魔法使いと押しかけ弟子

ミドリ

第1話 月の欠片を拾った夜

 月の欠片を拾った夜、クルトは自分が魔力の持ち主だと知った。



 同室に弟たちが寝る中、突然身体の内側から熱いものが込み上げてきて、寝られない。


 窓から差し込む月明かりを頼りに、静かに部屋を出た。


 両親の寝室からは、大酒飲みの父のいびきが響いてくる。母はよくあれで寝られるものだと、クルトは呆れた。


 クルトたち兄弟が稼いだ日銭は、ほぼ父の酒に変わる。殴られたくない母は、何も言わない。


 代わりに犠牲になるのが、ひとつ下の弟。気が強くて正義感溢れる弟は、父に真っ向から反発する。


 うまく躱せと言っても聞かない。あの大きな男に力では勝てないのに、対峙してはアザだらけになる。


 俺たちに足りないのは力だ。だから早く大人になって力を付けて、弟たちを守ろう。


 そう諭したのは、今日の話。


 荒屋あばらやの様な家から出ると、同程度の家屋が並ぶ通りを抜ける。


 月明かりに導かれる様にして着いた先は、集落の外に広がる草原だ。噂では、この先に国随一の魔力を誇る青の魔法使いの屋敷があるんだとか。


 依頼には大金が必要らしく、自分には一生縁がないものだ。


 満月が照らす草原を見渡す。ごく稀に、満月の夜に『月の欠片』と呼ばれる黄白色に光る魔石が見つかることがあった。


 何でも魔力の出力調整が出来るそうで、魔道具の資材になる。売ると一週間は過ごせるので、満月の夜に探す者もいた。大抵は徒労となるだけだったが。


 誰もいないところを見ると、あらかた探した後なのだろう。胡座をかいて草の上に座ると、眩く輝く月を見上げた。


 ズクン、と再び下腹部が疼く。友人たちが早々に女と遊び始める中、十五歳のクルトはまだ精通を迎えていなかった。弟たちの前で触れるのもはばかられ、気にはなったがどうも出来なかったのだ。


 方法は友人たちから聞いている。辺りには誰もいない。聞いた知識を試すことにした。


 初めは訝しんでいたが、段々と来るぞという感覚になり、初めて欲を吐き出す。ねっとりとした液体が手のひらにかかり、横の葉っぱで拭った。


 その直後。


 身体の中から、何かが溢れ出た。


「な、なんだ!?」


 周囲の草むらが、強風でも吹いたかの様にバサバサと外へなびく。恐怖で身が竦む。


 一向に止まない風に息苦しくなり泣きそうになったその時、草むらの中に光る物を見つける。縋る思いで光を掴むと、それは黄白色に光る小石だった。


 途端、ピタリと風が収まる。


 クルトが手に入れた物は、月の欠片。そして魔力だった。



 すぐ下の弟だけ起こし、魔力を見せると弟は驚いた。


 これの使い方を覚えてくる。だからそれまで弟たちを頼むと頭を下げると、弟は力強く頷いてくれた。


 ひとり静かに家を出る。向かう先は、青の魔法使いの屋敷だ。


 依頼出来る金はない。だけど、弟子ならもしかしたら。


 月の欠片がないと制御が利かないこの魔力を、何とか使えるものにしたい。家族を苦しめるあの男を力で捻じ伏せられたら。


 その思いで、月下の草原をひた走った。


 やがて月が沈み、空が白ばみ始める。目の前には、濃霧に浮かぶ城。気味が悪い屋敷と聞いていたが、これのことか。


 城を囲む空に突き立つ格子に入れる場所がないか探す。格子に沿って歩いて行くと、門らしい箇所があった。駆け寄ると、門の向こうに人影が見える。


 クルトと大して年齢が変わらなさそうな女の子だった。


 柔らかそうな栗色の髪。意思の強そうな明るい茶色の瞳。クルトを捉えると、あどけなさが残る顔を可愛らしく綻ばせた。


「どちら様でしょう?」

「あ、あの! 青の魔法使いの弟子になりたくて!」

「弟子? 貴方も魔法が使えるんですか?」


 よく見ると、女の子はエプロンをしている。召使いかと納得し、復讐目的は伏せて説明をする。リーナと名乗った彼女は、目を輝かせてクルトの話を聞いてくれた。


「だから、是非会わせて下さい!」

「レナード様、どうされますか?」

「へ?」


 宙に向かってリーナが問うた瞬間、青い光が覆う。次の瞬間、二人は淡い色の炎が浮かぶ暗い部屋に立っていた。


 目の前には、青い髪の恐ろしく美しい男。クルトに一瞥をくれるとリーナの前に立ち、「門には近づくなと言っただろう」と唸る。口調は冷たいが、目元に険はない。怒ってはいなそうだ。


 優しい人なら直談判すればいけるかもと思ったクルトは、青の魔法使い、レナードに頭を下げた。


「お願いします! 貴方みたいな立派な魔法使いになりたいんです!」

「弟子は取っていない」


 にべもないひと言に、リーナが笑う。


「レナード様、彼にお客様の応対をしてもらうのはどうですか」

「……」


 反応があった。クルトは、必死で頼み込む。


「俺、リーナの手伝いもしますから!」

「……リーナ? 何故お前が名を呼ぶ」

「先程私が名乗ったんですよ」


 苦笑するリーナ。レナードは苦虫を噛み潰した様な表情で答える。


「……私は厳しいぞ」


 くるりと背中を向けると、黒いマントがふわりと舞った。


「あ……ありがとうございます!」


 クルトは頭を下げると、笑顔で頷くリーナに笑顔を返した。

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