春に住み着いた。

まだ生活感のないその部屋の中は段ボールや所在なさげな家具達でごちゃごちゃとしていた。

「エリカ、そっちの荷物どう?」

そういったのは恋人の椎名だ。

「まだかかりそう〜」

私は気の抜けた返事を返した。


椎名とは2年ちょっと前に出会った。

似た物同士の私たちは、すぐに打ち解けるなんてことはなく。まともに話すようになるまでに半年以上かかった。


当時の私たちはボロボロで。

両親との関係、仕事や夢、その他諸々。

全く上手くいってなかった。


過去に縛られていた。


その頃、私は仕事が上手く行かずに悩んでいる所に義父の死が重なった。

その関係で義実家に帰ることが多くなり、否応なく過去に捨て去ったはずの記憶と向き合わなければならなかった。


椎名もバンド活動と社会人を両立することが難しくなってきて、分岐点に立ち。

追い詰められていた。


互いの傷を舐め合うように自ずと二人は一緒にいるようになった。


私達は他にも沢山の問題を抱えていた。

元々誰かと一緒になるなんて考えてもみなかった二人。

これまでを取り戻そうとするように依存しあった。


不安ながらも二人で過ごすのは心地よく悪くない気分だった。


そうしていつの間にか恋人として二人並んで歩いた。

私たちの歩幅は自然と揃った。


私たちは精神的な部分は似ていても、趣味嗜好は意外と違っていて面白かった。

私は椎名によく話しかけたけれど彼は相変わらず無口なままだ。

けれど嫌な感じはしなかったし、言葉にしないとわからないことがあると段々と理解してくれるようになった。


椎名は映画を観るのがすきだけど私はあまり観ることもなく育った。

だから彼は色々な作品を教えてくれた。

一つの物事に縛られてしまう私に沢山の世界を教え心を少し軽くしてくれた。


互いの足りないものを埋めていく。

その作業が、どうにもたまらなく愛おしかった。

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