第76話 菊見月史記


「ほら、君たち、歴史の授業で習っただろう? 戦乱の室町時代には南朝と北朝に分かれて戦っていたんだ。国語の便覧で読めば、太平記という軍記物語があるがその時代の背景は大いに演劇に役に立つ。うーん、小学生には難解すぎるな。簡単に言えば、もののけ姫が舞台になった時代だろうな。今の日本の様式の源流になり、思想性や時代性がカオスとなった変化が著しい時代だった。爵松丸は後醍醐天皇の御子、懐良親王の王子だ。足利義満を筆頭に北朝との戦、その後に連なる南北統一に敗れ、はるばる、この最果ての九州まで落人としてお逃げになったのさ」


「辰一君、顔色が悪そうだだが大丈夫かね?」


 爵松丸の不遇な境遇を鑑みると分も悪く、必然的に悄然と項垂れる。



「大丈夫です。昨日、夜が眠れなかっただけです」


「そうか。神楽習いに君はすこぶる熱心だからな」


 長友先生はこうして、気遣ってくれるんだ。


 神楽習いに打ち込みすぎて最近、疲れがたまっているんだろう。


 神楽舞を一心不乱に打ち込んでいるときは清らかな霧時雨を星の伝説が語られる、湖畔で浴びたような瑞々しく感じられる。


 秋の夜の残月を僕は星見草を清い洗いながら愛でているのだ、――舞う拝礼によって。



「配役をあらかじめ先生が決めたんだが螢さんが木花開耶姫役で、清羅さんが磐長姫役だ。そして」


 長友先生は僕の色を失いかけた眼を覗き込んだ。


「君が瓊瓊杵尊役と爵松丸役だよ。人数が少ないから二役しないといけないから大変だけれども、頑張れ。辰一君は真面目だからきっとできるよ」


 台本を渡されると台詞が多くて大変だな、と不安がりながら僕は覚悟を持った。


「ラストがまだはっきりとは決めていないんだよ。辰一君、――君が考えてほしい」


 菊見月、黴臭い教室に小人がこっそり浸入するように麗らかな涼風を浴びると、僕は一進一退の、心地よい疲労感を覚えた。


 校門の前の曼珠沙華はそんな美麗な霜華のようになりたい僕をそっと見守ってくれた。


 


 ……今日の秋雲と戯れた演劇の授業は何とか、終わった。


 


 

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