第2話 小さな天狗

1回目の治療で劇的に改善したFさん。



「先生!私、自転車乗れるようになったんですよ!」



そう言って喜ぶFさん。



失礼な表現かもしれないが、初めて自転車に乗れた子供のように喜んでいた。



「いや~それは良かったです!」



こちらまで嬉しくなってくる。



20数年前。



治療院をオープンして間もない頃。



Fさんと同じような症状で来院されたKさん(70代)。



Fさんと同じように自転車に乗れなかったのが、1回目の治療で自転車に乗れるようになった。



あの時の私と20数年経た今の私。



何が違うのか?



それは“痛み”に対する考え方。



オープンして間もない頃は経験も浅く、“痛み”というのは“悪”。だから、その“悪”を打破するという格闘技をやっていた者にありがちな思考。



だからKさんの時も、“俺”がその“悪”をやっつけたった!整形外科に2年通って治らなかった膝痛をたった1回で治したった!“俺”ってスゲーな!



今、思い返しても恥ずかしくなる。



小さな天狗は、すぐ木に登り有頂天に。



そして。



痛みがなかなか取れない難しい症状の患者さんが来院されて、小さな天狗の鼻はポッキリへし折られる。



その度に勉強して、研究を重ねる。



そして、難しい症状の患者さんの痛みをクリアしては小さな天狗に。



また、さらに難しい症状の患者さん・・



もう、この繰り返し。(笑)



で、ある時から“痛み”に対する考え方が変わった。



“痛み”というのは“悪”ではない。



“痛み”というのは“身体”が発する声なき声。



その声なき声を慈愛を持って受け止め、その方が持っている自然治癒力を最大限引き出せるよう骨格を整えてあげる。



つまり、“俺”が治しているんじゃない。その方の持っている自然治癒力を引き出せるよう手助けしている。



そういう思考に変わった。



すると。



不思議な事に小さな天狗はいなくなった。



そして。



私が加える治療技術。



患者さんが治療院を信じて来院される気持ち。



加持祈祷という言葉が仏教にはあるが、この“加”える力と“持”の力が融合することによって、思いもしない力を発揮する。



正に患者さんと治療師との関係だなぁと思う。



するとそこには・・



驕りや高ぶりなどはなく、不思議と相互に“感謝”の念が湧き起こる。



なんか悟りを開いた坊主みたいな事を言っているかもしれないけれど、本当にそう思う。



それからも、Sさんに連れられてFさんは月に2回来院された。



みるみる身体の調子が良くなっていくFさん。



そんなFさんを見て、体の痛みで悩んでいるお客さんたちが私も行きたいという声が上がり始めているんです、とSさんは言った。



まさかSさんが1人1人連れてくるわけにはいかない。



そこで、ある提案をされた。



それは。



皆がお金を出し合い、治療のベッドを買い、Fさんの理髪店が休みの月曜日に私がそこで施術するという案。



1人の施術料金を五千円に設定し、最低でも5万円を保証するくらい患者さんを集めてくれるという。



私にとっては非常に有り難い話である。



「・・ですので、絶坊主さん、いつくらいから来て頂けますか?」



あいにく、本業の方も忙しい時期。



「・・そうですね、11月くらいになりますかね。」



という私に対して、Sさんが冒頭のセリフを私に言った。



「絶坊主さん、あなたの事を待っている人たちがたっくさんいるんです!本当に!」



私の治療院に通って15年になる常連のSさんは力強く言った。



この言葉を聞く為に20年余り頑張ってきたのかな・・・



「・・わかりました。じゃあ、10月から行きます!」



本業との調整の為、9月は難しくギリギリの判断で10月にした。



そして、その第1回目の日取りが決まった。

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