座敷童子のアップデートを準備中です

如月姫蝶

座敷童子のアップデートを準備中です

 温泉饅頭を蒸し上げる香しき湯気が店頭から立ち昇り、浴衣姿でそぞろ歩く観光客が足を止める。

 それは、温泉郷ではごく日常的な風景のはずだ。

 しかし、「うまそうだなぁ」と今まさに店頭で立ち止まった四人組は、決して浴衣姿ではなかった。彼らは、白い和服……には違い無いのだが、いわゆる死装束を纏っているのだ。

 一人一つずつ——白衣の四人組は、饅頭を所望した。

 前を歩いていた中年男性二人は、饅頭以上にほくほくとした様子で望みの品を受け取ると、そのまま後ろの若いカップルに場所を譲る。若い二人も饅頭を受け取り、そのまま立ち去ろうとしたが、そこへけたたましい警報音が鳴り響いたのである。

「ちょっと! お二人はお代を払ってくれなきゃ! 生者ゲストなんだから!」

 店の女性も声を張り上げる。彼女もまた生者だが、運営スタッフなのである。

 中年男性二人も、彼女に加勢した。

「その通りだぞ。亡者キャストのコスプレをするのも、亡者キャストの後ろについて歩くのも別に構わないが、お客は金を払わないと」

 カップルは、神妙な態度でお辞儀すると、速やかに支払いを行った。男性たちの姿と店頭のモニターを見比べて、それが得策だと判断したらしい。

 そのモニターは、人の姿を映し出したうえで、その体温を表示するのだが、そこにはカップルも店員も映っているのに、中年男性たちの姿が全く見当たらないのだった。


 会いに行ける幽霊が出る。ただし、撮影は不可能——


 そんな噂には少なくとも根拠があったのだと、カップルは少なからず背筋の冷却効果を得ていた。

「じゃあ、楽しんで」

 男たちは、カップルに笑顔を見せると、亡者キャストの根城である大きなホテルへと引き上げていった。


 その温泉郷は、全国に名を轟かせていた。だが、そこの源泉が枯れつつあることもまた、数十年前から徐々に知れ渡っていた。温泉だろうが石油だろうが、資源はいつかは枯渇するのだ。

 そこへ、厄介な感染症の流行が長引いたこともあって、温泉郷最大のホテルが倒産してしまった。温泉郷の運営に携わり生計を立てる人々は、終わりの始まりに戦慄したのである。

 ところが、真新しい廃墟と化したホテルに、死装束姿の幽霊たちが現れるようになった。幽霊なるものの存在に懐疑的な人々も、彼らが、肉眼で視認し会話も可能でありながら、どんな機器を使用しても撮影できない不可思議な存在であることは認めざるを得なかった。

 そして驚くべきことに、彼らは、温泉郷に生きる人々に、窮地に経済効果をもたらすことで徳を積みたいと申し出たのである。

 晴れて地元民に亡者キャストとして認められたのは、総勢二十名余りの男女だ。彼らは、稀に近隣の飲食店へと出歩く他は、五百室を超えるその廃ホテルの客室のどこかで、湯治客よろしく寛いでいる。真っ昼間でもお構い無しだ。

 彼らを一目見てみたいと、廃ホテルを探検する客が訪れるようになった。撮影不可能な相手であるため、目撃するには現地入りするしか無いのだ。

 やがて、温泉郷のスタッフが、クレバーなアイデアを閃いた。彼らがホテル内のミニシアターで懐古的な名画を上映したところ、亡者キャストたちがさすがの壁抜けまで披露しつつ続々と大集合して、生者ゲストたちにも大好評を博した。これが必然的に、オンリーワンのハロウィンイベントへと発展することとなる。

 ここにまさにウィンウィンの関係性が、生者と亡者の間に構築されたのである。

 

「いや〜素晴らしい!」

 彼は、浄玻璃じょうはりの鏡という便利なアイテムによって、温泉郷再生物語を目の当たりにするや、目頭を熱くしながら自画自讃の拍手を惜しまなかった。彼は、あの世のとある切迫した事情から、亡者たちを現世へと送り出した張本人であり、周囲からは「大王」と呼ばれている。

 大王は、亡者たちのより良い転生のために、彼らにより効率的に徳を積んでもらいたいと考えた。そこで、「シン・座敷童子ざしきわらし計画」と銘打ったプロジェクトを発案したのだ。

 そもそも座敷童子とは、働き者が暮らす家に住み込み、幸運を授ける存在だ。亡者たちがそれに準じた活動を行えば、徳を積むことにつながるだろう。

 しかし、派遣先を働き者の個人宅に限定せず、何人派遣するかも柔軟に……等々の試行錯誤を重ねて、ようやく温泉郷再生物語で一定の成功を見るまでには、実のところ相当数の失敗例が存在したのである。

 成功の興奮が一段落した後、大王の脳裏には、そんなあれやこれやが走馬灯の如く駆け巡ったのだった。


 ある日、仮設住宅で火災が発生した。

 仮設住宅は各地に数あれど、それは、「二年以上入居して頂きましたら、従来のプレハブの仮設住宅よりも安価で税金の節約になりますよ」と、地元の役人が胸を張ったキャンピングカー型の仮設住宅であり、そこに約四年間独居していた高齢の男性が放火に及んだらしかった。

 大火傷を負いつつも一命を取り留めた放火犯は、「座敷童子を退治するためにやった」と供述して、まず真っ先に認知症を疑われたという。


 虎徹こてつは、仕事一筋に生きていた。妻との間に子を授からなかったこともあり、父から譲り受けた町工場をまさに我が子のごとく守り育てることに心血を注いでいた。

 だから、震災に襲われた休日の昼下がり、虎徹は、揺れが収まるのを待ち兼ねたように、ひしゃげた自宅から這い出して、一目散に工場を目指したのだ。

 役所から、妻らしき遺体が発見されたため身元確認を依頼するという連絡が入るまで、彼は、妻が一人で外出していたことなど、すっかり失念していた。

 腑抜けたように工場の前にへたり込んでいたのである。一見して操業再開なぞとても望めぬ廃墟と化してしまったそれの前に。

 虎徹は、全てを失ったが、役所の勧めで仮設住宅に入居した。

 何週間か過ぎた頃、ボランティアが「茶話会を開催します」と、仮設住宅の扉に肉迫した。「被災者同士、お茶でも飲みながらゆっくりお話しませんか?」と、虎徹に参加を促したのだ。しかし、彼はけんもほろろに追い返した。ボランティアの女の声が、どことなく亡き妻の声を思わせたから、彼女の死顔が鮮明にフラッシュバックして耐えられなかったのである。

 またしばらくしてから、今度は男のボランティアが、「将棋の同好会を立ち上げました」と誘いに来た。しかし、虎徹は参加するわけにゆかなかった。彼の生様は本当に仕事一筋であり、将棋のルールすら知らなかったからだ。

 四年もたつと、役人が定期的に退居を促しに来る以外は、誰も虎徹を訪ねなくなった。

 虎徹はその日も、役人を追い返してピシャリと扉を閉め、室内へと振り向いた。

 その刹那、彼はヒュッと喉笛を鳴らして、身をこわばらせることになった。

 ユニットバスの扉の前に、白い死装束を纏った子供が、俯いて佇んでいたからである。

「ぼく……ザシキワラシです」

 死装束の男児は、恐る恐る顔をあげて、そう名乗ったのだ。

「……震災で死んだ子か?」

 虎徹は、スッと目を細めた。実は彼には、震災で亡くなった知人の姿を、買い物中などにちらりと見かけたという経験が、ほんの数えるばかりながらあるのだった。

 男児は、黙って小首を傾げる。

「よし! おっちゃんが遊んでやろう!」

 男児の死因を勘違いしたまま、虎徹は、いそいそと将棋盤を取り出した。実は彼は、将棋の同好会に参加したくて、将棋盤と初心者向けのルールブックを買い込んでいたのだ。結局のところ、ルールが頭に入らずじまいだったが……

 しかし、世の中には、本来の将棋のルールを知らずとも遊べる将棋が存在する。将棋崩しだ!

 駒が山盛りにされた将棋盤を挟んで、老人と男児は向かい合った。

「いいか坊主、駒を取ってこの山を崩すんだ」

「くずすの? つむんじゃないの?」

 男児はこれまで、「とく」というポイントを得るべく、賽の河原でもっぱら石を積み上げるゲームに励んできたから、崩すというのは新鮮だった。

「ああ、崩すと言っても、音を立てたらダメだぞ。指一本で、音を立てないように、そーっと駒を引き抜くんだ」

「おとをたてちゃダメ。わかった」

 男児は、真顔で頷いた。生前、「うるさい!」と親にぶたれたのを思い出したのだ。

 虎徹と男児は、将棋崩しに没頭した。まさに飲まず食わずで時を忘れて遊び、虎徹がふと気づけば、小さな子供はもう就寝したほうが良さそうな時間帯となっていた。

「どうもありがとう……」

 男児は、笑顔と礼の言葉を残して、ゆっくりと姿を消したのである。

 虎徹は、目元を拭って、安酒のコップをあおってから寝床に潜り込んだ。自分なんぞが見知らぬ子供が成仏する手助けをできたのなら、震えるほどに嬉しいことだった。


 虎徹が知る由も無いことだが、実は、男児の名前は大空舞蹴おおぞらまいける。名は体を表すなどと言われることもあるが、舞蹴の名付けはまるでその死を予見していたかのようだった。彼は、震災とは無関係である。親からの虐待の果てに、高々と空へと舞うほど父に蹴られたことが原因で死亡したのである。


 空腹のはずが安酒のお陰で寝つけた、その深更——

 枕をポスンポスン、頬をペチペチとぶたれて、虎徹は目を覚ました。

「あそんで〜……」

 見れば、成仏したかと思われた男児が、枕元に座って虎徹の顔を覗き込んでいるではないか。

「おい、まだいたのか。他を当たってくれよ」

 虎徹は、邪険に言って男児に背を向けた。

 老人の心から一時の情熱は既に消え去っていたし、子供の相手を長時間にわたって務めた疲労は限度を超えていた。

「ねえ……あそぼ〜?」

 老人の心が震えた。一度は嬉しさに。そして今となっては怒りに。

「他所でやれってんだよ、クソガキ!」

 虎徹は、男児の顔に枕を押し当て、そのまま背後の壁に埋め込むようにして、自称座敷童子を強引に消し去ったのである。

 しかし、それでも終わりではなかった。

 安酒を飲み足した虎徹がうつらうつらするのを待っていたかのように、またもや、ポスンポスン、ペチペチ、「あそんで〜」である。

 男児は、無視しても消えない。

 叱っても聞かない。

 だから、虎徹は手をあげることしか思い付かない。

 そしてもう一杯安酒をあおり目を瞑るということを、一晩のうちに何度繰り返したことだろう。

 ようやく空が白んだ頃、虎徹の腹に激痛が走った。

「あそんで! あそんで! あそんでーっ!」

 仰向けとなっていた虎徹の腹の上で、男児が、ズドゴーンズドゴーンと飛び跳ねたのである。

 虎徹は、男児の足を掴んでその体を力一杯遠くへ投げ捨てると、のたうちながら激しく咳き込んだ。

 そして、自分の足元に、自称座敷童子ではない何者かが立っていることに気づいたのだ。それは——だった。


 和子かずこだ……間違い無い!


 虎徹は、それが亡き妻だと確信した。

 和子は、震災当日、一人で外出していた。そして、落石が顔面を直撃したことで亡くなったのである。彼女の頭部は、胴体から離れはしなかったが、全く原形を留めていなかった。

 結婚指輪をはめていなければ、あの無残な遺体が和子だなどと認めたくはなかった。

 そして今、立ち現れた顔の無い女は、と言うように虎徹を手招きする。その指には、ほんの小さなダイヤモンドがあしらわれただけの結婚指輪が、今なお輝いていた。

 虎徹のほうは結婚指輪を既に売ってしまっていた。震災後、生活必需品だけではなく、将棋盤を買う金も欲しかったからだ。

 

 和子は俺を恨んでいるに違い無い! 結婚指輪を売り払い、あいつの死様を忘れたくて、あいつが若かった頃の愛嬌のある写真なんぞ飾っている、この俺のことを!


 その朝、虎徹は、四年にわたって入居していた仮設住宅に放火したのだった。


「え〜? なんだかさぁ、最後のほうはもう、座敷童子、関係無くない?」

 大王は、部下たちが醸し出す気まずい空気を打ち消そうとするかのように、いささか素っ頓狂な声をあげたのだった。

「シン・座敷童子計画」を推進するためには、試行錯誤の失敗例について吟味することも欠かせない。この事例は、「現世の独居老人の元に、賽の河原の亡者を座敷童子役として送り込み、老人は癒しを得て、亡者は徳を積む」ことを目指したのだが、文字通り炎上してしまった。

「亡くなった奥さんも、何もこんなタイミングで化けて出なくても……」

 大王は、浄玻璃の鏡による記録映像を会議室で見終えた今、なるべく彼女に責任をなすりつけてしまいたいようだった。

「データを解析しましたが、これは幻です。ここに現実に亡者が存在したわけではありません」

 浄玻璃の鏡のエンジニアたる部下が、冷静かつ無情に宣告した。

「確認取れました。ターゲットの妻——和子は、既に転生しています。従って、そもそも化けて出られるはずがありません」

 別の部下も追従した。

「え!? え〜……」

 大王は不満そうだったが、彼が切り拓こうとした逃げ道は、こうして理詰めで封鎖されたのである。

 浄玻璃の鏡は、現世の機器とは一味も二味も違う性能を誇る。生者、亡者、さらには、標的と定めた人物の心の内まで記録することが可能なのだ。よって、虎徹が主観的に経験した幻視に過ぎない亡妻の姿までもが映像化されたというわけだ。

「大王、端的に言って人選のミスだったのではないかと。さほど犬好きではない、あるいは、野良犬に一度だけ餌をやってから追い払うような心性の人間の元へ、セラピードッグを送り込んでしまったような事案だったのではなかったかと拝察します。

 また、座敷童子役につきましても、賽の河原の亡者たちの中から、どのような基準で選抜されたのでしょうか? ご教示ください」

 部下の丁寧な口調すら、もはや慇懃無礼に聞こえてしまう大王だった。

「あのねぇ、舞蹴くんの石積みの成績を点数に換算すると、既に相当な徳を積んでることになるわけよ。それに、親に虐待されて死んだああいう子にさぁ、現世に遺した親のためにも徳を積めなんて迫るのも、あんまり教育的じゃない気がしたもんだから……

 もちろん、ボクぁ、そもそも賽の河原ってのが、そういうコンセプトで運営されてるってことまで否定する気は無いからね」

「大王、座敷童子役の亡者には、やはり最低限の人格的成熟が必要かと。人に虐待された野良犬が、然るべき訓練も経ずに、セラピードッグとして活動できるでしょうか?」

「もぉ〜〜〜、じゃあ、大人の亡者を使えばいいじゃないか……ぷふっ」

 大王は、少なからず不貞腐れて、会議室の卓に突っ伏したのだった。しかし、図らずもダジャレが成立していたことに気づき、小さく噴き出したのである。


 賽の河原は、あの世につい最近になって追加されたエリアである。ただし、つい最近というのは、大王の感覚に照らせばの話だ。

 現世の人々にとってはかなりの昔々、子が親より先に死ぬのは大罪であり、大罪を犯した子は、賽の河原で石積みの苦行に耐えねばならないという俗信が流行した。あの世サイドがそれを追認して、三途の川のほとりに新エリアとして賽の河原をオープンせざるを得ないほどの大流行だったのである。

 おそらく、子を亡くした親が鬱々として、日々の労働や次の子をもうけることに支障が出ぬよう、死んだ子が悪いと決め付けたのだろう。当時の人々なりに生産性の低下を防ごうとしたのかもしれない。

 ただ、今となっては、現世では長寿の者が少なくない。親より先に死にさえすれば、賽の河原にたむろするための最低限の資格が得られるため、いささか過密化して、中高年の大人たちの姿が珍しくもないというのが、近年の賽の河原のトレンドだった。

「シン・座敷童子計画」は、そもそも、賽の河原のスリム化を目指したプロジェクトなのである。


「大王、仰せの通り、大人の座敷童子を、独居の未亡人の元に派遣しました」

 大王は、部下からの報告に、満足げに頷いた。勝利を確信しているかのようだ。

「うんうん、今回は、座敷童子役の人選を、特に念入りに行ったからね! 彼は、親より先に死んだけど、親の介護に何年も従事していたしぃ、ターゲットと話が合いそうでしょ? 結婚歴も無いからさ、出会い頭にロマンチックな展開になったところで、倫理的な問題も無いだろうしぃ……」

「それが、出会って五秒でマサカリをぶん回されて、座敷童子役は逃げ帰ってきました!」

「はひ!?」

「なんでもターゲットは、『老老介護をまっとうして夫を見送ったばかりだってのに、もうたくさんだ』と叫喚したそうです。もう死んでる男が、『殺される』と震え上がって逃げ出しました。自己PRする隙すら無かったようです」

「ちょっと……マサカリ!? 老老介護とか言うけどさぁ、そんなの老婆感ゼロじゃない! むしろ、山姥みマシマシ? よし、そんな逞しいターゲットには、今からでも金太郎を産み育ててもらおう!」

 大王は、現実逃避した。


「大王、ご指示の通りに、大人の座敷童子たちからなる合唱隊を、現世の老人ホームへと慰問に向かわせましたが、ある種の近親憎悪が渦巻き、亡者VS老人の抗争が勃発致しました!」

「ああああ、それは言われてみれば、なんだかほんのり見えてた未来だった気がする!」

「おや、大王様におかれましては、失敗を見越しつつ派遣を強行なさったということでしょうか?」

「そ、それはああああ……」

 大王は、ヘンテコなダンスを踊り始めた。そのまま会議室から逃げ出すつもりではないかと、部下たちは疑った。しかし、大王は、戸口へと向かいつつも、「ふお?」と唐突に動きを止めたのだ。部下たちは、一転してギックリ腰を心配した。

 大王はしかし、金剛力士像よろしくポーズを決めたのである。

「ボクぁ閃いたよ! 確か現世に、『小さいおじさん』の都市伝説ってあったよね?」


「今日は楽しかったよ。また連絡する」

 男は、女よりも先に、ベッドから抜け出した。

 女の手前リップサービスしたものの、今日はなぜかベッド周辺のギミックの誤作動が多く、実は今ひとつセッションに没頭できなかったのである。

 お化け屋敷に入ったわけではないのだ。タッチパネルに触れたわけでもないのに、突然ベッドが回転したり、ピンクの照明が灯ったりしては、むしろ興醒めなのである。

 男が身支度に掛かろうとした時、女が悲鳴を上げた。

 それはまさに、お化け屋敷の客のような悲鳴だった。

「どうした?」

「出た!」

「へ?」

「出たのよ! 小さいおじさん……ううん、が!」

「おい、何をやってる!」

 男が女を制止しようとしたのは、彼女がやおらスマホを取り出し、何かを撮影しようとしたからだ。彼女は、男ではなくサイドテーブルのほうを向いていたが、ここは鏡だらけの部屋なのだ。そして、彼と彼女は割り切った関係なのだから、男の裸が映り込みかねない写真を撮るだなんて無神経なまねは許せなかった。

「あれ〜……撮れない?」

 小首を傾げる女の隣で、男もを目撃することになった。

 身長十センチにも満たない、白い着物姿の男児が、サイドテーブルの上、タッチパネルのすぐそばで、ニヤニヤと笑っていたのである。

「小さいおじさん」なら、男も聞いたことがあった。

 もう何年も前だったと思うが、身長十センチほどの小さいおじさんが、「炬燵の上で全身を使ってみかんを剥いていた」「浴室でシャンプーの陰から覗いていた」などと語る芸能人たちがいたはずだ。おおよそ、仕事のための作り話か、あるいは、睡眠不足や違法薬物が原因の幻覚だろうと、男は高を括っていたのだが……

 彼が、眼前の男児の存在を受け入れられずにいるうちに、男児は、嬉しそうにタッチパネルに飛び乗った。

 途端にベッドが唸りをあげて回転し始めたではないか……

 男は、眉をぴくつかせながら、ベッド上に座して、それが一周するのを待った。

 そして一周の後、「こういう場所で遊ぶのは、大人になってからにしろ!」と、小さいお子さんを、デコピンの要領で弾き飛ばしたのだった。その一撃には、いくらか回転の勢いも乗っていたかもしれない。

 男児は、あっけなくサイドテーブルから転落して、姿が見えなくなったのである。

 男が知る由も無かったが、男児の名は、大空舞蹴という……


「ボクぁね、シン・舞蹴くんを、そもそも婚約者がいる若い女性の元へと送ったんだよ。実寸大よりはミニサイズのほうが、警戒心を抱かれにくいだろうし、舞蹴くんとその女性の相性が良いようなら、将来的に、彼女の子供として、舞蹴くんを転生させてもいいかななんて思ったの。

 でもねぇ、ある日、あのホテルのあの部屋で、女性は婚約者と大喧嘩になって、婚約者のことも、連れ歩いてた舞蹴くんのことも、あそこに置き去りにしちゃったんだよ。舞蹴くんも舞蹴くんでさぁ、まるでゲーム感覚で清掃員さんからも逃げ隠れして、自分からあの部屋に居残っちゃってさぁ、後続のお客さんたちに悪戯して楽しんじゃってるわけよ」

 会議室では、大王を囲んでの反省会が開催されていた。

 彼が考案した「シン・座敷童子計画——小さいお子さんシリーズ」のプロトタイプたる舞蹴は、今や、現世のラブホテルで営業妨害紛いの悪戯を繰り広げて、疎まれているのだ。

 全く、ウィンウィンどころかルーズルーズである。

「あの子の死因は、父親に蹴り飛ばされて、集合住宅の四階から転落したことでしたよね? 今回、サイドテーブルから落下した距離は、身長比ならば自己新記録にあたるかもしれません。ちょっと計算してみましょう」

「しなくていいから……」

 大王は力無く、浄玻璃の鏡のエンジニアを止めた。

「大王、やはり派遣する亡者の適性の問題もあるかと。あの子はそもそもゲーム要素や、生者の気を引き、驚かせたり困らせることを好む気質です。

 例えばの話ですが、の二大組織が、抗争を引き起こすよりはましだろうと、闇カジノで勝負を決することになったとします。そこにあの子が居合わせたなら、トランプの手札をすり替えたり、ルーレットが止まる寸前にボールを持ち逃げするくらいのことはやりかねません」

「……疑心暗鬼がヒートアップして、最初っから全面抗争すりゃあ良かったんじゃワレ! ってな感じに盛り上がりそうだねぇ……」

 大王は、それを、映画のクライマックスのごとく、ありありと想像することができた。

「もしも、核ミサイルの発射ボタンが、厳重に警備されつつもあの子の目の前にあったなら……彼なら押しに行くでしょうね、ゲーム感覚で」

「ちょっと! ボクたちは、賽の河原のスリム化を目指しているわけであって、そういう人類滅亡! あの世の人口大爆発! みたいなのは全くの本末転倒でしょうがあああ!」


 部下たちの例え話は、少々スケールが大き過ぎたようだ。だから大王は気づくのが遅れてしまった。

 舞蹴の適性を考慮すれば、彼を現在のラブホテルから、かの温泉郷の廃ホテルへと移送して、いっそのことポルターガイスト係にでも任命すればどうだろうということにである。



 

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