第91話 鎧袖一触
「穿傀、10センチ。」
金髪の方の顎に掌を当てながら、俺はそう呟くように穿傀を呼び出した。これはこの刀がどこまで詳細な命令を承けられるかを試す実験である。
もしセンチ単位で呼び出せるようになれば汎用性が格段に上がるだろう。失敗したとて、このまま首を絞めにかかればいい。
何事もトライアンドエラー。そうだろ。
すると無様に溺れるような声を上げながら、金髪の組員が泡立つ血を吐き出す。あんぐりと開かれた口内には短い薄桃色の刀身が見えた。
掴まれる前に腕を引き抜く。掌からはちょうど10センチほどの刀身部分だけが、血を滴らせながらにゅっと突き出ている。
成功だ。コイツは使えるな。崩れ落ちる仲間を見て狼狽え走り去るもう一人に、今度はさらに踏み込んだ指示を試してみる。
走るスピード、位置を予測した上で合わせて出来る限り早口で発声。
「穿傀、地面、12メートル先、60センチ。」
音もなく地面を透過して刀身が現れる。突き刺さった刃は右脚の踵から膝くらいまでを貫通して身動きを止めた。
組員がもがくが、抜ける様子はない。完全に地面に固定されてるみたいだ。
股下から刺してやるつもりだったが、ズレちまったか。奇襲には使えそうだがコントロールには少々慣れが必要らしい。
「穿傀、戻ってこい。」
思惑通りしっかりと手元に柄と鍔を伴って再出現。位置や長さの指定を細かくできて、指示する文言に込めていないニュアンスもある程度読み取れる。
また意思があるって刀か?一体何本出てくりゃ気が済むんだ。なんにせよこれで利用価値は高まった。
叫び、脚を押さえてうずくまる組員に近寄る。こんな状況に押し込まれながらも怯え、俺を否定し逃れようとする心が顔に出ていた。
奪う側の人間は、奪われる側の気持ちはわからない。殺されたくないのなら何くそと反撃の一つでもしてみろよ。ダセえ。
俺はそのまま穿傀を振るい、ぎゃあぎゃあと喧しい首をはねた。これから何人殺すかわからないんだ、体力は温存しておかないとな。
炯眼を右手、穿傀を左手に持ちエントランスのドアを蹴り開け、廊下を進む。怒号を発しながら壁の脇にある部屋から、長ドスや拳銃を持った組員が飛び出し攻撃を仕掛ける。
刃物を持ってる奴は弾除け。発砲に合わせたサイドステップで的をブラし撃たせる。それに怯んだのが最後。あとは残りを斬り捨てていくだけ。
右、左、右、左。威勢だけの烏合の衆に刃を振りまくる。
大量の血と臓物が敷き詰められていく廊下で途切れ途切れに鳴り響く銃声のクラッカー、閃光。惨憺の声に彩られる事務所。
対応力と敏捷性、だっけ。今だけは確かに実践できている気がする。
二階に上がっていってもやることは変わらなかった。ただひたすらの殲滅だ。
それにしてもコイツらは、本当に自分達を悪だと認識しているのか。寄る俺への対処を押し付け合ったり、一発も撃てずに斬られたり。
この程度なら二本使うまでもなかったかもな。そして噴水のごとき血飛沫の奥に、焦り顔でデスク前の椅子から転げ落ちるように立ち上がる禿げ頭の組員が見えた。
しかし見るからに他とは違う風格を俺は感じ取った。さらに動揺しながらも銃口を向けこちらを狙ってくる。
聞き込みの相手はアイツにしよう。そうと決まれば他の連中は木っ端に過ぎない、まとめてブチ殺す。
腐るほどある遮蔽を利用しながら事務所内を駆け回り、撃たせては斬ってを繰り返す。
そして刀についた血を振り払い、久しい静寂がやってくる。弾切れの拳銃をこちらに向け、カチカチと引き金を引く男一人だけを残して組員は全て斬り伏せた。
尻餅をつき後退りしながら、コンクリートの柱に背中を押し付けて恐怖している。
「一体、な...なんなんだお前...!どこの組のモンだァ!!」
「ただの人殺しだ。死にたくないなら、俺の質問に答えろ。」
「答えないと...言ったら...?」
「言わなくてもわかるだろ。今見えてる死体の山ン中に仲間入りだ。」
「お前、ここじゃ偉いのか?」
「組長の代理だ...若頭をやってる。」
「じゃ、若頭。"
正直なところダメ元だった。並み居る肉を切り裂き、誰のものとも知れない血を浴びていく内に本筋が皆殺しへ切り替わっていたためだ。
しかし、震える声で返ってきた答えは意外なもの。
「...ああ、知ってるぜ。八年くれー前だったかな...奴等に仕事を頼んだんだ。」
「他の組のカチコミが来るって情報を掴んだんで用心棒としてな...」
「...なるほど。奴等はどんなことをやる?」
「...一言で言やァ、殺し屋の派遣だな。人を殺ることに関しちゃエキスパート。そんな人間がわんさといるようだった...」
「ただ一つ気持ち悪ィのがよ、奴等が飼ってる殺し屋...軒並みガキだった。」
話によると、蛭間組が
連れていた子供たちは全員が全員木知屋のことを"ファーザー"と呼び、文字通り父親のように慕っていたという。
契約は成立、大枚はたいてやってきた殺し屋は、身の丈には不釣り合いな刀を持った十歳ほどの子供。
しかしカメラ越しに目にした実力は確かなものだったそうで、押し入っていた抗争相手の組員数人を玄関先で、数秒の間に殺害した。
だが俺はふと、どこかに情報がつっかえるような感覚になった。若頭が話すその子供の特徴が、妙に俺に似通っている。
俺は自分の幼少期を知らない。だからこそ引っ掛かるところがあるのだ。まさかとは思うが、またとない機会だ。念のために聞くか。
「そのガキ...どんな刀持ってた?」
「普通のブツじゃなかったよ...刃ンところに、なんだ...読めねェ文字が彫られてた。」
「そりゃあ...こんな感じか?」
俺は手にしている炯眼の刀身を見せた。すると若頭はハッとした表情で、大きく頷く。
これでハッキリした。だがなんてこった。俺は6人の警官以前に、もっと多くの人間を殺していたのか。
だが不思議とショックは受けなかった。もう俺が戻れないところまで来ていて感覚が麻痺しているからなんだろうが、この事実は特筆すべきところだろう。
俺が確保された時、俺は"矢嶋"としての木知屋と行動を共にしていた。憶測だが、しかし何らかの理由で追い詰められ、木知屋は洗脳を解いて俺を切り捨てた。
そして、そのままトントン拍子に特事課へ。笑えねぇ、目的は初めから自分の近くにいたってわけか。
「...連中に繋がる手がかりを探してる。連絡先とか残ってないか。」
「...ねェよ。契約する時に、自分達に関する痕跡は一切残すなと釘を刺されちまった。」
「で、でもお前...顔が似てると思ったらやっぱあの時のガキかよ...!変な縁も、あっ、あるもんだなオイ...!」
「そうかよ、だが俺はお前のことなんか憶えてねぇな。」
「....そ、そうだ、全部話したんだから見逃してくれよ...!お前に斬られるのは俺だって嫌なんだぜ...!」
「...あ、忘れてた。ここの有り金全部寄越せ。そうすりゃ見逃してやるよ。」
若頭はそそくさと命令に従い、金庫のある部屋へ腰低く俺を案内した。ナンバーロックをガタガタと震える手で解除していく。
軋む音を立てて分厚い扉が開かれると、そこには札束がたんまりと積まれていた。しばらくは遊んで暮らせそうなほどの量だった。
「ほら、好きに持っていけ...!」
「俺はまだ死にたくねェ...命だけは...」
「穿傀、天井。落ちてこい。」
「へ?」
若頭の直上に穿傀を呼び出す。本当にコイツは使える武器だな。
天井を透過して現れ、一切の抵抗なく切っ先を下にして降ってきた刀身が真っ直ぐ脳天に突き立つ。
疑問を呈した表情のまま、若頭は鮮血を噴き出させながら身体を痙攣させてばたりと倒れた。恨んでくれるな、お前は奪われる側に立っただけだ。
「穿傀、戻れ。」
お前のこれは回り回ってきた結果だ。悪事を働いていれば、働かれもする。悪は殺しても罪にはならない。
俺だって当てはまる。俺はきっとロクな死に方をしない。そんなことは常日頃考えている。
これだけ好き勝手やったのだから、願わくば、現れた皆が羨む正義のヒーローにでも思いっきり惨たらしく殺して欲しい。
しかしこれだけの金、運ぶには骨が折れる。なにか布でもないかと辺りを見回しても、特に使えそうなものはない。
仕方なく自分のコートを脱ぎ、風呂敷代わりに札束を包んでいく。そして袖部分を持ち手にして、肩越しに引っ提げ事務所を出る。
思ったよりもずっしりと重たい。もし千切れでもしたら火をつけに戻ってやるところだ。
冬の風が血濡れの頬を撫で、一際強く肌を冷やす。人気の少ない道を選んで通らなければならない。遠回りになるな。
人の目を避け、惨めに這うように路地を抜ける。ようやくたどり着いたボロアパート。
足音を殺して階段を上がり、柊木の部屋の前へ向かう。もう顔を合わせたくない。まだ中にいるだろうから。
結び目をほどき、扉の前に札束を積み上げる。これだけあれば大抵の借金なんかどうとでもなるだろう。
扉を開ければ全部倒れて、音で気づくはず。ひんやりとした空気を肺へ流し込み、踵を返す。約束を破るようだが、出る前に決めていたことだ。
貸し借り作るのも、縁を結ぶのも、もう沢山なんだ。俺はこれから自分のためだけに生きて、自分の業に押し潰されて死ぬ。
それが運命だ、と強がってみたが。結局またネカフェ暮らしか。アレ、心が荒むものがあるから居心地が悪いんだ。
またコインランドリーに寄らないと。全てを失ったとしてもこのコートだけはまだ捨てきれないんだ、情けねぇ。
汚したくないのに、肌から離せない。汚れるのは俺だけでいいってのに、ずっと巻き込んでしまっている。
会えなくてもいいなんて言わない。ただ、忘れてしまうのが怖いだけだ。全部終わったら、なにか供えにいこう。
俺には、きっとそれぐらいしかしてやれないんだ。
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