#3_暴風注意報
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女が女であるための義務には、いくつか種類がある。そして、それは特に女同士での会話の中で頻繁に生み出される。
先週の木曜日、今までならやっと明日で今週が終わる…という喜びを一人で噛み締めていたであろう平日の夜に聞いた、秋桜さんの「水曜と日曜がスクラブの日」という美意識もまた、私にとっての義務となった。
今日は秋桜さんがスクラブをする日だと思い出した水曜日の今日、一度か二度使って洗面台の奥にしまっていたピンク色したパッケージのソレを取り出して浴室へ向かうと、いつもは20分で済ませられるシャワーの時間が少し女らしくなった気がした。
ついでにドライヤーの前に、お土産でもらったパックでもしようかな。義務はほとんど呪いだな。年と重ねるごとに増えていくバスタイムの時間と工程にゾッとするなぁ、なんて思っていたところでスマホの通知に気付く。
〈お疲れさまです。なんか諦めきれず個別ラインしてごめんなさい。よかったら今度二人で出かけませんか?〉
葉山さんからのメッセージだった。
先週初めて声を掛けられてみんなで飲んだ日の帰り際、葉山さんが言った通り「またみんなで集まろうよ~!」という夏月さんの一言で、グループラインが作られた。
それぞれが帰路につき、翌朝からお礼を言い合ったあと、菊池さんの「次の女子会にも呼んでください!笑」というメッセージで止まったままだった。
二人で出かけませんか?という誘いの返信を頭で考えながら、誰かの結婚式に参加したときに撮ったであろう葉山さんのプロフィール写真を開いてから、私は友達"追加"のボタンを押した。
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「最初、シャンパンにするよね?」
大学の頃から、私たちは"ハルアキカップル"と呼ばれるほどずっと一緒に居た。お互い名前に季節名が入ってるってだけで自然と仲良くなった私たちの関係は大学を卒業し、就職してからもあまり変わることはなく、定期的に連絡を取りこうしてご飯を食べたりお酒を飲むことが多い。
今日は私の32歳の誕生日祝いにと、ハルが私の大好物である回らない寿司に付き合ってくれる日だ。
「ついこの間みんなで会ったからあんまり久しぶり感ないよね。」
誕生日おめでと~!とグラスを合わせる。ハルがお祝いにと選んでくれたシャンパンに口に含み、誕生日にお寿司に来られるって大人になったよね~、と毎年恒例の会話を繰り返していることに目を合わせて笑った。
「4人で集まるの、頻度高くない?」
私の素をよく知らない人が言うには、私は性格が冷めているらしい。8月の終わりにハルから「春夏秋冬で遊びましょう」と連絡があったときは、冗談かと思った。普段、ハルから遊びや集まりに誘われることはあまりなかったから。
恐らくそのときのノリで面白がってたハルは、冬優ちゃんと飲んでいたその場で私に連絡してきたようだった。
私が前の会社の同期だったナツさんと久しぶりに連絡を取ったと話したとき、「集まれたら面白いかもね」と私が何気なく言ったことを覚えていたのもハルらしい。
「みんな意外と暇だよね(笑)」
ハルは私の素をよく知っている。"集まる頻度が高い"という私のセリフが、ただの感想だということを分かっているのだ。
フットワークの軽いナツさんからは、声を掛けるとすぐに「グループライン作って招待して!」と返信があり、その後とんとん拍子で日付が決まり4人で会うことになった。そしてその帰り際、次の予定を確認して別れることが続いていた。
「あの2人がいたからこのあいだは次の予定決めなかったよね(笑)」
ハルが言う"あの2人"とは、1~2週間に一度のハイペースで会っていた3回目の集まりの後半に声を掛けてきた男の子2人組。
「あ、そういえばちゃっかり個別ラインでお誘いいただいたよ。」
「え、待って。私どっちからも連絡なんて来てないんだけど。」
「ハルは彼氏いるって言ったからでしょ(笑)」
いつもアキばっかりモテるじゃん、と思ってもいないセリフを吐いてみせるハルが「そういえば!」と何かを思い出したように、カウンターチェアからわざとらしく身体をこちらへ向けた。
「冬優ちゃんも、お誘いあったんだって。葉山さんから。」
葉山さん、最初から冬優ちゃんロックオンしてたもんね~とニヤニヤするハルを横目に、私はハルの口から出たその名前に、直感の答え合わせをした気分になった。
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グループラインを作って連絡先を交換したあと、私はそのやり取りを傍観していた。連絡をしてきたのは菊池くんからだった。
彼は29歳で、一緒にいた葉山くんは彼の2歳下の会社の後輩。菊池くんは最初に声を掛けてきたときから飲んでいるあいだもずっと気さくで裏表のないザ・営業マンといった印象だった。
ナツさんが二人とも可愛い~と絡んで、一緒に突っ込んだり笑い合ってる間は楽しかったけど、もともと年上の男性にしか興味のない私は、「今度ぜひ2人でデートしてください!!」と言う菊池くんからの連絡を流したまま終わっていた。
「問題は葉山よ。」
「うわぁ、呼び捨て(笑)」
私が話し始める前のハルは、呑気に目の前にあるアテの玉子を小さく切ってからゆっくり口に運び、「めちゃくちゃ美味しい〜!」と笑顔だ。
「葉山くん、女風のセラピストやってるっぽいよ。」
「…ジョフウ?」
ハルが目を丸くしてこちらへ見る。本当に初めて聞いたワードらしい。
「女性用風俗。略して女風。」
「それ略したらジョフウって言うの!?初めて聞いた!!」
ハルは呑気にケタケタと笑う。続けて、「なんで葉山さんがそのセラピストって分かったの?」と聞きながら、ハルはいつの間にか頼んでいたらしい日本酒のおちょこを何色にしようかと悩んでいる。
「…サイト見てたら居た。口元隠してるけど、多分そうじゃない?これ。」
私がこのサイトを見てた理由は後々説明するから!と、ハルの口から次々出る好奇心旺盛な質問を遮ると、「じゃあとりあえずアキはこれね」とステンドグラスのようなおちょこを選んで渡してくれた。
受け取ったおちょこと引き換えに、私は葉山さんであろう人物が載っているそのサイトを開いたままハルにスマホを渡す。
「まぁなんて誘われたのか知らないけど、冬優ちゃんにも言っといてあげなよ。」
ハルは私のスマホを両手で握りしめ、「すごい世界…」と感心しながらそのページをじっくり読む。
「向いてないって、絶対あの子。そしてこういうタイプにハマると危なそう。」
「なんか返信したのかな?また聞いてみる。…どうやって聞こう?」
どうやら、やり取りをしたかどうかまでは聞いていないらしい。私は「連絡取ってないならわざわざ言わなくてもいいかもだけど」と付け加えた。
このとき、すでに手遅れかもしれないと予測して動けるほど、私たちは冬優ちゃんのことを知らなかった。
もう少し早く警報を鳴らすべきだったと後悔する未来が、少しずつ近づいていた――。
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