第七章「リーパー・ザン・リーパー」

第74話 嘲る淋漓にララバイを

────一週間後。特事課員、不破 睦月。


 沖縄から帰還して舌の根も乾かぬうちに、俺は課員の葬儀に出席している。数日前、頭部を銃弾で撃ち抜かれた水上の死体が発見されたと報告が入ったからだ。

 場所は人里離れた山中。麗と同行していたとされるが、麗本人も現在失踪している。

 現場に残された液体金属の痕跡から、犯人はMECメンバーと断定。子供のものと思われる下足痕も複数見つかった。


 しかし問題は、壁と水上の身体に撃ち込まれていた弾丸だ。発見された弾頭は、40S&W弾。これは麗が使用していたリボルバー拳銃の使用弾と一致している。

 麗が何らかの理由で水上を裏切り射殺した、という説も浮かんでしまう。聞いたところによると麗の出自はかなり特殊で、まだ謎が多い。

 そのためどうにも怪しさが勝り、疑念を払拭できない状況にある。


 それにしても、MECの目標がブレている。賞金目当てで心眼を狙っていたと思えば俺本人を狙うし、今度は水上だ。

 こっちの戦力を削ぐために無差別に狙うようになったのか?だが水上の受けた傷は例の銃弾によるもの以外になかった。

 MECが使うのは主に刃物だった。丑三のような例もあるが、やはりこれまで見てきたメンバーにおける単純な比率でいえば近接武器の割合が高い。

 疑念がさらに強まっていく。元より掴み所のない奴だと思っていたが、ここにきて仇となりうるとは。


 立て続けに見知った人物の命が奪われている。水上は、療養が明けてから一ヶ月も経っていなかった。その矢先の悲劇、しかしなぜわざわざあんな山奥に向かっていた?

 調査に精を出すというのならわかるが、真っ先にあのような場所へ出向くのはなにか理由があるはずだ。

 そして、異常現象および存在の発見と調査は常に別。本格的な調査に向かうには課長である橘の認可が必要だ。

 しかしそのような申請は最近じゃ一切来ていないという。水上ほどの勤勉な人物が調査申請程度を欠くはずがないと、橘は得意の勘を働かせている。


 それにしても、柴崎と古木屋がいつまで経っても来ない。二日前から通知はしていたのだがやたらと遅い。

 木知屋は水上の身辺整理を代わりに行っているという。課員の性格にそぐわないことの連続に、俺と橘は顔を見合わせた。

 二人が来ることがないまま葬儀は滞りなく執り行われ、俺達は本部の事務所へ戻ろうと車へ向かった。

 これから各支部へMECへの対策強化、麗の捜索が通達されるという。この部署が死神たる所以を、人死にが出る度に痛感する。


「あ...?」


 俺達は、乗り込もうとした車のボンネットに乗せられていた小さな白い箱を見つける。淡い青の水玉模様をしたリボンでラッピングがされていて、持ち上げると何か入っているようだ。

 恐る恐る蓋を開いたその中身は、ぴったり6時を指したまま秒針の止まった銀の腕時計と、ラベルの貼られていない一本のUSBメモリ。この時計は、古木屋がずっと身に付けていたものと同じだった。

 わずかに血が付着したその文字盤を見て、すぐに車へ乗り込む。次から次へと、厄介事が止むことはないようだ。


 望まれざる贈り物を手に事務所へ駆け込み、パソコンを取り出す。ウイルスが仕込まれている可能性を鑑みて、念のため使用するのはオフラインのもの。

 USBを接続するとすぐに一つの動画ファイルのダウンロードが開始された。完了したわずか約二分半のファイルにつけられたタイトルは、「お休み」。


 ファイルを再生する。映し出された映像は数メートル先すら見えない暗い空間の中で、スポットライトの下、向かい合った椅子に縛り付けられた柴崎と古木屋の姿だった。

 カメラはそれを横から映していた。俺はパソコンを置いている机に思わず乗り出して画面を見つめる。


 葬儀に来なかった理由がようやくわかった。二人はどこかに囚われていて、主犯が当て付けのようにこの映像を送りつけてきたのだ。

 十中八九MECの連中がやったのだろう。しかし二人いてまで手も足も出せなかったのか。また複数人に襲われたのか。

 必死に眼球を動かして場所の特定をしようと尽力する。しかし辺りは暗闇が支配し、それは叶わない。


「柴崎...古木屋...!」


 これはただの録画された映像。俺達は今ただ眺めていることしかできない。無力さに、拳を机に叩きつける。

 頼む。せめて無事でいてくれ。






 ─────────────────────






 ────某所。特事課員、柴崎 宗太郎。


 天から降り注ぐ光によって、暗闇に微睡んでいた瞼を焼かれ目を覚ます。ここはどこだ。

 俺達はクリーニングに出していた喪服を受け取りに家を出たと思ったら、いきなり首筋に電撃のような痛みが走り気を失った。

 拉致られたのか。ありえない、呆気なく床に倒れ伏すその時まで智歩以外に人など周りにはいなかったはずだ。


 目の前には、俺と同じように椅子に身体を固定された智歩がいる。まだ目を覚ましていないのか、顔を上げずに呼吸をしている。

 もがいても無駄なことはすぐにわかる。俺はひとまず周囲の状況を把握することに努めることにした。

 暗い。ただその一言だ。どこまでが壁なのかもわからず、狭い視界を確保するのは頭上で光るスポット照明、見えるものは右側に設置されたビデオカメラ。


 すると、暗闇より足音が二つ迫る。光の下に現れたのは"矢嶋"。そして拳銃を帯びた麗。

 予想を大きく裏切るタッグに、開いた口が塞がらない。目処をつけていた犯人であるMECとは無関係であるはずの矢嶋がいるのもそうだが、なぜ麗が奴のそばについている。


「麗...!?オイお前どういうつもりだ!!早くこれをほどけッ!!」


「まァまァ焦らな~い。今から"ファーザー"が喋るからさ。」


 "ファーザー"。不破が沖縄で対峙したMECの魔術師「與那嶺」が言及していたという存在だが、矢嶋がその正体なのか?

 麗を一歩後ろに下がらせた矢嶋は、カメラに向かってお辞儀をすると落ち着いた声色で話し始める。


「ご機嫌よう。特殊事象対策課の諸君。私は、"揺篭オーファニッジ"代表、矢嶋ヤジマ イズミという。」

「今回は君達に宣戦布告をしたく、この映像を録画しているよ。見えてるかい?」


 ようやくフルネームが出た。麗は不敵なニヤニヤ笑いを浮かべながら暇そうに拳銃をいじくりながら歩き回っている。


「宣戦布告の方法は単純にいこう。」

「ここにいる二人を、殺すことだ。」


「はァ....!?」


 麗が満を持したように古木屋の後頭部に銃口をあてがう。引き金に爪が当たる冷たい音が響くのを聞いた俺は錯乱し、叫び散らしながら止めようとする。

 当然だ。不破が尊ちゃんを守りたがるように、俺も智歩を守るために特事ここに留まってきたんだ。

 辛酸の味を耐え、苦楽を共にしながら平穏な日常を取り戻そうと一緒に歩んできたんだ。それをこんなことで、こんなつまらないことで。


「やめッ、麗───」


 撃たれる鉛のピリオド。築いてきた全てが、豆粒ほどしかない物体によって崩れ去る。

 喉が張り裂ける。心が砕け散る。中空を流れる赤い小川が、力なく衝撃によってわずかに揺れるその頭から流れ落ちる。

 死んだ。別れの言葉すら済ませていないうちに、殺された。

 せっかく大切にしてきたのに。愛してきたのに、奪われた。


 矢嶋が懐から拳銃を取り出す。銃身の細長い、古風なデザインの銃だ。

 もうすぐ俺の番が来る。わかりきった未来。どうせ死ぬとはじめからわかっているなら、全てを失ったのなら。何だってできるはずだ。


「柴崎君。最後に言い残すことは?」


「ある........ある。だが、まずはこのロープをほどいてくれ。」

「俺が遺すものは、手が使えなきゃ...な。抵抗するつもりはない。」


 殺す。全員殺してやる。矢嶋は少し悩んで、取り出したナイフで俺のロープを切った。

 そして、動かなくなった智歩の腕時計を外し、泣きながら電池を抜き取る。これは俺が最後に遺すメッセージだ。

 俺が動かなければ、ここでなにもできず死ぬ。そうなるくらいなら課員の矜持にかけて、冥土からの土産として、やることがある。


 高架下で戦った時、不破が取り落とした心眼の挙動が不気味だったことを、俺は冷静なことに思い出していた。

 死に鈍感になっていた俺だが、それは大切な人を失った時でさえそうだったんだ。

 最低だ。だったらやることをやってさっさとくたばろう。残る仲間がコイツらを挽き肉になるまで叩き潰してくれることを祈って。


 電池を抜いた、血の付着した時計の針を「六時」ちょうどにセットする。メッセージの中身はただの仮説に過ぎないが、これが届けば、願わくば解決に導いてくれれば幸いだ。

そして、俺は矢嶋に打診した。


「この映像...不破達のところに送るんだろ。」

「だったら、この時計も同封しろ。それが最後の言葉の代わりだ。」


「ほう...それに何の意味が?」

「まぁエッセンスとしては有効かもな。いいよ、言う通りにしておこう。」


「...助かる。」

「そして.......死ね!!」


 素早く踵を返し、矢嶋の眼球目掛けて指をねじ込もうと突進する。成功確率が限りなく低い、単なる最後の足掻きだ。

 だがそれも無駄なことだった。ダメ元だ、仕方ないさ。智歩、すぐに追い付くよ。

 お前と同じように死ねるんなら、むしろ有難い話だな。こんな理不尽な世界で、場所で、死を死で紛らわす生き方をさせられて。

 挙げ句の果てに離れ離れなんて、俺は死んでもごめんだからな。


 地獄で先に待っててやるよ、矢嶋。そして不破、この疫病神が。お前が来てから、俺達にはろくなことがなかったよ。糞が。


 背後から乾いた発砲音が耳に届いた瞬間に、俺の意識は絶たれた。

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