賞金首(2)
一方、サラトバ姉弟の姉も大方似たような戦局だった。
無論彼女も感覚潰しの霊術使いでは、ない。弟の光と同じように放たれる別種の力。それは眼に見えない音。いや、人の耳にも聞こえぬ音であった。
不快感を煽る光を弟が作ったように、姉は不快感を齎す音を編みだした。
あまりに低すぎる音や高すぎる音は人間の耳には聞き取れないが存在すること自体は既にこの世界にも知られている。だが、彼女はそれらを組み合わせ調整することにより、全身から不調を引き出す音を開発したのだ。
眼に見えぬ音の毒は嘔吐感や平衡感覚の狂いを周囲の敵全てにまき散らした。
「それでは仕上げを」
と、喋ると同時に姉の片手から青白く光る波紋が広がっていく。
収束した霊術の波長は本来物理的には目に見えぬ筈の半透明の波紋を空間に見せ、対象にぶつかりずたずたにする。それ自体は瞬間的な破壊であるためやりやすく、攻撃用としてはオーソドックスな、初心者向けの教本にも載っている可視化された
しかし通常とは明らかに密度の違うそれが掌より放たれ、ぶつかる。あらゆる音の波長を吟味した副産物として、その精密性と威力は本来のそれより遥かに膨大な物となり……部隊それぞれの全身を鎧ごと、衝撃波によってあっさりと消し飛ばした。
それは両手から音叉のように振るわせて放つ、増幅された
いや、乱雑に破壊力をまき散らすのではなく対象物を抉るように消し飛ばした分……紛れもなく上だったろう。
(人員が少ないな……恐らくは、アイツの方に多くの戦力を裂いたか……実力としては不満はないがどうにもアイツは慢心が大きいからな。念のため加勢に――)
そう、サラトバの姉が思案しながら向かっていく矢先。女が目の前にやってきた。
姉はカーレンという名を、知らない。だが、このような人のあまりいない場所で平然と向かってくる女は、ただの女ではありえない。
それは弟が居る小屋の方向。廃村の向こうから来ていた。
「お前は誰だ」
「あなたの敵」
「私の弟はどうした?」
「殺しました。強かったですよ」
それを聞くと同時に、姉は全身を失調する音の霊術を放つ。憎いのもそうだが弟を殺した実力者ならばいきなり出せる手札を全力で使わなければ勝てぬと踏んだからだ。
が。
素早く反応したカーレンが、中空に向かって蹴りのような動作をした。そのモーションと共に何かが相殺される。
「な……!?」
咄嗟に姉が直感するのはこちらの攻撃と同じ種のモノであるということ――即ち、音かそれに似た衝撃……それも咄嗟に逆位相のそれを放てるほどの精密性を持っている。
その推察は限り無く真実に符合していた。
正しく物質改造されたカーレンは足裏から特殊な衝撃波を放つ能力を持っている。
それこそタップダンス。
かつ、かつ、かつ。
静かにカーレンが踵を踏み鳴らすと同時に、女は反射的にその場を飛びのいた。
特に確固たる理由のある離脱ではなく、本能による危機回避だったが――それは正解と言える行動だった。
先ほどまで居た足元からは何かが飛び出していたのだから。
(ト、棘……?)
そこには石筍にも似た不自然な地面の尖りが複数あった。そのまま同じ位置に立っていたら姉は串刺しだったろう。
一目瞭然だが……これは器物や土を具現化する霊術では決してない。そこには確固たる実在感と強度があるだけでなく、明らかに霊術じみた超常の力でありながらも、ひどく物理的な事象に見えた。そういう霊術も一種、あるにはあるが……恐らくこれは違う。
術ではなく、からくりとしか言いようのない不思議な感覚。
かと言って戦士の技法とも到底言い難く……ひどくやり辛い。
これぞこの物質改造者の機能であり能力。近距離でしか使えぬ技だが、足裏の衝撃を異常に収束させることにより、周囲の地面にある物体の形をある程度任意に組み替えるという、タップダンスの応用技法。
カーレン当人は奥の手たるこの技をロデスコと呼んでいる。
(力の入れようを見るに――基点は恐らく足だ。見たところあれは足を介して地面にしか使用できない。なら足元に注意をしつつ距離を詰めて……いや)
あの得体の知れない足で蹴られたが最後、どうなるかわからない。下手をしたらこちらの身体もぐちゃぐちゃに乱され死ぬやもしれない……むしろ能力の射程を計測しつつ退いた方が良いと姉が判断したその時。再度足踏みが鳴り響く。
「ぬぅ――」
どこから来る、と咄嗟に姉が己が周囲の地面に視線を回した一瞬。
カーレンの拳が女の腹を貫いていた。
(バカ、な……この中距離で、何故。こんな、攻撃が)
何か別の力かと思考できたのも精々が数瞬――致命傷を受けた姉の意識は、すぐに朦朧としていった。
衝撃で空気が鈍い音となって肺から漏れる。呻くような声には血泡が混じり、明確な発音ともならない。腕が引き抜かれるのと同時に、行きわたった衝撃と共に全身から気が抜け……姉はずるりと倒れた。
決着がついたのだ。
さて、如何にしてこの姉に対しカーレンは一撃必殺を成し遂げたか。
彼女が有す能力・タップダンス。それが最も隙なく発動する部分はどこだろうか。そして最も負担なく発動する範囲とは一体どこか。
それは使い手自身の直下地面……そう、カーレンが立っている部分その物である。
カーレンは自分の踏みしめた地面がカタパルトの如く目的地に向かって自分を押すように能力を使い、そして強化改造された肉体スペックをも乗せて敵の腹を突いたのだ。
巨大な弾丸と化したその拳は――殴るというより刺し貫く形で相手を絶命に追いやった。
「……ふぅっ、危なかった」
血塗れた拳を閉じたり開いたりしながらカーレンは一人呟く。筋肉や骨にかなりの負担を感じ取っていた。
事実、かなり無茶な能力の使い方ではあった。
タップダンスの本義はバレず静かに遠くから敵を殺すことにある。それも対強者を想定していない。
要は暗殺が本来のスタイルであって、直接戦闘はあくまで応用技であり……先の加速攻撃も、外れたら大きな隙を見せる事必死な一発限りの攻撃だった。
圧勝に見える結果だが、追いつめられていたのは確かなのだ。
(こういう戦いはもっと接近戦に長けた物質改造者にやってもらいたいのですけど……)
一々そんな選り好みができる立場でないのも、事実である。多少の能力があってもこっちは実働部隊の構成員……下っ端だ。
しかしそれ以外の生き方をしろと言われても逆に困る実情なのが、また情けないと言えば情けなくもある。この立場に慣れている以上、今さら出世する気にもならないし、そもそも上の連中がそういうシステムで成り上がっているのかすらよく知らない。
選抜されるのかもしれないし、最初からそういう存在としてずっと居るとも言われているが――結局行き着く結論は「下っ端の自分にはピンと来ないしよくわからない」でしかないのだ。
いい加減だと思われるかもしれないが……まあ、そんなものだ。
恐らく自分以外の物質改造者も似たような感覚だろうとカーレンは直感していた。
たまに任務において同行する同僚や、直属の上官として就く存在も性格や行動の違いこそあれそういった雰囲気だけはあまり変わらない。
自分が切り捨てられる駒だと言うのを自覚しているのに心のどこかで「まあそんなもんだ」と思って割り切ってしまえているあの空気。力で押し付けられているから、だとか教育だの洗脳の結果というより――その死地にある境遇が心身共に安定している在り方。
皆が皆、生まれついての駒なのだ。
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