第6話富士電機病院院長田中亮先生

不眠症が悪化し勉強どころではなくなっていった豪志はドロップアウトし、父の古い親友である田中亮先生を頼って、横浜鶴見の富士電機病院に入院した。

父は言う。


「田中は視野の広い(碩学的な)医者だ。前橋高校の同級生だが一浪して東大哲学科に入ってきた。インド哲学を専攻していたんだが、ある日突然駒場の寮を訪ねてきて「おい、根岸。テレパシーって信じるか?」というんだ。気でも触れたのかと思ったが、インド哲学の古文書にはハッキリその存在が書いてあるらしい」


「田中は東大を卒業したあと「哲学じゃ飯食えねえから」といって群馬大学の医学部に入りなおした。その後、自治医大病院で外科医として患者をバッサバッサ切っていたんだ。40を過ぎて体力がなくなって内科医に転向していま富士電機病院の院長をやっている」


「自治医大というのは学費がただ同然で入れる医学部だ。その代わり、卒業後、数年間は僻地での勤務が義務付けられているんだ。カネのない家庭から医者になるにはもってこいだ」


父は昭和17年生まれの極貧母子家庭の育ちだ。幼少期に父から聞いた話は、まずはどうやったら食料を確保できるかという話が多かった。戦争反対、平和主義、リベラル思想の原点は父の苦労話にあった気がする。


物心ついたときから働きづめで、中学生に上がるころには牛乳配達のアルバイトで家計を支えていた。学校の成績だけは異常に良かったらしいが。

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