第86話 秋とアドリブ
もう、劇場に向かって口に出したときは遅かった。
しまった、と思いながら茫然自失になっていると観客から万雷の拍手が出た。
悪くなかったのか、と感じたのは後の祭りで、僕は顔が真っ青になるのを感じながら舞台へ降りた。
後ろでスタンバイしている後輩の一人が驚きを隠さない顔で声にかけた。
「あれ、アドリブ? すごいな。何か、憑かれてように見えたくらいだよ」
僕はどこかで聞いた冷や汗のような、恥ずかしさのあまり返事もできなかった。
「いやいや、良かったな。好評だよ。辰一君」
汗が引いたときはすっかり疲れていた。
ああ、良かったんだ、本当に良かったのか、と自覚すると恥ずかしさからその青い羽根はしっかりと仕上げ、誇らしい気持ちに変化した。
長友先生がニコニコと出迎えてくれた。
「よう、辰一君。熱演だったな」
磐長姫の演技が微妙に演じたと自覚しているような表情の清羅さんが、申し訳がなさそうに立っていた。
清羅さんは小走りでのそのそと鼠が獲物から逃げるように舞台上に駆け上がった。
あのままの意気込みで大丈夫なんだろうか。
「でも、村の者や森の動物たちが私を待っています」
清羅さんに向かって投げてしまった、悪口は彼女を奮い立たせるためだったのだろうか。
それを持って、演劇は閉幕し、煙幕が下り、午前の部は無事、終了した。
終了後、伯父さんも見に来てくれたようで体育館の裏でスマートフォンを確認しながら待っていた。
僕は甚平姿のまま伯父さんに恐る恐る確認した。
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