第三章「開かれた傷痕」
第29話 悪いニュース、普通のニュース
────数日後。
イタリアで開催される違法オークションの調査に四人が派遣、うち一名が敵対勢力の乱入によって死亡。
確認された
課はこの件には十中八九、例の"MEC"が関わっていると見ている。
これまで発見した流動する金属体が、二つとも都合よく所有者を殺しているからだ。
あの少年だってそうだった。
操っていたはずの液体金属がひとりでに動き、飲み込まされて内側から用済みになった所有者を消し去るんだ。
少年のケースはいわば口止め、イタリアでの出品者のケースも似たようなものだろう。
組織にとって不都合なことを行おうとしたヤツは無条件で、遠隔地から殺される。
脳缶については未だ手がかりが掴めていない。
現状は、全てのスイッチを切ったまま保管せざるを得ない。
それにしても、ドレイクが死んだなんて。
首を切られた、と。薄桃色の、刀で....
「うッ...!」
ドレイクを殺したヤツが持っていた刀の事。
それを考えるだけで頭痛が止まらないのは何故なんだろうか。
ナポリタンを啜る手を止め、グラスのコーラを一気に流し込む。
思い出せ、元より
今更くよくよしていたって何も解決できない。
少しでも良いことを考えよう。
この
今日は、謹慎最終日だ。
いつもの厳しいトレーニングが、一足早い放免記念として免除された。
俺はもちろん鍛練を欠かしたくはなかったが、午後から評議会の連中に呼び出されている。
今後もバディとしての同居関係は続く。
放免されたからといってトレーニングを中止する気はさらさらない。
本当は一週間の予定だったんだが。不思議だ。
気づけば俺は今朝からずっとこの喫茶店に入り浸っている。
柴崎に一度連れてきてもらってから、ここのナポリタンがどうも口に合うことに気付きいつしか行きつけになっていた。
ドリンクにはコーラ、デザートにアップルパイを食べる、あの日と同じラインナップ。
注文したコーラのおかわりを持ってきたウエイトレスがこちらを見ている。
ここ数日で何度か軽く世間話をしたことがある程度の、ただの顔見知り。
仲良くなれそうと少しは思ったが、俺はどうもこの人の目が苦手だ。
何を考えているのかわからない、丸いフレームの眼鏡の奥から覗いている透き通りすぎた気味の悪い瞳。
無邪気。それでいて、触れれば容易く瓦解してしまうような危うさ。
それがとても恐ろしく思えてしまうのだ。
するとウエイトレスは、おもむろに外したエプロンを畳んで小脇に抱えながら俺の向かい側に座り、馴れ馴れしく話しかける。
「いつもそれ食べてるよね。」
「見ててもいい?」
「....あぁ?」
「食べるところ。私、今から休憩だからさ。」
「........」
答える代わりに、俺は無視して食べ始めた。
それをウエイトレスはテーブルに頬杖をついて、ただ真っ直ぐ見つめる。
優しく、突き刺し抉るようなその瞳で。
だんだんと味がわからなくなっていき、たまらず俺は口を開いた。
「....なぁ、俺になんの用があるんだ?」
「別に。ただ、懐かしいなーって。」
「懐かしい...?俺はアンタの旧友でもなんでもない.....と思うが。」
「ふーん?」
本当に、不気味で妙なヤツだ。
きっと何かの勘違いだ、早いところ食べ終わって出てしまおう。
フォークで麺を掬い上げる手を早めるとこのウエイトレスは小さく笑い、頬袋を作った俺をただ見守っている。
「ねえ、君、特事課の人間なんでしょ?」
再び俺の手が止まる。今度は思考が食べ進める行為を拒否したためだ。
通常、一般人にはこの組織の存在はおろか、名前さえ知らされないはず。
なぜこいつはそれを知っているんだ。
「やっぱ図星かな~。」
「....なんでその名前を知ってる。」
「あれ、認めちゃうんだ?」
「いいから答えろッ!!」
店内に、立ち上がった俺の怒号が響き渡る。
幸い見渡しても他の客はいないようだ。
咳払いをして座り直し、仕切り直して再び質問をする。
「...お前何者なんだ?」
「私のお父さんが特事課所属だったから知ってるの。死んじゃったけど。」
「家族への所属公表は任意だからねー。」
「....それで、なぜ俺が特事だとわかった。」
「目を見ればわかるもん。君は、人殺しの目をしてるから。」
全くもって要領を得ない答えだ。
依然としてこちらの目をじっと覗き込んだままのこいつは、一体なんなんだ。
身内が特事なのはいいとして、だったらなぜ俺に近づいてくる?
特事への所属そのものが父親が死ぬ原因になったようなものだろう。
対オカルトの部署?普通の人間ならそんな得体の知れないところで親が死んだとあれば部署の存在そのものを軽蔑し、心から憎み、消えてしまえばいいと願うはずだ。
それなのになぜこの女は、所属者を前にしてここまでケロッとしてやがるんだ。
思考を立て続けに埋めてゆく疑問符を、携帯電話のコール音が切り裂いた。相手は橘だ。
「もしもし。」
『おう、睦月。昼メシは済んだか?』
「...まぁ、ぼちぼち。」
張り付いたような笑顔を見せている女と食べかけのアップルパイの皿を一瞥し答える。
女は思い出したかのように机のホルダーから紙ナプキンを取ると、胸ポケットに引っ掻けていたボールペンで何かを書き始めた。
『飯倉統括部長サマがお待ちかねだぜ。早めに行っといた方が、お前のためだ。』
「....了解。」
電話を切って席に向き直ると、あの女はいつの間にかいなくなっていた。
自身の電話番号と「今日はツケといてあげる」の言葉が書かれたメモを残して。
念のためメモは控えておく。あいつが万が一、敵性存在だった時のことを考慮してのことだ。
半信半疑のまま店を出て、タクシーを拾い本部へと急ぐ。例のごとくなにが行われるかは伝えられていない。
今回はあの実験場ではなく、課の事務所で待ち合わせるそうだ。
挨拶を済ませタクシーを下りる。
相変わらずアクセスの劣悪な道程を経て、俺は事務所へ向かった。
ドアを開くと、見慣れない背広を着た男がソファーに座り知恵の輪をいじっていた。
白髪の混じった短髪と無精髭が、その威厳を消し去ってしまうが、この男がおそらく以前話した「飯倉 頼信」オブジェクト管理統括部長なのだろう。
「すみません、遅れました。不破です。」
「おっ!この間ぶりだねェ。」
「他の評議会員さんはお堅い人が多いんだ。俺は普段はこんな感じだからさ、まぁ一つヨロシク頼むぜ。」
「...どうも。」
なるほど、どうりで。
逆光に姿を隠したガラス越しに聞いた、あの仰々しい口調と冷淡な態度はそういうことだったのか。
話しやすそうな人だ、これならどうにかまともに相手をすることができそうだ。
「ここは居心地が良いねェ~。あ、禁煙なんだっけ。悪い悪い。」
「今日君を呼んだのは、謹慎で預かられてた武器の正式な返却のためだ。」
飯倉は取り出しかけた煙草をしまうと、俺に向かい側に座るよう促した。
俺が座ると、脇に置いてあったアタッシュケースがテーブルに置かれる。
ロックが外されたその中身は、橘から受け取っていたM1911A1 ガバメントだ。
「課長さんのお下がりなんだってね。随分年季が入ってる。」
「まぁこっちは言っちゃ悪いがオマケさ。」
次に取り出されたのは、まだ記憶に新しい、細長い袋。
その内からはあの鍔鳴りが聞こえてくる。
「"心眼"...」
飯倉の話によれば、評議会での意見交換を行った結果、俺が"心眼"を個人的に所有する許可が下りたらしい。
持つ能力は「魔術的物体、及び攻撃の無効化」であり、原則において魔術、それに準ずる物品の使用が禁じられている特事課には脅威にあたらないものと判断されたからだそう。
今後は特別な認可などを介することなく携帯が許され、使用も自由。
これが「良いニュース」であるとするなら、おそらく間違っている。
力を得たからには、それを使わなくちゃいけないことになる。
必ずもう一度は、誰かにこれを振り下ろすことになる。
それが途方もなく、怖いから。
肩紐を背負うと、やはり大人しくなった。
嫌でも実感させられる資格。
「健闘を祈る。まぁ、色々辛いだろうが...自分を強く持てよ。」
「......ありがとうございます。」
俺は一礼し、事務所を出る。
早く家に戻らなくては。
いつもの、午後からのパトロールが待っているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます