ライカさんのキッチンカーには写真がいっぱい
ぜろ
第1話
腹が減った。
呪いの森で時間を食い過ぎた。仲間たちは散り散りに吹っ飛ばされたが、合流地点を決めていたのでそこは心配していない。問題は俺が食料をほとんど持っていない事だ。ニンジャマスターの仲間から試しに貰っていた兵糧丸というのはクソ不味いが腹を何とか満たしてくれていた、しかしそれももう残り少なく心許ない。せっかく近所に住んでる魔王を打ち取ったと言うのに、その証である剣ももう杖変わりだ。ガサガサ言いながらくん、と鼻が鳴る。
肉だ。肉の匂いに違いない。しかも良い感じに焼けていて、ソースのようなものの酸っぱい匂いが堪らなくなっていた。どこだ、どこだ、さまようように街道に何とか出ると――
牛が居た。
そして。
彼女が居た。
焼けた肉をふんふん言いながら火の通っている塊をそいでいく。
彼女が、屋台のようなものの中で、野草を掛けて胡椒まで掛けて、肉を焼いていた。
こっちに気付いた彼女は、にっこり笑って厚い紙に乗せて肉を差し出してきた。
「いらっしゃいませ、冒険者さん。随分お腹空かせてますね。ちょっと待って下さいねー」
言って彼女――年の頃は二十七・八の彼女は、手際よく道草を食んでいる牛の腹側に周りコップに勢いよく乳を搾る。ぽかん、としていると、はい、と生暖かい搾りたての牛乳を渡された。やっと状況が分からなくなっていた俺は彼女の顔を見る。
「先に牛乳から飲んでくださいね。あんまりお腹空いてると胃が受け付けなくて吐いちゃいますから」
「あ、ああ、ありがとう」
「いえいえ。美味しく食べて頂くのが料理人の至福ですから」
料理人、なのか。ちょっと膜の張っている牛乳は少し甘くてほっとする。人肌と言うか牛肌と言うか。さ、どうぞ、と雑草も挟んである肉を渡される。うっとなってしまう。だって草だぞ草。そんなものが食えるのかと睨んでしまうが、彼女はただ首を傾げて笑っているだけだ。
一杯の牛乳を飲んだだけで腹が張るような膨満感を覚える。いきなり肉にがっつかなくて良かったというべきか。しかし草。草はなあ。
「すまないが、草は分けてくれないだろうか。その、あなたを疑っているわけではないが、毒の可能性も捨てきれない」
「あー、クレソンお食べしたことないですか?」
「くれそん?」
「食べられる野草の一種で、私の国では数百年は前から食べられてるんですよ。ほら、何ともない」
ぱくっと食べて見せてから、彼女はにっこりと笑って見せた。しかしちょっと涙が滲んでいる。刺激的らしい。
胡散臭いながらもちょっと腹が鳴って来た俺は、彼女を信用して肉のサンドを食ってみる。
ぱっと目が開いた気分だった。
肉がじゅわっと汁を滲み出させソースの味が全体を纏める。あのクレソンとやらもここでは刺激の一つでしかなく、胡椒も薫り高くピーキーだ。肉。何よりも肉だ、美味い、何の肉だ? ごっくんと一口二口食べてみるが、覚えのない味だ。牛でも羊でも鳥でもない。と、変わった牛車の後ろの方を見た。
猛獣指定<B>、ライノライガーが、綺麗に腑分けされて血抜きされていた。
「なっ……」
「あ。こっちのお肉も食べます? そろそろ血抜きも終わる頃ですから、牛乳につければ焼けますよ」
「そ、その肉……俺の今食っているのは、何なんだ?」
「セレストニオンですね。飛行系は足の付け根と羽の付け根が美味しいんですよー」
「猛獣指定<A>――! きみ、君一人でやったのか!?」
「アルデも陽動してくれますよ、失礼な冒険者さんだなー。ねーアルデ」
どうやらアルデと言うのが牛の名前らしい。しかしAクラスを相手にしてどこも怪我をしていないどころか台所になっている屋台も傷付いた様子はない。
一つ可能性があるとすれば――
「君、一つ気になるんだが、剣術使いか?」
「違いますよーしがない料理人です」
へらっと笑う彼女はごそごそと足元を漁る。
「ジビエ専門ですけど」
しゃおんと金属質な音を立てて鞘から抜かれたのは、魔王が抱え持っているという噂のあった神剣、ミストルティンだった。
「何者だお前ー!?」
「昔最期を看取った魔王のお爺ちゃんに貰いました。いやー錆びないから研がなくても良くて超便利なんですよ。魔物の方から近づいてくることは滅多にないのですが、剣を鞘にしまっていると襲って来るんです。一種の詐欺ですが、残さず食べて供養と言う事にしています」
「クヨウ? 調理用語か?」
「うーん成仏を願うと言うか……」
「ジョウブツ?」
「まあ、迷わず天国に行けるように? みたいな?」
「天国に猛獣が居たら休まらんわ」
「それもそうですね」
「あっさりと認めないでくれ……」
三個目のサンドを食べていると、おーいと仲間たちがやって来る。そう言えば待ち合わせをしていたのだった。そこに風上から良い匂いがしてきたので、へとへとになりながら彼らはやって来る。よいしょっとジビエ料理というカテゴリの料理らしいサンドをまずは三人分。牛乳も三人分。これだけ豪華だとどれだけ金があっても消えてしまいそうだと思う。だが俺は二杯目の牛乳を飲む手は止めない。
「ファルコ! 探しちゃったじゃない、こんな良い匂いさせて! 裏切り者! お腹空いた! おねーさんあたしにも肉!」
「先に牛乳でお腹あっためてくださいねー、サンドは作っておきましたから、逃げませんよー。さてそろそろ肉の替え時かな……」
「!? ライノライガーの下半身じゃねーか!? ファルコ、お前が捕まえたのか!? じゃあ俺達が食ってる方の肉は!?」
「聞いて驚け見て慄け、セレストニオンだ」
「セレストニオン!? うまっ、セレストニオンうまっ!」
「そっちの方が良ければ今夜また狩りに行きますけど、どうします? ライノライガーは牛乳につけ込んで最後の血抜きしなきゃいけないし。陽動してくれたら私がぶった切るんで。それともモツ煮とか作って、お酒とか飲んで、ゆっくりしていきます?」
「え、おねーさんが狩って来たの!? こんな新鮮なのを二匹も!? すげーけど何者!? あたしたち束になっても勝てなくね!? つーかすでに胃袋人質だよ!」
「魔王倒した後ともなると休息は必要だな……ライノライガーの肉……ゲフンゲフンっ。らららららー♪ セレストニオンのモツ……んんっんん!」
「変に格好つけないで素直に食べたいって言えば? ファルコ」
「牛乳のお酒もありますよ。ほろ酔いで済ませたければそっちで。牛は一日に一定量お乳出さないと乳腺炎になっちゃうから、こちらを助けると思って」
「それは一大事だな! 我々の今日の野営地点はこことする!」
「あ、じゃあまだ明るいうちに。みなさーんこっち見てくださーい」
パシャッ
「光っ!? 何の魔法だ!?」
「んー? お代頂いただけですよー?」
「お代?」
彼女のあっけらかんとした態度に悪い物はなかったのだが、何やら小さな板状のからくりにもう一つのからくりを付けているようだった。やがてちかちかと光ったそれは、べーっと舌のように一枚の紙を吐き出す。
はい、と見せられたのは彼女の料理をむがむがと頬張る俺達の顔だった。
彼女は嬉しそうに笑って、その紙を胸にしまう。
「何今の。鏡像を固定したみたいに見えたけど」
「はい、これで今日はお代ただで飲み食いして頂けますよ」
「え、えー!? いいの!? ホントに!? そんなので!?」
「私には大切なお客様との触れ合いの一つですから。さてと、私も飲もっかな、牛乳。モツ煮は火を掛けてれば適当に味付けするだけだし」
と、彼女は桶を取り出し、手慣れた仕種で牛乳を搾り取って行く。いっぱいになった頃にはさすがの彼女もふうっと息を切らしていた。
「牛乳はこっちから取って下さーい、なくなったらまた絞るので、温かいのが良ければ仰ってください、台所で温めますからー!」
「わーい、牛乳人肌で温かいー、染みるー!」
「あんた……あんたは……」
どこまでもマイペースに持っていく彼女に、俺は訊ねた。
「あんたは一体、何者なんだ?」
「ただの牛飼いですよ?」
「そうじゃなく」
「こっちの世界では、ライカと呼んでもらってます」
「こっち、って」
「私ってば異世界から来たんですよー」
てへっ★
★、じゃねぇ。
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