イチャイチャしないと出れない部屋 ~ループ機能付き~

白黒セット

第1話

気怠さと全身のだるさを感じながら僕の意識は目を覚ます。

頭に枕のような感触があり、手足や胴体からも自分がベッドに寝転んでいることが理解できるようになっていた。


「眠ってるだけだよね……?」


ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。この声は……明日海(アスミ)だ。この子のことは知っている。


「目を覚ますよね……?」


彼女の問いかけに応えるように僕は瞼を開くと、僕を見下ろす明日海ちゃんの姿があり、長い髪が明日海の動きに合わせて揺れる。

その髪の毛が僕の右腕にかかって少しくすぐったかった。

彼女は心配そうな表情を浮かべていて明日海の目も赤く見えたけれど、そのことを聞く前にこの子は僕から距離をとる。


「よかった~~~。もう起きないかと思ったよ。体はどう? 動かせる?」


そう言われて上半身を起こしてみると、周囲がよく見える。

ここはどこかの個室でベッドは1つだけで、カーテンで閉じられているから窓の外は見えない。

僕1人が使うにしては幅があるので、ダブルベッドとかセミダブルベッドと呼ばれるものだろう。ベッド以外だとクローゼットもあるけれど、壁も床も綺麗で生活感はない。

内装もシンプルで誰かの部屋という感じはないけれど、1人暮らし用のアパートにありそうなキッチンが見える。


「大丈夫……みたいだね」


部屋のきょろきょろと見回る僕の様子を見て、明日海は安心した声を上げる。


「ここは私の家だよ。私が君をここまで連れてきたんだ」


思わず驚きの声を上げてしまった。確かに冷静になってみれば、自分の部屋ではないことが分かる。それにしてもどうやって連れて来たのだろう。


「ごめん、今の噓。変なこと言ってごめんなさい。どうしてここにいるか分からないよね?」


明日海の問いに頷く。


「私も……よく分かってなくて……ほら、あっちにドアが見えるでしょ?」


キッチンの先に扉が見えるのでベッドから出て歩き、開けようとドアノブに手をかけるが動かなかった。全力でドアノブを回しても全く動かない。押しても引いてもダメだった。

鍵がかかっているとか壊れているというより、その場に固定されているような……。でも、そんなことがありえる?


「どうなってるか分からないけど、出られなくなってるんだと思う」


そう言うと明日海は冷蔵庫を開けてペットボトルを取り出し口にする。そのペットボトルを持つ彼女の手はわずかに震えていた。閉じ込められた『密室』という環境がそうさせているのだろうか。


「横、見てみて」


ためらいがちな明日海に従うと玄関横の壁にホワイトボードがかけられていて、

『イチャイチャしないと出られない部屋。イチャイチャが足りないとループします』

と書いてあった。

何だこれ。


「イチャイチャしないならずっとこのままなのかな……」


明日海の言葉を聞いて焦りを感じる。つまり僕たちはこの部屋から出るためには、恋人のように振る舞わないといけないということだろうか。けどそもそも、僕たちは付き合っていない。


「ここ、どこなんだろうね」


明日海の言葉以降、僕たちの会話は途切れる。彼女は緊張しているのか目が泳いでいるように見えた。僕だって同じだ。

僕は目覚めた部屋に戻りベッドの上に腰掛け、隣をポンポンと叩いて明日海に促すと彼女はそこにちょこんと座る。

またしばらく沈黙が続いたけれど、何か言わないと……。


◆◆◆


そんな風に考えていると何かに奪われるように僕の意識はなくなり、気づいたらベッドの上にいた。


「あ~、こうなっちゃうよね……ループするって本当みたいなんだ」


明日海が嘆くように呟く。


「えっと……、あの……どうしようか?」


明日海に少し待つよう伝えてポケットからスマホを取り出し、画面を見ると電源はついている。でもネットには繋がらない。念のため通話も試しても駄目だった。カーテンを開けて窓を見ると夕焼けが目に入るけどそれだけで、扉と同じように窓を開けることはできない。

警察にも繋がらないのだから、仕方がないと考えて窓を割ろうとしてみたけどこれも失敗。それでもできることはないかと部屋のあちこちを調べていると、僕の意識はまたなくなった。


◆◆◆


そして意識が戻るとベッドの上にいた。部屋を調べているうちにループしたらしい。僕も困っているけれど、明日海も同じようで僕に助けを求めるような視線を向ける。


「ど、どうしたらいいかな……?」


明日海の質問に対し、僕もどうすればいいか分からず黙ってしまった。


「とりあえず、ちょっと待ってて!」


そう言うと明日海は自分のカバンからメモ帳を取り出す。


「お兄さん、この前会ったときから変わったよね?」


突然のことに困惑する。この子は何の話をしているのだろう。


「だから、その、前はもっと明るくて話しかけやすかったのに、今は話しにくくて……」


しどろもどろで話す明日海の話を聞いて、何を言いたいことがなんとなく分かってくる。

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