【第一部】グリム・リーパー ~警視庁公安部・特殊事象対策課~

Imbécile アンベシル

「プロローグ」

第0話 刈り取る者、刈り取られる者

──────PM:21:37、名も無き傭兵。


「はぁッ、はぁッ...」


 息を切らしながら、雨の降る夜の街を走る。喉の奥から血の味が昇ってきて、酸欠で頭痛がしてくる。休憩もかねて、俺は路地裏に滑り込み身を隠す。

 電子広告の光を隙間から浴びながら走り抜けていく群れを見送り、ようやく殺していた息を吸い込むことができた。

 なんでこんなことになっちまったんだ。ショボいカルト組織の護衛をする単純な任務かと思っていたら、いきなりアジトが襲撃された。

 警察でもなんでもなく、刀やら機関銃やらで武装した若者の集団に。長年傭兵をやってきたが、こんなことは初めてだ。


 俺は、ポケットから取り出した、五百円玉ほどの大きさの小さな円盤を取り出した。これは例のカルト組織が崇拝していたものだが、どうせ信者どもは壊滅状態だからと苦し紛れにパクってきてしまった。

 連中はひょっとして、これを狙っているんじゃないか?眉唾物の触れ込みばかりだったが、なにか力が宿っているというならあんなに血眼になるのも頷ける。こんなことなら置きっぱなしにしてくればよかった。

 呼吸を整えて、ふと幾何学模様の刻まれた円盤を真上の月明かりにかざしたその時。


「はっけーん。」


 その声に円盤をずらすと、ショートカットの髪を垂らした少女がこちらを見下ろしていた。その手には拳銃が握られている。

 焦り、急いで立ち上がり、銃撃を命からがらかわしながら再び走り始める。しかしいくら走っても必ず、曲がり角や通ろうとした道の向こうに奴等が現れる。

 あれよあれよという間に、俺は抵抗空しく袋小路に追い詰められてしまった。


「大人しく降伏しろ。命までは取らねェ。」


 リーダーらしき、アロハシャツを着ているちゃらついた金髪の男が銃口を向ける。50口径デザートイーグルとは、容赦のない奴だ。

 何者だと問おうとする前に、俺は手のひらの中に握り込んだ円盤が熱を帯び始めていることに気づいた。体温の伝播ではない。勝手に発熱している。

 続々と仲間が集まってくる。あんな武器をちらつかせておきながら命は取らないなんて、そんな虫のいい話があるものか。


 一か八か、俺は円盤を天に向けて掲げた。


 ───奇跡は起きた。円盤は目映い光を放ち、空中を屈折しながら動くレーザーのような光の筋を複数本生み出した。それらは高速で不規則に乱反射し、視界を塞ぎながら眼前の軍団へと迫っていく。

 しかしそれに合わせて、刀を持った青年はそれにも臆せず刃を振るった。その刀身に走る輝く紋様を見た時、俺は何故か、奇跡的に放たれた起死回生の一撃の行く末を悟った。


 光の筋に刃が触れた瞬間、られた糸がほどけるように消えた。光は次々と青年に降り注ぐも、あえなく弾き落とされ夜の空虚な闇に散っていく。

 目を奪う幻想的な光景も束の間、次第に距離を詰められている。淀みない足取りで真っ直ぐ迫る、刈り取る刃が首にかけられていく。

 無様に水溜まりの上に尻餅をつき、切っ先を突きつける青年と目が合った。酷く冷淡な目をしている。今まで何人殺してきたのか、宿るその澱だけでは窺い知ることができないほどに。

 宵闇を背にしたその姿は、正に死神。手にする刃は魂を刈る鎌に見えた。


「警視庁、特殊事象対策課の不破だ。」

「名前を土産に持たせてやったんだ、抵抗してくれるなよ。」


 最期に、家族に一目会いたかった。写真を取り出そうとするも、俺は喉首を切り裂かれる。

 噴き出す鮮血が漏れる息によってごぼごぼと泡立ち、溺れるように意識が薄れていく。力を失った手が最期に掴んだ、家族写真。


 それを見て、どうか俺が、君の奪う命の最後の一人になることを祈る。


 左様なら。

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