にじむ境界(3)
事が済んで、塔を降りた2人は近場にある丸木を割ったようなベンチに座っていた。
懐から小銭を出したカーレンは多少離れた屋台から串焼きを買ってこちらによこす。
見るとよくわからない野菜の串焼きだった。黙って咀嚼すると、焼いたピーマンやらパプリカをほんのり更に甘くしたかのような味がした。美味い。
横を見ると、彼女も好物のようでやはり美味そうに食べている。
そうして食べ終わった直後、紙束を渡された。
新聞だ。
広げてみる……と。
『レレノン王国最長寿記録保持者・パドンさんのライフワーク』
『霊術学博士チェインズ・マオン失踪から10年捜索打ち切りか』
『恋愛文学国家金賞受賞者インタビュー全文』
『秘密結社・双頭の虹の動向分析』
等々の見出しから……見慣れない文字だが全て読める。
脳の回路を外部から操作でもされたかのように、すらすらと。
いや実際にそう言った類の干渉はされているのだろう。知らぬ間に……か、あるいは元々そういう物として造られていたのか。
「見慣れた固有名詞もチラホラあるけど」
「そこはまあ、いつからかは知りませんが……私たちの組織である越境連盟も干渉しているわけですからね。多少なりとも影響はみられるようで……」
「……結構曖昧な点が多い」
多少訝しむように正次がジッと見つめると。
「末端構成員ですからねぇ私も」
私も、と言う事は暗にお前もそうだと言っているのか。
「まあなんにせよ我々全員……」
カーレンが咥えていた串焼きの串をプッと吹き出すと、串は石畳に深々と突き刺さった。
「只人とは呼べない境遇です」
ふっと皮肉げに笑い、その場を去ろうとするカーレンとそれに追従する正次。だが、その時。
「おいアンタら」
離れていた屋台の主人らしき男がこちらに険しい顔の大股で歩いてきて――
「ゴミ箱あるから。ちゃんとそっちに捨てな」
との注意に、しまったと言わんばかりにカーレンは石畳から串を引き抜いた。
❖
次の指令があるため、レレノン国の外れへ向かい始めた正次は、慣れるため街並みを歩きながら、カーレンからこの世界における注意事項などをざっと説明されていた。
「私たちの肉体は、物質改造によって人を超えた肉体と機能を持っています。ですが、この世界の人たちもまた条理を超えた力を持つ。互いに普通の生物としてはおかしな力の反則合戦ですね」
「それは……超能力、とか。魔法のような……?」
「ええ。それは「霊術」と呼ばれています」
霊術師――万物から霊的な側面を見出しそれを制御し、物理的な現象を引き起こす術者。要するところ一種の魔法使い。
霊術で出した物質やら現象は持続性や恒常性というものにどこか欠けている。どれも不自然に半透明だし、効果を発揮するとその内消えてしまう。
よく公的機関の教本や危険講習などで霊術と普通の事象の簡単な比較として、最初に出される具体的な例に「炎」があるのだが……
霊術の炎ならば対象物を焼いてもその痕跡は残るが、普通の炎のように使い終われば燃え広がるようなことにはならない。そのままアッサリ消えてしまう。代わりに燃えること自体には空気などの制約はあまりないが……
それを長引かせたり広がらせるには更なる性質の術が必要であるし、術の保存やら何やらをしたければそれ用に調整された術符と呼ばれる道具を使うしかない。
いくつかの例外やら術の性質による程度の違い、また工夫する組み合わせは存在するが、原則的には霊術とは個人の力量に依存する
あくまで基本であり大まかな原則としては――という但し書きは付くが。
「霊術は基本的に仮想事象。作用する力が術者の使い道によってコントロールされる形で限定化されています。締め切った屋内で霊術の炎を燃やしても酸欠にはならない。そんなところです。とは言え「酸欠になる」ようわざとコントロールされた炎の霊術もあるにはありますが……」
「なるほど。術者のこれこそが当然と思うイメージや使用法によってある程度効果が左右される、か」
自然科学との一番の違いはそれだろう。霊術にもまた無論限界はあり、その世界の物理法則に程度の差こそあれ従属する。だが、そこには主観が強く絡むのだ。
それはつまり、強者と戦うたびにいちいちその者の考える霊術の微細な定義を探っていかねばならないということになる。
「厄介だなあ……」
「まあ安定して一番良い対処法は、相手から気付かれる前に襲うことですね」
霊術師の弱点、それは認識外からの暴力に尽きる。
術者の意識に依存する以上は遠距離からの射殺、不意打ちの格闘、事故……それらに対して霊術はきわめて弱い。だからこそ真に強い霊術師は何より五感を鍛え、己の霊術をあくまで手札のひとつとしか捉えなくなる。あるいは事前に準備し、補助や防護の武装を整える。
「私たちの能力や機能は、さらに限定し特化されたものが多い。私のタップダンスのようにね。反面、大体が荒事には向いています。得手不得手に力量があるため……どちらが上、とは一概には言えませんが」
「歯切れが悪いな」
「何事も例外だの反則だのはありますから。私などが把握もできない実力者などどちらの世界にも……」
そうして会話を続けながら路地を歩いていた、その時。
「くっくっく……おい、手前ら」
ガラの悪そうな男が三名ほど固まっていた。綺麗に三角形に立ち並び、正面の巨漢は帽子を被っている。
帽子を取ると、巨漢は脅すようにこちらを指さす。
すると後方に居た一人が――なぜか、金管楽器を吹き始めた。
「さぁ! カネを置いていきなァ!」
腰を振りながらやけに通る声が路地に響いた。俺の名はラバロ、との名乗りを手を広げて言う。
残りの一人は合いの手を入れている。妙に上手い楽器演奏が周囲に響く。人々は多少目や足を止めたりしているが、特に驚くでもない。
一分くらい経っただろうか。とりあえずのオンステージは終わった。
ちゃりん、ちゃりんと周辺の通りすがりの人々の一部から地面に置いてあった何かの入れ物――おそらくは金管楽器のケースと思わしきそれに小銭が入った。
よおラバロやってんなと言った声にも、巨漢は笑いながら腕を軽く振っていた。
「――大道芸人?」
正次は戸惑いながら首を捻る。
「いや、ユスリだ。俺たちがやっているのはユスリだぞ」
ラバロと名乗った禿頭の巨漢は帽子をかけなおしながら念入りに否定した。合いの手を入れていた男が苦笑しながら補足する。
「アンちゃん、この国は初めてかい? 芸人って事にするとちょっと届け出とか組合とかが厄介なんだ。だから俺たちみたいな輩はあくまでユスリでタカリでゴロツキなんだ」
「酒場とかはもっと上手い演奏家の持ち回りで大体取られちゃってるしなァ。できる表現や曲も制限されるし」
金管楽器を吹いていた男も楽器をケースに入れると、そうぼやく。どうにも治安が悪いと言ったことは別種の辛さがある事情だった。
「でもカーレンとかは踊りでいけるはずだと思うぜ? 華もあるしよ」
「……知り合い?」
「ええ、まあ。ここらへんのこの手の人たちとは大体顔見知りと言うか」
見ると、他の人も見慣れぬ俺を目に入れてか奇妙な恰好をした人々がよってきていた。ここいらの人間は商魂たくましいようだ。
「待て、待て待て待て! おいそこな坊主! 命が惜しければ、あ、この俺の不思議な不思議な術を見るがいい! 最後まで見ればきっと恐怖のあまり金銭を――」
「すいませんバルバラさん、今日は急いでるんで」
「ぬ? 急用か。ならば仕方あるまい……」
「この国はこんな人ばっかなのか……?」
「まあ、レレノン国くらいですけどねえこうなってるのは」
おかしな格好の連中を後にしながらカーレンは肩をすくめつつ言う。
「レレノンは文化的な方面に力を入れた国なんです。だから国民がそういった表現を学びやすい。自然、そういった集団も多くなります」
「いわゆるアウトローな人たちもそっち寄りになったりすることが多いと。不思議な現象だな……」
「そういった方面に力を入れてる国が必ずしもそうなると言うわけでもありませんし、偶然そういう風潮や習慣の国になったのも大きいでしょうね」
「独自の風習なんてそんなもんか――」
「さあて、それじゃあ国のはずれまで走りますよ」
「ちょっと待て、乗り物とかは支給されていないのか?」
ぐっぐっと柔軟をして準備をするカーレンに、正次は思わず困惑する。
「今回は慣らしも兼ねてなのと、乗り物を使うと足がつく可能性がありますから走ります。フルマラソンをするつもりで行けば大丈夫ですよ。その程度ならさして疲れませんしね、私たちは」
「そっちの方が悪目立ちしそうだが――」
「こちらの世界の強者もごく普通にそれくらいはできますよ」
「えぇ……」
それでは本当に改造された異常な存在としてのアドバンテージがあるのだろうか。正次は心の中でそう戸惑った。
「さあ、ここからは正次、いやバイアルさんも色々とやってもらいますからね。敗北は大体が「死」です」
「先行き不安だなぁ」
軽口のようだが、真実そうとしか言いようの無い心境であった。
❖
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