たった一人の妹を守るため、俺たちは武器を取った。
今際たしあ
第1話 女王
少し前に起こった摩訶不思議な出来事を、どうか聞いてほしい。そう……驚かずに聞いてほしいんだ。
結論から言うと、俺の妹が女王になった。
あ、あとこの世界は異世界と合併したらしい。
話がぶっ飛び過ぎているって? そんなこと言われても。宝くじで高額当選したとか、天変地異に見舞われたとか、旅行先で友人にばったり会ったとか……。ありえねーっ、て思いながらも実際あるだろ? そういうこと。だから俺の妹が女王になったことも、異世界と融合したことも、大して問題じゃない。
つーか、驚かずに聞いてほしいって言っただろ。
で……事の顛末なんだがな。
どうやら向こうの世界の女王がとんでもなくお転婆で、誤って禁忌の魔法に触れてしまったらしい。
結果がこれだ。鉄製ばかりでどこか鬱屈していた街は自然と共存し、おとぎ話に出てくる魔女が住んでいそうな三角の家が建ち並んでいる。林に足を踏み入れれば小動物がそこかしこで見られるようになったし、植物は時々他の生物に向かって牙を剥く。
学校なんてくそ食らえだ。勉強だってしている場合じゃない。俺はこの世界を元に戻すため……いや、妹のアリサを守るために武器を取ったのだ。
元凶の元女王は現女王として君臨するアリサが気に入らないらしく、魔王軍ならびに人間軍を総動員して俺たちの隠れている洞窟へと向かっているらしい。
相手の動向は、俺の友人であるロリコンメガネが逐一報告してくれている。ちなみに本名ではない、コードネームだ。
「あーあー、聞こえるかロリコンメガネ。こちらシスコンアニキ、敵の足音を察知」
「了解。先ほどユリとヤリティンを向かわせた所だ。シスコンアニキ、二人が到着するまでアリサちゃんを絶対に守りきるんだ」
「おう!」
ザッ……ザッ……と小石の入り交じった土を踏みしめる音が洞窟内にいくつも反響している。まだ少し距離はあるか……しかし、足を踏み入れた以上、戦闘は避けられないだろう。
怯えるアリサを背後に、大きな岩の影から相手の動向を伺う。とりあえず姿が見えるまでは、こちらの戦力のおさらいをしておこう。
まずは俺、シスコンアニキ。ただの高校生であったが、妹であるアリサが女王の器となったことで武器を取らざるを得なくなった。ちなみに武器は
次に参謀、ロリコンメガネ。俺の友人で、学力は高校生トップレベルだが名前通りの性質を持っている。武器は
そして俺たちの姫、ユリ。アリサの友人で、俺の後輩にあたる。至高の黒髪ロングだが、男を毛嫌いしている。武器は
最後にご近所の兄貴分、ヤリティン。幼い頃から俺たち兄妹を可愛がってくれており、大学ではテニスサークルに入っているらしい。武器は
俺たち四人は特別な間柄ではないが、一つだけ共通している思いがある――――
『
わりと不純な動機なのだ。
「アリサ、ここに隠れていろ。合図するまで絶対に出ちゃだめだぞ、いいか?」
「うん……お兄ちゃん」
『はぁんっお兄ちゃん頑張るよおっ』
「作戦中だぞロリコンメガネ! 私語は慎め! ……ってか盗み聞きするな!」
ロリコンメガネとの通信機器であるシキガミに怒声を浴びせ、俺は敵の照らす松明の前に躍り出た。
敵の正体が緑の体色をした長鼻の一族、ゴブリンの群れであることを察知し、俺は背に携えた
「ゲゲゲゲ……お前が女王の」
「ああそうだ。アリサには指一本触れさせないぞ!」
「ゲゲ、威勢だけはいいな。やっちまえ!」
リーダーであろう一段と長い棍棒を地面と垂直に立たせたゴブリンの命令により、左右からヤリティンよりも小さな棍棒を持ったゴブリンが跳びかかってくる。俺は振り下ろされた棍棒を剣で受け流し、地を叩いた棍棒を踏みつける。怯んだ隙を見過ごさず、すかさず回し蹴り。我ながら綺麗に決まったと思う。吹き飛んだゴブリンはもう片方に当たり、二匹とも土壁に打ちつけられてのびている。
「ゲゲ、なかなかやるじゃねえか。弓部隊、発射用意!」
俺は歯軋りをした。今のアリサを守るという熱い心があれば1、2本くらいは斬り落とせるかもしれないが、如何せん数が多すぎる。弦は既に引き絞られており、今からどうにかできるような物ではない。
「くっそ、卑怯な奴らめ!」
「ゲゲゲゲ、女王を束縛する奴はこの俺様が――」
リーダーが言いかけたその時。凄まじい風圧と共に弓を構えたゴブリン共は真っ二つになり、残っていた雑兵も壁に打ち付けられた。
「ゲゲッ、なんだ!?」
転がった松明が、斧を控えた少女と棍棒を担ぐ青年をぼんやり映す。
「私……嫌なんですよ。種族がなんであれ、男に触るってことが」
「あーあー、アリサちゃんをこんな狭っ苦しい所に閉じ込めておくなんてね。さっさとそこのケダモノを倒して連れ出してあげるよ、お嬢ちゃん」
一瞬、アリサがびくっと体を震わせたような気がする。
「ユリ! ヤリティン! 早かったじゃねえか!」
「ゲッゲゲ……3人がかりとは大したもんだな」
一人残されたリーダーゴブリンは棍棒を構え、俺たちの動きを警戒している。無駄な抵抗だろう。
「遺言はあるか?」
「ゲゲ、女王を束縛する悪者め……」
「さっきからなんなんだよそれ。まるで俺たちが悪いみたいにさぁ」
「ゲゲ、お前らが悪に決まっているだろう。女王様は俺様が守るんだよ」
「はぁあ?」
呆気にとられ、俺は一度剣を納めた。二人にも合図をだしたが、ヤリティンは変わらずゴブリンを睨み付け、ユリは斧をギラつかせるばかりである。
「どうしたんですかシスコンアニキさん。醜悪な存在はアリサちゃんにとっても悪でしょう?」
「シスコンアニキ……この期に及んで情が芽生えたとかじゃないよね?」
『そうだぞシスコンアニキ。正直アリサちゃんと関係を持つお前ら三人ですら抹殺したいくらいなのに』
「いや待てまてお前ら!」
本当にちょっと待て。急展開すぎる。話が飛躍しすぎていないか?
「ゲゲ、だったらよ。女王様の本当の
どっから湧いたよくそゴブリン!
「悪くないね。 でもこれだとロリコンメガネが有利になっちゃうから、態勢を整えるために一旦解散ってことで」
え、本気でやる気なの? 冗談だよな?
「開始時刻は日付を跨いだタイミングでどうかしら。本当は戦いたくないんだけれど、あなたたちが男なのが悪いの……」
それもう私怨だから! てかそこまで重症だったのかよ!
『シスコンアニキ。アリサちゃんと共にいるお前から狙われるってことだけは理解しておけ。あと……お前がアリサちゃんの兄貴だってこと、認めたわけじゃないからな』
なんだよそれー……もうなんだか面倒くさい。お前らがその気なら、俺だって容赦はしない。
「……わかったよ。お前らのアリサに対する思いはよくわかった。だけどな――――」
この先仲間たちと血で血を洗う戦になったとしても。
「俺が絶対にアリサを守ってみせる!」
俺とアリサは一度帰宅し、共に夕飯を食べた。敵襲もなく、久々に訪れた平和な日々だ。
「私、怖いよ……お兄ちゃん」
「大丈夫だって。安心しろよ」
明日に控えた戦日。種族や性別を越えてアリサを巡る俺たち。結末はわからない――だが、これだけは言える。
「お前は
たった一人の妹を守るため、俺たちは武器を取った。 今際たしあ @ren917
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