第2話

「まぁ、そんなに警戒するな」

 カツユキは焦る気持ちを抑えて少年との会話を続けた。

 見たところ、革袋はかなり膨らんでいた。

「お前、さっき冒険者組合に来てたよな?」

「……は、はい」

 少年はたどたどしく答えた。

 なかなかカツユキと目を合わせようとしない。

 かなり怯えている様子だった。

「そう怖がることは無いさ」

 カツユキは出来る限り優しく少年と接した。

「(せっかく嗅ぎつけた金の匂いだ、逃してなるものか!)」

 カツユキだって生活が懸かっているのだ。

 これくらいはする。

 そんな時

 グゥゥゥウウウ……

 少年のお腹が盛大に鳴った。 

「……ちょっと、そこの飯屋にでも行かないか?」

「え?」

「こんなところでする話でもないだろうしな」

 カツユキは少年を近くの大衆料理屋に案内した。


「……良く食うなぁ」

 カツユキは少年が料理を平らげる様を見ながらつぶやいた。

 少年の傍らには皿が小高く積み上げられていた。

 よっぽどお腹が空いていたのだろう。

「……あの……」

「ん?」

 少年がカツユキにおずおずと話しかけた。

「本当にご馳走になっても良いんですか?」

「ああ、気にするな。それくらいの金なら持ってる」

「(それに上手く行けばまとまった金が入りそうだしな)」

 カツユキは気前よく振る舞って見せた。

 これくらいは必要経費のうちだ。

 そう思う事にした。


「ごちそうさまでした」

 少年はカツユキのおごりで満腹になった。

「(この飯屋にしておいて正解だったな)」

 カツユキは少年が積み上げた皿を見ながらそう思った。

 ここはサービスは少し悪いがその分安い店だ。

 庶民の味方とも言えた。

「本当にありがとうございました」

「いや、気にするな」

 カツユキは笑って見せた。

 そして、カツユキは水を一口飲むと切り出した。

 やっと商談が始まるのだ。

「お前、さっき組合で依頼を断られてたな」

「……はい」

 少年の満足そうな顔が一転して暗くなった。

 現実に引き戻されたからだ。

「何か問題でもあったのか?」

「……実は……お金が足りないと言われてしまって」

 少年はカツユキに事の要点を説明した

 少年はここから離れた山奥の村から来たのだ。

 目的は冒険者組合にモンスターの討伐を依頼する事だ。

 少年はここまでの道のりを危険を顧みず一人でやって来たのだ。

 革袋には村人全員で出し合ったなけなしのお金が入っていた。

「だが、組合には『金が足りない』と言われたと」

「……そうなんです」

 少年は終始暗い顔をしていた。

 すがるような思いでやって来た組合に門前払いされたのだ。

 その絶望は深いだろう。

「……いくら持ってるんだ?」

「六両です」

「なるほど。確かにそれじゃ相場の半分だな」

「そう言われました」

「(畜生、組合の奴ら。十二両も取るくせに俺たちには七両しかよこさねぇ)」

 カツユキはそんな事を考えていた。

 同時に何とかして少年の依頼を自分が受けられないかと計算していた。


 少年の話に同情したからではない。

 お金が欲しかったからだ。

 少年が気の毒だと思わなかったわけではない。

 しかし、何より自分の生活が大切だった。

「(よし。何とかこのガキをそそのかして俺がその依頼を受けよう)」

 カツユキは決心した。

「お前、どうするつもりなんだ?」

「……分かりません」

 カツユキは少年を誘導する事にした。

 自分の生活のために。

「このまま手ぶらで帰るわけにもいかないんだろう?」

「……はい」

 カツユキは親身に少年の悩みを聴いているふりをした。

 そうやって少年から少しずつ選択肢を奪っていくのだ。

「かと言って、相場の半額で引き受けてくれる冒険者なんて簡単には見つからない」

「……はい」

 カツユキだって少年を追い詰める事に罪悪感が無いわけではない。

 だが、冒険者は慈善事業ではない。

 食べて行かなくてはいけないのだ。

「……どうだろうか。その依頼、俺が引き受けてやってもいいぞ?」

「え?」

 少年は意外そうな顔をした。

 さっきカツユキは自分で

『相場の半額で引き受けてくれる冒険者なんて簡単には見つからない』

 と言った。

 かと思ったら、その本人が

『俺が引き受けてやってもいい』

 と言いだしたのだ。

 少年には矛盾しているように見えた。

「もちろん、タダと言う訳には行かない」

 カツユキはこのまま少年を丸め込もうと考えていた。

 確かに少年は相場の半額しか持っていない。

 しかし、半額でも無いよりはマシだった。

「どうしてですか?」


 少年の疑問はもっともだった。

「いや、最初は引き受けるつもりなんかなかったんだ」

 嘘である。

 カツユキは最初から引き受ける気満々だった。

「だが、お前の話を聞いているうちに『何とかしてやりたい!』って気持ちになったんだ」

 嘘である。

 カツユキの目には少年が抱いた『六両』しか映っていなかった。

「それに組合のやり方には俺もうんざりしてたしな」

 本当である。

 カツユキは組合のやり方がいつも『自分に合わない』と感じていた。

「……引き受けて……もらえるんですか?」

「ああ」

 少年がカツユキの目を見た。

 その目には希望の光が差していた。

「あっ……でも……」

「どうした?」

 少年の顔がまた暗くなった。

 カツユキはどうして暗くなったか分からなかった。

「あなたは、もう『冒険者』じゃないですよね?」

「(ちぃぃぃいいい!!!余計なところ見やがってぇぇぇえええ!!!)」

 少年の言う通りだった。

 カツユキはさっきまで冒険者だったが、今はただの無職だ。

 痛いところを突かれてしまった。

「確かに俺はさっき『登録抹消』になった」

「……では」

「だが、それまでは銀等級の冒険者だったんだぜ?」

「本当ですか!?」

「ああ、本当だ」

 カツユキは少年を指さした。

「お前は依頼料が払えなくて困ってる」

 カツユキは自分を指さした。

「そして、目の前には銀等級の元冒険者が居る」

 カツユキは少年に手を差し伸べた。

「さあ、どうすんだ?」

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