序章【忌譚解説】

※本編序章部分登場の忌譚解説。


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◆カケミズチ【欠如蛟】

https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16817330648736498830


 融然ゆうぜんの節、欠如蛟カケミズチ。土地の水源地での水神信仰にまつわる変貌百伝へんぼうひゃくでん忌譚きたんが一片。罪深くおろかしい人々のおこないによって四肢ししと半身を欠如けつじょしてしまい、水神より零落れいらくした優しきミズチの悲しき伝説。

 古来より人々は、水源地に住み清水を守っていると伝わる水神ミズチおそうやまい丁重に扱いつつ、暗にその存在をうとましくも思っていた。水神に平伏することに疑問を覚え、そして、ある時に豊かな水源を『自分達だけのものにしてしまえば良い』と考える。自分達がより豊かになる為には『水神は邪魔だ』と。かような人々の裏切りにより騙され、ささげられた酒に毒を盛られ、毒が効いたところを集団で襲われ、四肢と半身を欠如した蛟は我を忘れて荒ぶってしまう。報復のように己に害を為した周囲の者どもは元より、近辺の集落までを襲い。瞳に映るあらゆる人間をむさぼり取り殺し、その血肉を張り付けて己が欠如した部分と同化させ、うしなった形をおぎない水神の身へと戻ろうとしたのだ。

 しかし欠如蛟は、止まった。荒ぶり追い詰めた何も知らぬ無垢むくな童女の涙によって我に返り。おのれおぞましい存在に成り果ててしまったことを悟ると、元水神としての矜持きょうじか、はたまた食らってしまった無関係な人間へのつぐないか、己の身に食らいつき自裁じさいした。すえに欠如蛟は清水に溶けて還ったとされる。

 生き残った人々は深く後悔し、欠如蛟を手厚く供養して今度こそ心魂から丁寧丁重にまつった。末孫の途絶えるまで、先祖じぶんたちへいましめと、罪深い祈りのもたらした結果を追うことにして。何時いつの日か蛟様が清水の底で身体を取り戻し、そうして再び土地の水神様としてお戻りになるようにといのって。めでたし、めでたし。






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◆カケミズチ・キツイ【欠如蛟/祈追】

https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818023212611809973


 曰く『一人を繋げたら、次もそのいのりを追わす。前の者の祈りを追って身をむすばせる。決してほどけぬように、決してほつれぬように。結んで結んで形を成す。ミズチが身体を取り戻すまで、末孫の途絶えるまで。それは祈りを負わせる祀りノロイ祈追キツイ――』

 蛟は清水に溶けて還った。けれど蛟が居なくなった清水は淀み、土地に次々と水に関わる凶事がもたらされるようになってしまった。なんということか『蛟は必要であったのだ』人々はそう結論付ける。凶事の因は、土地の不浄を流して浄める河川がけがれたゆえだ。つまり水源地の治水の水神が、蛟様が居なくなったが故。蛟様が、必要だ。我々には蛟様が必要だったのだ。蛟様は居なくてはならない。ならば『どうすれば蛟様が戻るのか?』と――。

 困った人々は考えた。蛟様を取り戻すには、蛟様が途中で止めてしまった事を人間が代わりに『やってやれば良いのではないか?』と――。

 欠如蛟伝説。その欠如していた部分にして、意図的に忘れ去られ、水底に沈められた真実。はばかるべき奇譚ものがたりとしての主体である。うしなわれた蛟様カミを再び求め、勝手な解釈で無為むいな犠牲を容認したおぞましき人々のさが。土地のはらんだ厄災。水神をこしらえる材とおとしめられた無垢むく達の忌譚じゅそ。すなわち先人の祈りを負わされ、それを追って逝くことを強いられた人身御供ひとみごくうの童女達の嘆き跡。それが、祈追キツイ――。

 けれどもううれいは無い。蛇骸の沈む濁った水底は無事にすすがれ、水源は朝日で煌めく水面を揺らす。古の時代から繋がれた災禍は、他ならぬ末々の少女の祈望のぞみによって満ち、解放されたが故に。忌譚の一片はその執着を逃れ、単なる一つの物語と還った。鎮んだ蛟の眠る水源地は、凶事なぞもたらすわけがない。人身御供は人が勝手にやった行為であり、捧げられた童女達は水神に迎えられ水底より開放された。そう別の結末を迎え、忌譚は物語として幕を閉じる。




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◆トガミテンボウ【咎身辿貌】

https://kakuyomu.jp/users/1184126/news/16818023213305040873


誅懲ちゅうちょうの節、咎身トガミ辿貌テンボウ。ある所に、怠け者でありままであり癇癪かんしゃく持ちで、ほぼ誰も手の付けられぬ程の乱暴者でもあった困り者の男が居た。男は他人を食物くいものにしながら、ずる賢く役責から逃れ自堕落じだらくな日々を送っていたが。男には、幼少の頃から利発秀才で、他者への心配りができ、兄を力勝負で唯一黙らせることのできる実の弟が居た。

 男にとって『目の上のたんこぶ』である弟。後に産まれてきたというのに、兄をさげすむ弟なんてものはとても許せない。物事が上手く行かないのは、全て弟が裏で手を回しているからだ。弟のせいでみじめな人生を過ごす羽目になっているのだ。そう男の中で被害者気取りの妄想が膨らみ続け『いつか復讐してやる』と。男はどこまでも増長して狂っていった。

 後年、美しい女房にょうぼうめとり、周囲の皆に好かれ、たゆまぬ努力の結果で財を為し、村一番の長者ちょうじゃとなった弟の姿を、自分は呼ばれなかった祝いの席で目にしてしまい。長年に渡りうらやみ、ねたみ、うらんだ結果として理性の糸が切れ、男は決心する『憎々しい弟をあやめ、己が顔を焼き、弟に成り代わってやる』と――。

 そうして弟の全てを奪い取った業深き男に、ある時より男元来と『瓜二つの顔』をした何者かが付きまとうようになったという物語。

 伝わる物語の結末にはいくつかの種類があり、その例を挙げると。耐え兼ねて『瓜二つの顔』を殺した男も死んでしまった。『瓜二つの顔』は男の無くしていた人間性や罪の意識であり、追われるうちに己の浅ましさを悟り、全ての非を認めて改心した。次第に周囲の人間全てが『瓜二つの顔』に見え初めて、男は完全に気が狂ってしまい、村の人間を皆殺しにしてしまった。実は『瓜二つの顔』は生きていた弟だった。迫り来る『瓜二つの顔』の前で真実を喋った為に男の正体がバレ、罪を裁かれることになった。等々。どのような結末であれ、『咎』を犯した身には、罪を犯した『貌』が付きまとって逃れられはしないのが世の道理。犯した罪には相応の責が伴い、逃げようとしてもどこまでも追ってくるものだという教訓を読者に与える物語である。




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