所は私が決めさせてもらおう!」


 何れにせよ人でない者達とのこれ以上の会話など不毛。

 向こうにその気が無いのならば自死を選ぶまで。


 口を大きく開き舌を噛もうとしたその刹那――。


 「あっ、ちょっ!待った待った!」

 

 突如私の唇に何かが触れる。


 「えっ」


 ソレは有角少女の唇であった。

 一瞬何が起こったのか分からなくなり固まっていた私の虚を突いて少女の舌が私の口内に侵入する。


 「おぼぇ!ちょ……ちょっと待ていきなり何を!貴様ァ!わ、私にそんな趣味はないぞ!」


 急いで少女から顔を放す。

 私のファーストキスを!なんて事をしてくれたんだあの女ァ!


 「ギリギリっと……まぁ、【今は】そうかもしれないねぇ」

 

 少女は余裕たっぷりに先程のキスの味を確かめる様な舌なめずりをしながら意味深な発言をする。

 その様子が少し妖艶だと……いや、断じて……断じてそんな趣味など無い!


 「い、言っておくが貴様が何をしようが私の死の決意は変わらんぞ」


 「本当にそうだと?貴女は此処を訪ねた誰よりも生と性への渇望で溢れているわよ」


 (セイとセイ?こいつは……一体何を……言って)

  

 あれ?おかしい意識が……何だか遠のいて……。

 

 「まさかさっきのキスで……何か……盛られ……ク……ソ……」


 「貴女の未来は我が龍眼で見えていたのよ……さてと、それでは始めましょうか!彼女の可能性と此処に至った奇蹟を信じて【清浄と創生のマギア】を!運命に導かれた者とのランデブーを楽しみましょうか」


 ………………

 

 「おめでとうございます団長!」「団長、おめでとさん」「酒だ!酒持って来い!」

 

 この声はルミエールにセリー、それにこれはニノだな。

 酷くぼやけた視界のまま聞きなれた声が次々と耳へと流れ込んでくる。

 ……ひょっとして私、いつの間にか眠っていたのか。

 

 でも彼らは確か。

 あぁそうか、どうやら私はいつの間にか死んだのか。

 きっと皆が同じ天への旅立ちに祝辞を送ってくれているのだ。


 「ええ、今日という目出度い日は本当に久しぶり。大体千年ぶりくらいかしら」


 「は?」

 

 騎士団員ではない【彼女】の声が耳に入るや否や酔いにも似た眠気が覚め、視界が一気にクリアになる。


 「えっ、ちょっと嘘……でしょ」


 私の瞳の水晶体に鮮明な状態で飛び込んできた風景は天国とは程遠い。

 地獄だった。


 ルミエールの体は半透明な幽体に、セリーは透けては無かったが顔面が半分腐り落ちている。

 ニノに至っては……いや、ニノの声で喋る骨がその場にいた。


 辺りを見回すと彼等三人だけじゃない第七騎士団全員が人を捨てた姿で陽気に会話に花を咲かせていた。

 早い話、騎士団全員がアンデッドへと姿形を変えていたのだ。


 そのあまりにも惨い悲惨な光景を目にした結果、自分の中で何かの糸がプツンと切れて放心状態となってしまった。

 

 「どうかしら?ヒトを棄て【進化】した彼等の姿は神龍姫ドラゴネスゴッデスのみが行使出来る素晴らしい力の恩恵……ヒトの願望デザイアを引き出すの」


 得意げにそう話すナナの発言は今の私にとっては取るに足らないどうでもいい事でしかなかった。


 「……そう」

 

 私は無気力状態のまま立ち上がり、おぼつかない足どりで歩きだす。


 「あら?何処へ行くの?」


 ……なんなんだこれは。


 怒りを通り越して絶望と諦めが心を支配する。

 もう、考えるのも疲れた。


 「これは夢……そう、酷い悪夢だ」


 私は地面に転がっていた剣を拾い上げてそのまま自分の胸めがけて勢いよく突き刺した。


 「死なないわよ」


 「…………なにゆえ?」


 ……確かに生きている。

 ドバドバと致死量の血を垂れ流している筈なのに体はピンピン動く。

 痛みもあるにはあるが我慢すれば耐えらえそうな程度のものしか感じない……どういう事だ?


 「貴女、いやイルにはとっておきの祝福を与えたわ。それはなんと不老不死の半神人ノーライフデミゴッドへの進化よ!やはり貴女はそれだけのデザイアの素質を持ち合わせていたという事ね」 


 「え?」


 この間数秒だろうか?

 胸にガッツリ刺さっていた剣がひとりでに抜け落ち、傷口は気付いた時には完全に塞がっていた。

 

 (悪夢にしても酷過ぎる、なんだこれは)


 「そして神龍姫ドラゴネスゴッデスナナ・リント・ファーヴニルと不老不死の半神人ノーライフデミゴッドイル・レシステリーナ・スカーレットこの二人がまじりあう時、究極が誕生するわ」


 「は?何を言って?」


 ナナがそう宣言すると同時に腹部が信じられない程に隆起し首や顔面を変形させながら特大のタマゴを吐き出した。


 「ふぅ、産まれたわ……これが私とイルの子よ」


 「……は?……は?……はあああんッ?」


 (いやいやいやいや、超展開すぎるだろッ!!!!!)

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