第3話 死に損ないの一撃

「最低だな、俺は」


 男は瓦礫に背中を預け、ポツリと呟いた。

 機体の設定は全て変えた、自分が持っている情報も時間が許す限り伝えた。

 

 そして、自分の中にあった絶望も託してしまった。

 

 大人としての最期の行動が、子供に絶望を託す。

 全く呆れるほど最低の人間だと、男は笑った。


 妻も守れなかった、息子も守れなかった。

 光の中に、見た事も無いような偽りの笑みを浮かべて消えていく二人。

 それを助ける事ができなかった、一緒に死ぬ事もできなかった。


 復讐を誓って軍に入り、エクストリテの搭乗者になった。

 候補生の中では一番の融合係数だったが、それでも五十を超えるのが関の山で、動かすのもやっとだった。


 結局プレケスを一体も殺せなかった。

 

 仇は取れなかった、だが最期の仕事は終えた。

 

 反撃の種は蒔いた、自分よりもずっと才能のある少年に。


 死に損ないの役立たずにしては、上出来の仕事だったろう。


麻衣まい……健太けんた、いま……いくよ」


 その直後、黒い体は飛び立った。

 彼が動かした時よりもずっと速く、ずっと高く。


 彼は陽の光を浴びながら、小さく笑い瓦礫に埋まっていった。



「状況どうなっている! ナートゥーラは!?」


「完全に沈黙、応答……ありません」


「プレケスの侵攻止められません! 工場地帯を抜け、市街地へ向かっています!」


 軍の指令室は喧騒に包まれていた。

 正面の巨大なモニターには、各地の状況が映し出されていた。


「応援要請は?」


「三十分前に出しています、コード・ラティオーは現在D型装備でこちらへ向かっています。到着まであと十五分ほどかと」


「十五分か……奴がこの地域の人間を根絶やしにするには十分すぎる時間だな」


 顎元に黒々とした髭を生やした男は、机の上に置いた拳を強く握った。

 彼の名は稲山修二いなやましゅうじ、ここ極東北方基地の司令官を務めていた。


「市民の避難状況は?」


「まだ五割程度です!」


「まずいな、あれが市街地にでれば万単位で人が死ぬぞ……。ありったけの火力を集中させろ! ミサイル、砲弾、なんでもいい、少しでも長く足止めするんだ!」


「第一から第七砲門は継続砲撃、第八から第十砲門も開け」


「第七航空隊壊滅! ……第五、第八航空部隊も壊滅。航空戦力残り僅かです」


「戦車隊は?」


「通信途絶!」


 状況はかなり悪かった、遠距離砲撃は効果が薄く僅かに移動速度を落とすのが精々だ。なぜこんな僻地にプレケスが現れたのか、修二はもちろん他の誰にも分からなかった。


 指令室にいる全員が、目の前にある自分の仕事に必死に打ち込んでいた。

 そうしなければ飲まれてしまいそうだったのだ、自分たちにはもう打てる手が無いという現実に。


「……これは?」


 修二の右斜め後ろにいた女性が、目の前のモニターを見て目を見開いた。


「どうした?」


「タルタロス・システム起動! エクストリテ、コード・ナートゥーラ起動しました!」


 その報告は、少しの希望とそれよりもずっと多くの混乱を指令室に呼び込んだ。

 

「馬鹿な……清水中尉か!?」


「清水中尉はバイタルロスト! 乗っているのは……不明です! 軍に識別コードの登録ありません!」


「なにぃ!? まさか民間人か!?」


「映像、でます!」


 中央のモニターに全員の目が釘付けになった。

 そしてそれは映し出された。

 人類の希望、憎しみと絶望を糧とする黒き反撃の象徴。


 エクストリテ、機体コード・ナートゥーラ。



「動いた……!」


 ナートゥーラのコクピットは円形の全天周囲モニターを採用しており、まるで空に浮かんでいるような感じがする。

 

 真一は特にこれといって特別な操作は行っていない、ただ動けと念じただけだ。

 ただそれだけで機体は動き、空へ飛んだ。


 その時はじめて真一は、男……清水の言っていた言葉が分かった。


 飛び上がった真一の方へ、プレケスはゆっくりと体を向けた。

 凹凸の無い顔が、じっとりと、粘りつくような視線を向ける。

 目も、口も、鼻も、何もないくせに。


 プレケスの背中の光輪は、再び眩い光を放つ。

 その眩しさに真一は目を細める、普通の人間であればとっくに笑みと共に分解されているほどの光。

 だが今はたた眩しいだけだ、その光には何の意味も無い。


「すごい……何も感じない」


 やがて光は虚しく消えた。

 光の効かない命を持ったモノ、人間ではない抵抗する意思を持ったなにか。


 それを前にしたプレケスは、明確な殺意を持った行動に出た。

 背にあった光輪は中心でわかれ、二本の腕となった。


 そしてその右手には、清水の言っていた通りの光の槍が握られた。


 体を少し傾け、それは真一に向かってきた。


 清水の言っていた超高熱の光の槍、絶対に躱さなかればならない攻撃。


 躱せ、躱せ、躱せ。


「躱せ!」


 真一が必死に叫ぶ、その声に応えるように機体背部の大型スラスターと脚部スラスターが噴き機体は右に動き、槍の一撃を躱した。


「……やった!」


 初陣にしては、上手く躱す事ができた。

 だが躱しただけだ、攻撃を躱しても相手は倒せない。


「くっ……そ!」


 真一がプレケスに背を向けて距離を取ると、異形はその後ろをぴったりとくっついてきた。

 彼は知らなかったが、この時のナートゥーラの速度は時速二百キロほど、だがプレケスを引き離す事はできなかった。


「武器……何か武器はないのかよ!」


 真一の言葉に反応し、目の前のモニターにいくつか武器のリストが出た。

 武器の名称が搭載箇所と共に三つほど表示されたが、一つは選べず、もう一つはエネルギー不足の表示が出ている。 


「腕部クロー……これしかないのかよ!」


 彼の悪態はもっともだったが、選択肢が一つしかないのはむしろ幸運だった。

 あれこれと悩む必要が無く、かつ腕部クローがもっとも使い方が単純な武装だったからだ。


 やるしかない、彼は意を決してモニターに触れた。

 モニターには中心部からゲージが少しずつ伸びていき、腕の部分にエネルギーが充填されていくのが分かった。


 使用可能の表示と共に、機体は向きを変える。

 後ろを追って来るプレケス目掛けて彼は行く。

 

「この野郎!」


 プレケスの槍の振り下ろしをギリギリで躱し、右腕部クローが異形の体表を切り裂いた。

 赤黒い液体が切り口から飛ぶ、一撃を加えた彼は再び距離を取った。


「いける……! こいつの攻撃は……あいつに効く!」




 真一がプレケスに一撃を入れた光景は、指令室に届いていた。

 搭乗者は未だ不明のままだが、指令室は僅かな希望に包まれていた。


「すごい……あれに一撃いれたぞ!」


 沸き立つ職員たちと共に、修二も静かに心を躍らせていた。

 先ほどまで部屋を包んでいた絶望は、僅かにだが確実に薄まっている。


「信じられん……また見られるのか……? あれが死ぬところを……」


 彼は一度だけ、人類がプレケスに勝つ所を見た事がある。

 あの時の興奮、歓声、高揚感、あれをもう一度味わえるかもしれない。それを考えただけで、彼の口の端は少しだけ上がった。


「司令! 機体内部データでました!」


「読み上げてくれ」


「機体各所に大きな損傷は無し、融合係数は……七十五……? 融合係数七十五です!」


 数値を聞いた修二は、モニターに映るナートゥーラを見て目を細めた。

 頼もしさとと共に、彼は複雑な心境だった。

 

 エクストリテとの融合係数が高い、それはそのまま敵への憎しみの深さに直結する。

 家族を奪われたか、友人か、それともその全てを奪われたのか。

 どちらにせよ、乗っている人間は深い憎しみと絶望に囚われている。


 それがどれだけ辛い事なのか、苦しい事なのか。

 彼には想像はできても、理解する事はできない。


 一人の人間として、搭乗者の過去を思い、彼は胸を痛めていた。



 いける、真一は確かな手応えを感じていた。

 少しずつでいい、爪が効くなら何度でも攻撃を繰り返し、少しずつでも削っていけばいい。

 そうすれば、いつかは殺せる。


 確実に殺してやる、絶対に殺してやる。

 託された絶望と、抱え続けた憎しみ、あの日失った全ての仇を取るために。


 そこからは一方的な展開だった。

 要領を掴んだ彼は一撃離脱の戦い方を続け、少しずつだが確実にプレケスへのダメージを蓄積させていった。


 勝てる。


 ついに、ついにこいつを。


 殺せる。


 一撃ごと沸き立つ感情、知らぬ間にひきつった笑みを浮かべながら真一は攻撃を繰り返す。

 プレケスは、時折槍を振るがそれは勢いに乗った真一には当たらない。

 のろまで鈍重な動き、彼は負ける気がしない。


 プレケスは体中から赤黒い液体を流しながら、ただ静かにそこにいた。


 その平たい頭を切り飛ばしてやる、そう決意し彼は機体を前に出す。

 

「これで……終わりだ!」


 真一はナートゥーラのクローを、プレケスの首元めがけて振り下ろした。

 

「え?」


 最初は何が起こったのか理解できなかった。

 首元目掛けて振り下ろした一撃、それはかすりもしていなかった。

 やがて真一は、生物としては致命的な鈍さでナートゥーラの腹に、光の槍が突き刺さっている事に気付いた。


 ずぐりとした痛みが、真一の腹を襲う。

 何もないはずなのに、皮膚を突き破り、肉をかき分けて、内臓を押しつぶすような痛みが確かにそこにはあった。


「ぐっ……が……!」


 叫びたい、思い切り叫べれば少しは楽になるのかもしれない。

 だが腹にある重々しい痛みは、彼から悲鳴すら奪い去ってしまった。


 プレケスは突き刺さった槍を引き抜き、ナートゥーラの胸を斜めに切り裂いた。

 その時の皮膚を熱した刃物で切り裂かれるような痛みも、しっかりと彼には伝わっている。


 苦痛に顔を歪め、目の端に涙を溜めながら、彼はもう一度プレケスに立ち向かう。 


「まだ……まだだああああ!」


 勢いは十分にあった、だがそれだけでは覆せない力の差がプレケスと真一の間にはあった。

 攻撃は二度と当たらない、軌道を読まれ距離を取る事すらまともにできない。


 激痛の中で真一は理解した、プレケスがなぜ先ほどまでただ黙って攻撃を受けていたのか。

 プレケスは学んでいたのだ。

 

 攻撃の威力、速度、軌道からナートゥーラの移動速度や距離を取る時の動きやスラスターの噴き具合までその全てを。

 でなければここまで圧倒されるはずがない。


 ボロボロにされた機体はやがて限界を迎え、地面に落ちていく。

 地面にぶつかった時の衝撃は凄まじいものだったが、真一はすでにその程度では何も感じないほどの激痛の中にいた。


「ぐっ……ちくしょう……!」


 やっと勝てるかもしれない、やっと仇をとれるかもしれない。

 そんな希望はすでに打ち砕かれてしまった。


 痛みに呻く真一の目に、モニターに映ったある言葉が飛び込んできた。


『周囲に生体反応有』


 真一が見ると、機体の落ちた近くには避難途中の民間人が大勢いた。

 数はざっと見ただけでも三十人はいる。

 老人や小さい子供のいる家族連れ、誘導していた軍人。


「まずい……まだ……人が……」


 真一は少しでも彼らから離れようとした、このまま自分がここにいれば間違いなく彼らが巻き込まれてしまうと分かったからだ。

 

 そしてそれは現実の事となった。


 真一の上に影がさした、プレケスは彼の真上まで来ていた。

 光の槍は消え、背中の腕は再び光輪の形をとった。


「おい……やめろ……」


 真一はガチャガチャと操縦桿を動かすが、機体はピクリとも動かない。

 

「おい! 待て! 待ってくれ!」


 光輪に光が集まる。

 近くにいた人間たちは、少しでも光から離れようと走り出した。

 子供を抱きかかえ、老人に手を貸し、彼らは生きようと走り出していた。


「くそ! 動け! 動け! 動けよこのくそったれ!」


 すでに輝きは、最高点に達そうとしていた。


「待って……ください。お願いします……」


 その言葉が届くはずはなかった。

 彼が幼い頃に言った時も、あれは聞いてくれなかったのだから。


 無慈悲な慈悲の光が辺りを包む。

 逃げ遅れた人間たちは、光に包まれ笑顔のまま消えていく。


 生きようと走っていた足を止め、偽りの笑顔に顔を歪めて光の中に消えて行った。

 老いも若いも、男も女も関係無く、光の中に溶けて行った。


 みんな消えた。

 服だけ残して消えた。

 生きていた証拠を何一つ残さずに、最初からそこには何もなかったように。


 せめて血だまりでもあれば、そこに人がいたと分かるのに。


「……はは、ははは」


 項垂れていた真一の口からは、笑いが漏れた。


 なんという悲劇、いや喜劇だろう。


 何もできないくせに、あの時と何も変わっていないくせに。

 恨む事しか、絶望する事しかできないくせに。


 少し特別な事ができたから、たったそれだけで自分が変われたと勘違いしていた。

 あの頃と何も変わらない、無力な自分のままだった。

 

 誰も救えない、誰も守れない。

 

 向き合うべきは憎しみでも絶望でもなく、自分の無力さだった。


「そっか……そうだよな」


 何が必要なのか、分かっていたようで何も分かっていなかった。


 必要なのは守るための力じゃない。

 

 敵を殺すための力だった。



「ナートゥーラ……沈黙」


「駄目か……機体状況は?」


「機体損傷率四十パーセント、動けないほど大きな損傷はありませんが……」


「搭乗者の方か……」


 指令室は、再び絶望に包まれていた。


 まだ動く、だがそれはあくまでも機体の話だ。


「ラティオーは?」


「まだです!」


 基地にある戦力ではプレケスに対抗できない、すでに彼らに打つ手はない。

 後はただ光に包まれるのを待つか、援軍が来るまでに自分たちの身体がまだ残っている事を祈るしかなかった。


 全員の顔に絶望の色が浮かんだ時、その沈黙を切り裂くように特大のアラームが鳴った。


「どうした!?」


「これは……ナートゥーラ再起動!」


「なんだと……? あれだけの攻撃を喰らっても精神を焼かれていないのか!?」


「融合係数上昇していきます! 七十七……七十九……八十六! 融合係数八十六! オーバーエイト!」


「まだ戦うというのか……まだ……戦えるのか……!」


 モニターの向こうで、それはもう一度体を起こしていた。



 機体は再び動き出した。

 憎しみと怒り、絶望をくべられた炎は激しく燃え上がっていた。


 地面に落ちていた服を吹き飛ばし、ナートゥーラは再び空へ飛んだ。


 プレケスも目の前に現れた機体から、並々ならぬものを感じ取ったらしく、再び腕を顕現させ、槍を握った。

 

 怒りのまま操縦幹を握っていた真一の目に、プレケスの祈る手が映る。

 背に光の槍を構えた二本の腕、そして祈り続けるもう二本の手。


「いつまで……一体いつまで祈り続けるつもりだ!」


 スラスターが噴く、その速度は先ほどよりも速く先ほどよりもキレがある。

 プレケスは先ほど彼を圧倒した時のように槍を振るう、だがその一撃はもう彼には届かない。


「お前は……一体、何のために祈ってやがる!」


 先ほどまでとは次元の違う動き、生身の人間ならば目で追う事すらできない速度と動きで真一はプレケスの背後を容易くとった。


 振り下ろされた爪は、先ほどよりも深くプレケスの体表を切り裂く。

 そこからは一方的だった、先ほどの意趣返しのように繰り出される攻撃をプレケスは防ぐ事も、躱す事もできない。


「殺す……絶対に殺してやる!」


 真一の目は殺意に満ち満ちていた、今までの彼からは考えられないようなどす黒い殺意。

 彼は怒りのまま、恨みのまま、機体と融合し、自らの内にある黒い感情を全て吐き出していた。


 その時だった、真一の鼻から大量の血が溢れ出した。

 両穴から流れ出た血の量は、明らかに異常だ。


「なんだ、これ」


 その一瞬の隙をつき、プレケスは再び機体腹部に槍を突き立てた。

 融合係数が先ほどよりも高まった事により、彼を襲う痛みは先ほどの比ではない。


「がっ……! あ……ああ!」


 痛みに眩む視界、揺れる脳。

 吹けば飛びそうな意識の中で、彼の怒りは最後の輝きを見せた。


「まだだ……よこせよ……こいつを殺すための力をよぉ!」


 モニターに映る武器、先ほどまでは使えなかったものが使用可能となっている。

 彼は躊躇う事無く、それを使った。


 脚部のスラスターが変形し、二本の腕となった。

 腕はそのままプレケスの祈るための手を掴む、それを引きはがそうとした背中の腕を、元からあった両腕で止めた。


「てめえの……」


 脚腕はプレケスの合わさった両手を、強引に引き剝がしていく。

 

「祈りは……」


 かなりの力で抵抗しているらしく、機体のあちこちからギシギシと軋む音が聞こえる。


「誰も……救えねえんだよ!」


 脚腕は、祈り手を引き剥がしそのまま体から腕を引きちぎった。

 引きちぎられた断面からは、滝のように赤黒い液体が噴き出し地面に落ちていく。


「う……おおおおおおお!」


 その勢いのまま、真一は背中にあった腕も引きちぎった。

 四本の腕、その全てを失ったプレケスの腹に彼はナートゥーラの手の平を押し付けた。


 使えるようになったのは、脚腕だけではなかった。


 手の平からから伸びた太い杭が、プレケスの腹を貫く。

 何度も何度も何度も貫く、恨みを込めて、憎しみを込めて、これまでの全ての絶望を込めて。


「じゃあな……くそ野郎。精々自分のために、祈りやがれ」


 真一は、最後にその平たい顔に杭を突き立てた。

 プレケスは堕ち、地面に触れた瞬間に一本の光の柱と共に欠片も残さず消滅した。


 真一は、コクピットの中で鼻血を流しながら笑った。


「俺……やったよ……父さん、母さん、恵美えみ……」


 そう呟き、彼は意識を失った。

 ナートゥーラはそのまま地面に激突し、その動きを止めた。


「プレケス完全消滅! 繰り返します、プレケス完全消滅!」


「う……うおおおおお!」


 指令室は希望を含んだ歓声が響いていた。

 職員たちは立ち上がり、叫び、抱き合って喜ぶ。

 

 プレケス討伐、これは歴史的快挙といえた。


「やった! よし! よぉおし!」


 修二は今年で四十二歳、だがそんな事はどうでもよかった。

 彼は子供のようにはしゃぎ、一人小躍りしそうな勢いで喜んでいた。


 後ろに座っている部下の女性の笑い声を聞き、顔を少し赤らめてから修二は一つ咳をした。


「浮足立つな! 勝利は喜ばしい事だが我々にはまだ仕事が残っているぞ!」


 妙に上ずった声に、職員たちはクスクスと笑いながら仕事に戻る。


「被害状況の確認、急がせろ。それからナートゥーラの回収急げ、搭乗者の安否が気になる」


「分かりました」


『司令部、応答願います。こちら阿賀達あがたち、現着しました』


 修二の前のモニターから、凛とした透き通るような声が聞こえてきた。芯のある、強い声だ。


「おお! 来てくれたのか、わざわざ来てくれてすまないが……プレケスはすでに消滅した」


『消滅? まさかこの基地のエクストリテが? ですが情報では撃墜されたと』


「まあ色々あってな。そうだ、すまないがナートゥーラの回収をお願いできるか?」


『分かりました、座標の方お願いします』



 阿賀達は、送られた座標へ向かう。

 そこには、破壊された建物群と瓦礫の中に沈むナートゥーラの姿があった。


「あれがコード・ナートゥーラ……最初のエクストリテ……」


 彼女はゆっくりと降り、ナートゥーラに近づく。

 通信を試みたが、通信設備が壊れているらしく会話は叶わなかった。

 

 仕方なく、ラティオーの腕部からワイヤーを射出する。

 ナートゥーラの胸に、磁石でワイヤーが貼りついた。


「生きてますか?」


 真一のいるコクピットの中に、彼女の声が響く。

 失われていた意識が、ゆっくりと戻って来た。


「こちらラティオー、ナートゥーラ聞こえますか?」


「あ……ああ、聞こえてるよ」


 その声に阿賀達は驚いた。

 以前見た記録では、ナートゥーラの搭乗者は大人の男性だった。

 だが聞こえてきたのは若い男の声、それも自分とそう変わらない年齢のように感じる。


「あなたが搭乗者? 記録と違うみたいだけれど」


「色々……あって」


「そう、とりあえずお疲れ様。さっそくで悪いけど、あなたを基地に連れていくわ。後は上層部が判断するでしょうから」


「そうか……」


 ラティオーはナートゥーラを抱き上げると、空へ飛び基地の方へと進みだした。


「これからどうなるのかな……」


「それは分からない。ただエクストリテを動かせる、それは十分あなたの価値になるはずよ」


「そうか……」


 これから自分がどうなるか、真一にそれを考える余裕はあまりなかった。

 ただひどく疲れて、今すぐ眠りたい気分だった。


「ねえ、あなたプレケスを殺したんでしょ?」


 声が聞こえた、ぼんやりとした頭でもなぜかスッと入ってくるような声だ。


「ああ」


「気分は?」


「……最高だよ」


「でしょうね」


 嬉しそうな声が聞こえた。

 その声を聞いて、真一も小さく笑う。

 気分はこの上なく良い、思わず笑ってしまうほどに。


 反撃の種は芽吹いた。

 祈りを否定するための準備は整った。

 笑って死ぬ事に意味はない、笑って生きるために彼は戦い続ける。

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