変態さんは路地裏喫茶にお越し

i'm who?

◆序章【路地裏喫茶】

誰かの物語(前)【序開朗読】

 ◆◆◆




 ――雨に濡れぬように、暗い路地裏のどこかで見付けたほこらで雨宿りをすることにした。


 路地裏の中でもその一角だけはひらけており、そこに石碑と共にぽつんと立っていた木製の祠。最近になって建て直しでもされような小綺麗な祠には立派な屋根があり、自分のような大人でも身体を縮めてかがみ込めば多少の雨風ならしのげそうである。


 よかった、助かった。


 空を見上げて、腹の底から溜め息。

 ハンカチで衣服を拭き、脱力してうつむく。


 祠の隅っこでもお邪魔した以上は、その場所代を払うべきかと思い。財布を取り出して……取り出そうとしたのだが、そうだった。財布が無かった。

 ポケットに入ったままだった小銭を発見する。たしか昼間に道中で買ってみた『変わり種の駅弁』のお釣りとして受け取っていた小銭だ。なのでそれを祠に備え付けの賽銭さいせん箱に入れておこう。


 再度の溜め息と共に、小銭を投げる。

小銭と一緒に現実にも匙を投げたい気分。


 今、自分の胸にわだかまっている感情は、


「…………」


 晴らすおりの無い鬱憤うっぷんだ。


 どうにもここのところ体調がすぐれず、重たい身体。嫌な不運の連続。そんな腹立はらだまぎれで、意図せずに強く投げ入れてしまった小銭達が鳴る。

 ……あぁ賽銭にした小銭がどれだけあったか確認はしなかったが。響いた音からしてそれなりの金額を入れてしまったかも知れない。そんな間抜けな自分に嫌気が差す。きっとその金額があれば自販機で暖かい飲み物くらいは買えたものを。


「…………」


 場所代としては、金額、多かったろう?

 祠の神様仏様よ、多めに賽銭を入れたんだ。べつに信心深くはない自分だが、ご利益でも何でもくれるなら与えてくれ。くれないならそれでいいが。


 どちらにしろ『神頼み』はしておく。

 賽銭は入れたのだし、神頼みはタダなのだ。自分本位に願ったって誰にも迷惑はかけない。ならしておかないのはもったいないと思ったから。


 これから良い事でもありますように。

それか、悪い事が起きませんようにと。


「…………」


 でも分かっているさ、


「どうせ神は居ない」吐き捨てるよう呟く。

雨宿りをさせてもらっておいて、小銭の賽銭程度で自分はなんて図々しい奴だろうか……。


 あぁ馬鹿らしい。馬鹿らしい。

 神様や仏様の実在性の云々ではなくて、自分自身の考え方や性格が馬鹿らしくて堪らなかった。


 一息つき、ここまでの自分を振り返る。

自分を客観視してみて反省会。それが一番、自分にとっては平常心を保てる手段だからだ。


 自分は昔から『間が悪くて間抜け』だった。

 とくに『間が悪い時』に限って、盛大な『間抜けをやらかす』のだからよりタチが悪い。

 今回も件の『間が悪い間抜け』で色々あり、この

ド田舎な町に飛ばされる運びとなったからだ。これは完全に左遷というやつだろう。


 けれどその扱いが不当だと声を上げ、一人で戦うという行為に何の意味も見出だせはしない。

 出る杭は打たれ、正直者が損をする。建設的まえむきに物事に向かおうとも、平凡でも善人であろうと心がけようとも、巡り合わせが悪ければ、どこにでも転がっている悪意に目をつけられ不当な搾取や仕打ちを受ける歪な社会に嫌気が差した。


 ……いや格好いい表現をしようとしたが、

自分はただの負け犬で、脱落者なんだろうな。


 何もしなければ良かった。行動したのは間違いではないが、正解でもなかったのだから。


 ありがちな失敗談。間抜けな偽善者の末路。

自分は現在、そんな状況に陥っている。


 糞上司だ。パワハラ、セクハラ、モラハラ。借りた金を返さない。仕事を押し付けてくる。会話が成り立たない。自己中心的な他責思考。人に当たり散らす癇癪持ち。ついでに体臭が凄い。などなど。時代錯誤で害しかない素行の悪い上司に部署の皆で協力して反抗しようとしたところ『代表者になってくれ』と懇請こんせいされ。仕方なく糞上司へと先陣を切った自分の後ろには誰も付いて来なかっただけ。

 振り返ってみれば孤立。皆が揃っての手の平返しである。人間不信になるぞ。間抜けな自分はずいぶん遅れてから、皆はただ『生け贄』を立てたかったのだと察する事ができた。糞上司から全員分の攻撃を受けてくれる『盾役』が欲しかったのだと。


 それからというもの、地獄の日々……。

 流石に暴力は無かったが、倫理観に欠ける嫌がらせの数々。曰く『お前に人権は無い』のだと。

 ドラマ等の冒頭にありそうな逆境。絵に描いたような展開だが、これが現実なのだから困る。


 まぁ良いさ。そいで自分は自分で精神を殺して二カ月ほど嫌がらせを耐え切った末に部署全体の『悪役』になり追放された。何でも『社内規律に著しく反した態度』という理由での理不尽な処分であり。とうぜん糞上司の差し金だ。問題ある上司がそこまでの権限を得てしまった会社は、きっともうおしまいだろうに。まぁ良いさ、本当に。それは自分には願ってもない処遇でもあったから。


 肩の荷が降りた気分だ。もう仕事仲間だった皆を守ってやる必要はない。というか庇えない。求められても助けてなんてやるものか。自分は疲れた。もう知らんぞ。あとは皆で好きにやってくれ。どっちみちあの部署は長くは持たないだろうが。

 そいでもって、地方に異動させられて給料もかなりの額下がるという『嫌がらせ』を最後に、アラサーな独身男性である自分はこれから出世街道こそ逸れてしまったが気楽なド田舎暮らしだ。


「…………」


 肩の荷が無くなっても、鬱憤はつのる。

結局、境遇に納得できない自分が居た。


「…………」


 ただ虚しい心の声で、ここだけの話。

 ただ言い訳を重ねる、それだけの男。

これは自分の、負け惜しみのようなもの。


 転職はしない。そんな気概は既にない。

 頼れる肉親はもう居ない。貯金も無い。

自分は人生を、悪い意味で諦観しているから。


 ――そうして、


 無駄に家賃が高かった部屋を引き払い。

社会人となってからはめっきり付き合いが少なくなってしまった友人達との別れを済ませ、朝一で行き付けのラーメンを食べ納めてから、数日分の生活用品を購入しておき、親の墓参りをし、やり残しはないか確認後、しみじみと慣れた都会を出立。いくつもの交通機関を利用して、数時間もかけて左遷先のこの土地【黒百愛くろひゃくあい】にやって来た。


 こちらでの仕事は週明けから始まるが。

急な転居だった為に、転居先の入居日は数日後となっている。それまで荷物は引っ越し業者に預かってもらい、自分はネットで調べて電話で予約しておいた民泊にて世話になる予定だった。

 だった。だったのだ。そこまでは問題が無かったものの……どうやら、民泊を切り盛りしていた老夫婦の爺さんの方が今日の朝頃に肺炎で倒れたそうで、夕方に訪れた際に婆さんから『説明と謝罪と菓子』をもらい『だから泊められない』と追い返された。


 間が悪い。ま……そうなっては仕方がないかと。

 どこかしら『夜を越せる施設』くらいあるだろうと切り替えたところで、自分の間抜け発覚だ。身分証や財布やスマホ等の貴重品諸々を入れた旅行カバンが無いことに気が付いてしまう。

 やってしまった。最近は物騒だと聞き、電車の中でスリなどに遭う可能性を考えて、移動中は全てカバンに仕舞うように注意していたのが仇となった。


 記憶をたどると、最後にカバンを持っていたのは駅から民泊に向かうバスの中であり。

 慌ててそのバス会社を電話帳から調べ、公衆電話から問い合わせてみると『確かに荷物はバスの営業所で預かってるから明日来い』と、ずいぶんと遠い住所を教えられて。安堵と共に、やや困惑した。


 途方に暮れつつも。とりあえずは『夜になると天気が下り坂、所により雷雨』と知っていたので、徒歩で駅の方まで戻ろうとして、また自分の間抜けである。簡単に言えば、迷った。雨が振り出すまで。

 入り組んだ迷路のような暗い路地で迷い、誰かに道を聞こうとするも誰にも会わない。行けども行けども同じような景色。困った。困り、疲れはてた。それからもう四時間ほど。遂に危惧していた雨まで降ってきてしまったというのがここまでの経緯だ。


「…………」


 何も面白くない経緯を脳内で語り終わる。

そうこうしてる間に雨風がより強くなっていて。空には稲光が迸り、バケツをひっくり返したような雨が強風に吹かれ自分の服を濡らし始めた。


 更に身体を縮ませ。この際、もう全身濡れてしまうだろうと諦め、正面の雨模様を眺める。


 やや遠くにある自販機の光。街灯の光。

空の稲光。それらが僅かな光源。他は夜闇。


 昔は、暗闇が怖かった。暗闇には『化物』が潜んでいるかも知れないと恐れていた。


 今は、人間が怖かった。社会には『怪物』が紛れているのだと知ってしまったから。


 遠い目をして景色を眺めていた。

廃墟ばかりの暗い町を。と、その時だった。


「……?」


 ――その時、雨の中に何かの輪郭が見えた。

そこだけ空中に何かあるような輪郭が見えた。


 そう。見えた。気が、した……?

いや目の錯覚だろう。よくある事だ――。


「…………?」


 目を擦ると、輪郭は少し大きくなっていた。


 また目を擦ると、輪郭は更に大きくなった。


 いや!? なんだ、アレは……?!


「…………!?」


 再び目を擦れば、輪郭はやはり大きくなる。

近付いて来ているのだ。人間サイズの何かが。


 少しずつではあるが、確実に寄って来る。


 見ている間はそこより動かないようだが。


 中腰で警戒し目を逸らさないように注視。

 ぐりん、と。そこに頭が見えるわけではないが、輪郭の頭部? と目が合ってしまった気がした。


 急に駆けてくるよう接近する輪郭、水飛沫。

 見ていても、自分こちらに構いなく動いている!?


 総毛立つ。汗が吹き出て、心臓が跳ねる。

激しい雨音に紛れ、輪郭から呻き声らしきものが聞こえてきて。酷い吐き気と頭痛に襲われる。


 あれはヤバい。ヤバいなんかヤバいぞ!?

 どうする。いや考える前に逃げろ自分!!

 そう直感的に判断して、足をもつれさせながら立ち上がり、駆け出そうとして濡れた石畳で転ぶ。なんて『間が悪い男だ』と自分に悪態をつく。まぁ転んでいようがいまいが、今さらに危機感を抱いて行動するのは、どうしようもない『間抜け』であった。


「…………ッ!!」


 息を呑む。尻もちをつく形で転んだ自分の、もう傍らにまで輪郭が接近していたからだ。


 雨がそこだけ、例えば『透明な何か』に当たり跳ね返ることで作り出されているような輪郭。

 ちょうど人間サイズであり、見方によっては人形ひとのかたちのような『それ』は、そこでしばらく静止した後に、カクカクとした動きで、おそらく腕にあたる部分を二本ゆっくりと“自分こちらへと”伸ばしてきて、


「――ッ!!」


 首を、掴まれた。そんな感覚。

なのに首に手を当てても、何も無い。


 唐突に、喉が締まった。

 次いで、強い圧迫感と吐き気に襲われる。


 ギチ、ギチギチ……ッ!! 嫌な音だ。

それは、自分の首から出ている音だった。


 理解が、できなかった。まるで。

 自分の、首が、絞まる。勝手に。


 ――視界が突然の閃光に包まれ、それとほぼ同時にけたたましい轟音が響く。近くに落雷だ。その強い光で照らし出されたのは、輪郭の正体。生気の無いのに血走った瞳をした、酷く歪んだ顔の醜男。

 そいつが、自分こちらの首を絞めていた。


 一度姿を見てやったからか、男は輪郭だけの姿に戻ることはなくて。ゴツゴツとした指の感触でもって自分こちらの首を、完全にイっている目と『にちゃり』とした気味の悪い笑顔で絞め続けている。


 なんだコイツは、冗談ではないぞっ!?

このままでは殺されてしまう……!!


 や、止めろ、止めろ!!


 正当防衛だ。と、男の指を引っ掻いてやり、首締めを止めさせようとしたのに。首に痛みが走った。自分自身の首を引っ掻いてしまったということか。


 ならばと男の顔面に向かって拳を握る。

が、まるで当たった感触がない。むこうの指が首に触れている感触はあるのに。自分こちらからはまったく干渉ができない。拳が避けられたのではなく、すり抜けてしまったとしか考えられない不自然さ。


 嫌だ死にたくはない。やめろ、止めてくれ。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。

だから必死に抵抗しようにも、抵抗が抵抗として意味をなしていない。信じられないことに何をやったって自分こちらからは男に触れる事ができない状況で。


 あり得ないッ!! どうすればっ?!

どうしようもないじゃないか……ッ!?


「……ッ! ……ッ……ッッ!!

…………ッ…………………!」


 首が、絞まる……。


 喉が、苦しい……。


 息が、できない……。


「ッ……………………」


 豪雨。閃光。轟音。

 おおよそ普通の人間とは思えない男。

 意味も分からぬまま絞首される自分。


 豪雨。閃光。轟音。

 落雷が遅く感じ。意識が持たない。

 笑顔の男の顔に、思い当たる人物。

 思考が回らない。もう分からない。

 自分の視界は、白一色に染められ。

 それから『蒼色』に落ち込んで行く――。

 

 なんで、こんな。なにが、どうして。

自分が、なんで。こんな、最期なんて――。




 ◆◆◆




「――明朝みょうちょう。雨上がりまで、かくまいましょう」


「――?」


 知らず知らずのうちの空間、人の気配。

自分に掛けられた言葉。戸惑う自分。


「夜雨の中、お困りでしたね」


 その言葉の意味は、分からない。

 自分が置かれている状況も分からない。


 抑揚のない声。しかし透き通った声色。

 意識を手放したはずの自分は、ふと知らない場所で直立していて。薄暗い場所であどけなく可憐な顔立ちの少女と向かい合っていた。


 意識は覚めているのにどこか夢見心地であり、物事の詳しい前後関係が曖昧になっている。

 自分は首が気になって指を当てるも、なぜ気になったのか理由が見付けられない。


 たしか自分は、雨宿りをしようとして……。


「合の間に、物語などはいかがでしょうか?

ちょうどこれから皆に読んであげる時間です」


 ……そうか。雨宿りをさせてもらったんだ。


 雨宿りの為、少女に招いてもらったんだ。

そう実感すると納得、何もおかしな事は無い。


 少女はどこからか提灯を取り出し、それに蒼い炎を灯せば、周囲が多少は明るくなった。

 明かりによって。ただ『知らない場所』としか認識できなかった空間の深靄が晴れるよう、自分は室内のあれこれに意識が回る。


「……!」


 木造の建物。ぼんやりとした蒼い照明。

 部屋の中央には白い装束を身に纏う少女。先程の少女だ。彼女は地面にそっと腰を下ろす。

 そんな彼女と自分を中心にして、同じく白装束姿で手を繋ぎ合い、円になり座って目を瞑っている多くの子供達。数十人もの幼い少女達が居た。


忌譚きたんはご存じですか? ご存じではない?

ならば是非、単なる一夜の物語として。この機会に触れてみてはいかがでしょうか?」


「……?」


「聞くも、聞かぬも、ご自由に。

聴いたとしたなら、しずめましょう」


 蒼色の提灯が明滅し、夢か現実かがぼやける。

水面に揺蕩たゆたうかのようになる、自分の意識。


 少女から座るようにと手で促され、意味も状況も分からないままで何故か従ってしまう自分。

 彼女は既に置いてあった書見台に紙束を載せて、その一枚目をめくり。それを語り始める。


「それでは、始めの物語――」


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