第75話 月を墜とせ
映像が終了する。停止した画面には時計を拾い上げ暗闇の中へ消えていく矢嶋、カメラを回収する麗の姿が映っている。
俺は声が届かないことにも構わず、画面に向かって吼え続けていた。なぜ俺の周りにいる人間ばかりが死んでいくんだ。
縁を築いた人間ばかりがことごとく。俺の存在そのものが罪であるかのように。
だが今こそ冷静になる時だ。俺は遺された時計を見つめ、揺らぐ頭を振り絞って考えた。
柴崎がなぜ、止まった時計なんかをわざわざ寄越したのかを。
柴崎は普段からこんな酔狂な真似をするような奴じゃない。なにか意味があるはずだ。
指した時計の針は。六時。六。
「まさか、木知屋..."六"か...!?」
流石に安直すぎると思ったが、これまであの男は重要な局面でいつも姿を表さなかった。矢嶋は直接手を下すことは少なく、裏で暗躍する。もし矢嶋の正体が木知屋だとするなら、行動的にも辻褄が合うはずだ。
俺は歯を食い縛りながら画面を睨み付けている橘に向き直って叫んだ。
「今すぐ木知屋をここに呼び出せ!!おそらくあいつが矢嶋なんだ、早くしろ!!」
「いや待て睦月...!よりによって木知屋がそんなことをするわけが...!」
橘と木知屋は何年も連れ添ってきた仲間だ。簡単に疑うことができないのはわかる。指した時刻の意味を察してこそいるが絆を断ち切れない迷い。それが泳ぐ眼に表れているようだ。
だが課員が立て続けに死に、一人に裏切られたというのなら俺達家族の他には、例え誰であろうと信じられるわけがない。
俺は木知屋については話に聞いただけで、思い入れがあるわけでもない。この男が動かないのであれば俺がやらないと。
俺が橘からスマホを奪い取ろうとしたその時、着信が入った。さらに事務所の固定電話も同時に鳴り出す。
偶然とは思えない。通話音声をスピーカー出力にさせてから応答すると、相手は焦りが滲み出た大声で叫ぶ。
『もしもし!?こちら福岡支部長、
俺はその言葉にカーテンを一気にスライドさせ、外の景色に目をやった。
眼下に広がる通りには多様な武器を手にした人間が数えきれないほどの数集結していた。見たところざっと数百は下らない物量。
武器は全て金属の剣や槍。MECの本格的な襲撃が開始されたのだ。その殿には、こちらをじっと見据える矢嶋が立っている。
だがこちらは課員がかなり欠けている。
踵を返し固定電話の方に応答すると、今度はまた別県の支部からの連絡だ。内容は全く同じ。向こうもMECの襲撃を受けていた。
だがあの数を相手取れてかつ、一網打尽にできるような手段を特事課は持っている。課が事実上最初に確保したオブジェクト、「イオドの首」だ。
一切のコントロールを捨てたあれを使えば、一掃できるはずだ。触ったことはないし見たことすらない。知るのはその能力だけ。
それでもこの異常事態。得体の知れないものに頼ってでも打開しなくてはならない。
「橘!"イオドの首"はどこに置いてある!?」
「アレを使うのか!?無理だ!持ち出すには評議会の許可が必要なんだぞ!?」
「認可が下りるまでは最低でも一週間はかかる、無理に持ち出せばまた謹慎を...!」
「んなこと関係ねぇ!!これ以上誰も死なせてたまるかッ!!いいから場所教えろ!!」
「....クソッ、着いてこい...!」
心眼を携え、橘の案内でオブジェクト保管庫へ向かう。一刻を争う状況。急がなければ特事どころか警視庁にいる全員が皆殺しにされる。
警察は簡単に人を撃てない。威嚇射撃などの牽制に留めるには限界がある。俺達のようにオカルトに明るくなければ尚更そこのところの判断には欠けるだろう。
地下空間を走り抜け、ナンバーロックがかけられた金庫のような扉の前へ到着する。これを解錠するコードは週替わり。さらに認可が下りてからでないと教えられない。
まったく、保護努力の方向性がイカれてるとしか言いようがない。課員は簡単に使い捨てているくせに。
だが今はナンバーコードなど知るはずもない。ならばやることは一つだ。拳銃を抜き、蝶番に弾丸をブチ込んでいく。
警報が鳴り響くが、構わず扉を蹴り倒す。外の騒乱に比べればこの程度は些事だ。
そして橘の記憶を頼りにコンテナを手当たり次第に漁っていく。そして01番コンテナの中で見つけたのは、錆びたアルミバケツ。
アクリルの蓋が上からつけられていて、中を覗くと確かにそこには異形の首が入っていた。光り輝くツルがのたうち、こちらを襲おうと蓋の隙間を探している。
頭蓋にはちょうど手が入れられるほどの穴が空けられていて、ここを弄くることで制御を行うらしい。
バケツを掴んで、俺は保管庫を飛び出す。これを解放すれば全員を無力化することができるはずだ。
正面エントランスに向かうと、既にバリスティックシールドを構えた警備隊が軍団を押し戻していた。絶えず変化する刃の形状に防戦一方、ちらほら死傷者も出ている。
「警察は全員下がれェエエエッ!!」
そうさ、俺は警察じゃない。死神だ。命の価値を主観で計り、その取捨選択を行う立場。
命は平等ではなく、時に理不尽に奪われる。奪われたくないのなら、こちらから殴り込むまでのこと。
殺られる前に殺れ。俺が現れたのを見て警備隊が脇へ退き始めたのを確認してからバケツを床に横倒しにして、踏みつけながら心眼を抜く。そして、刃を振るいその蓋を両断する。
依然攻勢を緩めないMECの魔術師が迫ってくる。それに反応し、解放された異形の首は嫌らしくうねる細い触腕を大量に吐き出した。
センサーのように次々と身体に接触する。触れられた者は即座に床に倒れ、発現していた金属の刃も溶けて形を失う。
瞬く間にみるみる数が減っていく。お前らが悪いんだ。お前らは狩られる側に回った。
自ら人間を捨てて、摂理に反する力を得ることを選んだ。ただ月曜日などという下らないものを消し去りたいがために。
平穏にヒビを入れようとする命は、間引かなくてはならない。俺達はいつだって法の下にそうしてきた。
罪を重ねすぎれば死刑になる。ところによってはその場で殺される。お前らはやりすぎてしまっただけなんだ。
尊の顔を思い浮かべて、悲鳴を上げて逃げようとする人の魂が刈り取られる度に溢れてくる良心の呵責を無理矢理に塞き止める。
全てはあの子を守るためなんだ。何故ならお前らは危険なんだ、あの子と違って。あの子と違ってな。
やがて全員の行動を封じることに成功した。一分とかからなかっただろう。
辺り一面に転がる、魂のない抜け殻の中で立ち竦む俺を警備隊は奇異の眼差しで見ていた。
自らが買って出て死神たる所以を見せつけた。これからはいよいよ忌避どころでは済まなくなりそうだ。
それでも俺には守るべき人がいる。これだけの人数を犠牲にしてでも。道徳や倫理をかなぐり捨ててでも。
八つ当たりするように、俺は眼下で未だ新たな魂を追い続けるイオドの首を叩き斬る。首は動作を停止し、巻きひげを発現させることはなくなった。
もう二度とこんなものは使いたくない。これはいかなる兵器よりもずっと恐ろしいものだ。
矢嶋が大袈裟に拍手しながら、倒れている軍勢の身体を踏み越えながらこちらに近寄る。表情は目深に被ったローブフードのお陰で見えないが、明らかな嘲笑をこぼしていた。
「いやはや、恐れ入った。こんなものを隠し持っていたとはね。」
「晴れて大量殺人者だね。橘 睦月君。」
「質問に答えろ...!お前は木知屋なのか、そうじゃねぇのか!答えねェとお前の首もぶった斬る!!」
「怖い怖い。」
「...だがいずれにせよ、もう隠し通せまい。」
矢嶋は喉を押さえ、咳払いをする。何度か繰り返していくうちに声が別人へと切り替わる。
「これが答えだよ。」
「私は昔から声を変えるのが一つの特技でね。宴会芸程度にしか役立たなかったが、こんな使い道があるとは。驚きだろう?」
聞き覚えのあるその声は、木知屋そのもの。さらにローブを脱ぎ捨て、懐から取り出した紙袋を広げて被ってみせた。
橘とどうだろうが、仲間だろうが、裏切ったならそいつは敵だ。抹殺するべき対象だ。
これは特事課において揺るぐことのない絶対のルール。それを破ったお前は、ここで息の根を止める。俺がこの手で。
ついに正体を表しやがった腐れペテン師だ。死神に心臓を差し出したことを悔いながら死んでもらう。
「木ォォ知ィィ屋ァァアアアア!!!」
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