第20話 小糠星を描けば

 二人の会話を小耳に挟みながら、僕は日中、ずっと上の空だった。

 学校から帰っても、いつもの火照りに変化はなかった。

 夜になると、何者かに変わったように琴線に触れる。

 身体の汗ばんだ火照りがいじらしくなり、手を使うときは滅多にないのに手で穢したくない、と頑なに抵抗する。

 群がる火照りは和らげよう、と蒲団の中で体操しても、蒼い狐火には勝ってこなかった。



 十四歳として初めて過ごす、夜は小糠星まで美しく輝いていた。

 星屑は互いを求めあうように流浪し、僕はいつも辻占で立ち尽くす。

 星を見ながら、彼岸花の茎を折るように心を陣取る淫欲をぽっきり折ることができたら、と小さく願う。

 点火したたように、この少年の証は上を向き、下着に隠された、ぬるま湯の中にたゆたう。

 逆らおうとも、穢れた身体になりたくない。

 歳月は通せんぼう、と舌を出して、路地裏にはしゃぎ回る。



 目を瞑れば、一人の少女が不似合いな、大きなお腹を抱えてさすりながら、子守唄を歌っている。

 若草色のカーテンが揺られ、優しさで満ち溢れた鼓動が、シンフォニーを奏でる。

 春の微睡んだ眼差しの中で、少女はお腹にいる、子供に献身的に声をかけている。



 あの日の優しい時間は何だったのだろう。

 あのときの母さんは優しかった。

 生まれる前の僕に記憶なんて、ある訳がないのに、どうかしている。

 架空の言の葉の羽が地球儀を回す万華鏡のように、僕の中で高らかに飛翔した。

 あの人が僕を身籠ったとき、まだ十八歳だった。

 伯父さんはそのとき、二十八歳、と計算したとき、まだまだ、血気に溢れる若者だ、と浮足立つ。



 血が繋がった、兄と妹が互いに禁忌に触れ合い、隠された幽遠な数え唄を、美しい声で朗誦する。

 果てしない、二人は阿鼻叫喚の飢餓道で、数多の罪を犯した。

 その不義の結晶が禁断の果実となり、疑惑を孕んだ種子から、毒薬のエキスを含んだ双葉が芽生え、今、ここで媚薬の雛罌粟が咲こうとしている。

 あの人が僕を憎むのも、そういう理由か。

 熟睡しよう、と青畳の上に布団を敷いて、横になり、睡魔に襲われる前、僕はたまらなくなって、ぬいぐるみをギュッと抱きよせた。



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