人生とは感激の為なり

絶坊主

第1話 それは涙で始まった

「絶坊主さん、あなたの事を待っている人たちがたっくさんいるんです!本当に!」



私の治療院に通って15年になる常連のSさんは力強く言った。



この言葉を聞く為に20年余り頑張ってきたのかな・・・



(ここで麻倉未稀さんの『HERO』のイントロが流れる)



(そして、名作ドラマ『スクールウォーズ』オープニング風のナレーションで)




※ この物語は、とある弱小、オンボロ、ヘッポコ・・(おい!もう1人の俺!言い過ぎやろ!)治療院が20年という歳月をかけて、この言葉に辿り着く過程を主人公の感情を細微に渡り表現した涙と笑いと感動の記録である。



⚠️今現在起こっている事象の為、物語がハッピーエンドになるかバッドエンドになるか作者自身にもわかりません。






今から遡る事、2ヶ月前。



「絶坊主さん、今度、Fさん連れてきていいですか?」



私の治療院に通って15年になるSさん(50代)が言った。Sさんはコンサルティング業をしていて、顧客を全国に抱え、日々忙しく飛び回っている方。



何故か私の治療を気に入ってくださり、自宅のある岡山に帰ってきた時、月に1、2回来院してくれる。15年前、初めて来院された時は、あまり話もせず、ドライな感じで固定客にはならなさそうな雰囲気だった。



しかし、人生わからないものだ。



Sさんによると、大阪にあるJリーグのチームドクターをしている治療院で治せなかったご自身の四十肩が私の所で治ったんだと言ってくれた事がある。それからは月に一度は必ず来院される。そして、治療が終わった後、予約が入っていなければ30分くらいいろんな雑談をするのが恒例となっていた。



その話の中で、Fさんの話も聞いていた。



Fさんは82歳の女性で、高齢ながらも長年理髪店を現役で営んでいた。しかも、今現在もお客さんがたくさん来る人気の理髪店。



周りからも年齢より若々しく見られていたFさん。ところが昨年から体の不調に悩まされ始めた。その痛みは元気はつらつとしていたFさんからみるみるうちに活気を奪っていった。



Fさんの確定申告などを担当していたSさん。心配になり大阪でゴッドハンドと言われていた治療院をFさんに紹介した。ゴッドハンドと言われるからなのか、治療費も1回1万円と相場よりも高い。回数券を買えば1回5千円との事。どないやねん!(笑)



Fさんも以前の元気な自分を取り戻そうと10回の回数券を購入。



流石ゴッドハンドと言われるだけあった。1度の施術で痛かった部分の痛みから解放された。



ところが。



悩んでいた痛みが引いたと思ったら、今度は別の箇所、膝が痛み出した。その痛みはFさんの唯一の移動手段だった自転車に乗れなくなるだけではなく、歩くのもままならないほど。その変わりようは常連さんたちが心配するほどだった。



もう、お店を畳まなダメかな・・



思うように動かない自分の身体。回数券が残っていたのでゴッドハンドと言われている治療院に通い続けた。元気ハツラツとして仕事をしていた自分に戻れる事を信じて。



しかし。



数回通ってみたけれど、一向に改善されない痛み。それどころか、さらに悪化する事態に。改善されない痛みを訴えるFさんに、その治療院の人間はありえない言葉をかけた。







「Fさん、年だからしょうがないよ。」






“年だからしょうがないよ”






“年だから”?







“しょうがない”?







あまりにもありえない。



私はこの言葉だけは絶っっ対に使わない。



意地でも。



何故なら、この言葉は治す側の人間が絶対に言ってはいけない言葉だから。“痛み”と“脳”は密接に関係している。治す側の人間から、こんな言葉を言われたら、患者さんにとっては絶望でしかない。治す側の人間のちっぽけなプライドを守る為、治らないのは年だから仕方ないんだという一番安易な落とし所。



あまりにもありえない。



大袈裟かもしれないが、患者さんは生きる希望を胸に、人生を懸けて切実な思いで来院される方もいる。このFさんのように。その程度の気概だけで、銭さえ稼げりゃっていう思いだけで、患者さん救えるかよって。治療師なんてやめてまえって。



あまりにもありえない。



お願いだから治せないんだったら、自分のプライドよりも患者さんの希望の心を殺さないで欲しい。それだったら、ウチでは限界だから、他にもこんな治療法があるから試してみたらどうですか?と、他にふってほしい。



私はそれを無責任とは思わない。患者さんの希望の心をかろうじて繋ぐ為の、治療に携わる人間として患者さんを思う最後の矜持だと私は思う。



ゴッドハンドと言われる治療師からそう言われたFさん。



心が折れかけていた。



そして、ゴッドハンドと言われる治療院を紹介したSさん。



Fさんに高いお金を使わせてしまい、痛みがさらに酷くなってしまい、とてつもない罪悪感を抱いていた。そこで私の治療院の話をした。Fさんは最後の望みをかけて私の治療院に行きたいとSさんに言った。



「・・・という訳で、Fさん連れて来てもいいですか?」



私も最初は驚いた。



何故なら、大阪っていったら私んとこの治療院なんかよりももっとレベルの高い治療院がたくさんあるだろうと思ったからだ。



でも、Sさんはどうしても私にFさんを施術して欲しいと強く訴えた。



私も根底には生きる希望が潰えそうなFさんを救ってあげたいという気持ちがあった。



かつての自分と重なったから。



プロボクサーだった私。



デビューして4年目。日本チャンピオンまで後12人。



連敗を抜け出し、3連勝。



元日本ランカーにも勝ち、ボクサーとして勢いがあった。倒された事がない自分がどこまでやれるか命と引き替えにしてもいいくらい懸けていた。



そして。



神様は残酷な結末を用意していた。



筋肉すら削ぎ取る程のギリギリの減量。



試合の5日前。



減量もうまくいき、調整の為、マスボクシングをしていた時。



軽く・・本当に軽く。



次の瞬間。



自分の体に稲妻が貫いたのかと思うほどの衝撃。



自分の骨が持たなかった。



腰椎疲労骨折。



まともに歩く事すらままならない体。生きる希望なんて持てなかったあの頃。良いといわれた治療院を渡り歩く日々。



そして最後の最後。



たどり着いた治療院。



救ってくれた先生の技術に感動した私。



たった1つの取り柄だったボクシングを奪われた当初は、おもちゃを取り上げられた子供の様に泣きじゃくっていた。



でも、人間、生きていく為に、なんとか次の新しい希望を模索しようとする。



自分のように生きる希望の光が見えなくなった方々を1人も漏れず救いたい!



新たな希望の光。



Fさんにも何とか希望を持ってもらいたい!



「わかりました!私が出来る精一杯の施術をさせて頂きます!」



そして数日後。



なんと、Sさん自身が運転し、はるばる大阪からFさんを乗せて来院された。



「・・宜しくお願いします。」



私の治療院に入ってきたFさんは、不安そうな、でも、最後の望みを懸けたような僅かな希望に目を輝かせていた。



なんとしてもFさんの希望に答えなければ・・



私は強い使命感を抱いた。



でも、治療院の中に入ってきたFさんの動きを見て私は確信した。



大丈夫!Fさん、大丈夫だから!



何故なら体の動き方が21年前に来院されたKさん(当時73歳)そっくりだったから。



Kさんも膝痛で整形外科に2年通ったけれど良くならず、最後の望みを懸けて私の治療院のオープンチラシを握りしめ来院された。



そのお顔は暗く、でも、目には僅かな希望の光。Fさんと同じ目をしていた。Kさんも膝を痛めてから、自転車に乗る事が出来なくなった。



そして1度の施術が終わり、2回目来院された時。



なんと自転車でやってきた。飛びっきりの笑顔と共に。



Fさんの体を細かく診ていないけれど、直感のようなものだった。



そして施術に取り掛かる。1つ1つ左右のバランスを整えていく。大まかな治療は21年前と変わらない。



年齢を考慮して慎重に慎重に。



大丈夫。必ず治してあげるからね、Fさん。



祈りながらの施術。



そして。



約30分の施術が終わった。



「じゃあ、Fさん、ベッドから降りて歩いてみて下さい。」



この瞬間だけは何年経っても緊張する。



ゆっくり起き上がり、ベッドから降りるFさん。



そして。



「え?痛くない!膝、痛くない!」



治療院に入ってきた時のFさん。歩幅も小さくヨチヨチ歩きだった。



それがどうだ。



スタスタといった表現がピッタリな歩き方で、スピードも違った。私自身も驚く程の変わりようだった。Sさんも同様に驚いていた。



「先生!ありがとうございます!私、嬉しいわー!私、もうダメかもしれないって・・」



そう言ってFさんは泣いていた。子供のように両手の指を目に当てて。



きっと、もうダメかもしれないって、仕事も辞めなきゃいけないって覚悟をしていたのだろう。



そんな不安、緊張から解放され感極まったのだろう。



最近、年のせいか涙腺がすぐ決壊する私までもらい泣きしてしまった。



そして。



それは涙で始まった。



Fさんの涙から奇跡のような展開が私を待っていた。

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