第7話 意味との比較において音が先行することに関する説明
果てしなく続く雪原の中を、ドルスは歩いていた。一面に広がる銀世界。所々に転々と針葉樹が立っているものの、それらが生きているのか否か、彼には判断することができなかった。一応、生えているように見えるから、まだ生きているのだろう。それに、きっと寒さに強い種であるはずだという推測が、その判断を補強した。生きているのか否か外観からでは分からないというのは、人にも共通する特徴だ。
足先は大分冷たかったが、まだまだ歩けそうだった。普段は図書館に籠もってばかりいるが、運動能力には昔から自信があった。特に日頃からトレーニングを積み重ねているわけではないが、長時間の歩行くらいなら遂行することができる。この点については、実はメンタルが非常に大きく関係している、とドルスは自己分析していた。長時間歩くのも、長時間本と向き合うのも、根本的には変わらないからだ。
隣を歩くジュークボックスも、まだまだ元気そうだった。気を遣ってときどき確認をとると、ジュークボックスは決まってグッドサインを返してきた。そういう仕草をするように設定されているだけかもしれないが、それでも、そういう動きを見せられると、自然と元気になるものだ。
人間も、また、特定の形式に反応するようにプログラムされた、一つのシステムにすぎない。
片方の腕にぶら下げたFMラジオから、先ほどからずっと隕石衝突に関する情報が流れていた。放送している者は、普段からDJを努めている者ではないらしい。そういう特定の組織に所属している人間は、上からの命令ですでに避難してしまったので、電波を拝借して代わりに放送していると話していた。嘘か本当かは分からないが、何らかの手がかりが得られるのであればそれで良い、とドルスは思う。もちろん、その情報すら嘘である可能性もあるのだが……。
その情報、というのは、どの情報を指しているのだろう?
電波を拝借して、代わりに放送している、という情報だろうか?
隕石衝突そのものに関する情報だろうか?
それとも、それらを含めた、そのテクスト全体だろうか?
前方から、冷たい風。空は陰り始めているが、まだ明るい。
本当は、ラジオから情報を得るまでもなく、現在どの程度の被害が生じているのか、ドルスには分かっていた。なぜなら、肉眼において、頭の上を通過する隕石がいくつも確認できたからだ。幸い、それらはこの辺りを通過するだけで、彼が歩いているすぐ傍に落下するなどということは、今のところはない。けれど、いつ被弾してもおかしくはなかった。そのときには、ジュークボックスが助けてくれるだろうといった、甘い考えでドルスは歩いている。それは何も今に限ったことではない。彼の人生そのものが、常にそうした姿でありえたのだから。
「寒いね」曇った眼鏡を外して、ドルスはついそう口にした。手袋を嵌めた手でレンズを拭う。
彼の声に反応して、ジュークボックスが反応した。
〈ソウデスカ?〉
その反応にさらに反応し返して、ドルスは話す。
「うん、かなり」
〈ワタシニハ、アナタヲアタタメルシュダンハ、アリマセン〉
「それはそうだろう」ドルスは頷いた。「でもね、こうやって一緒に歩いてくれるだけで、幾分心が温まるというものだよ」
〈ソレハ、ナゼデスカ?〉
「うーん、なぜだろう……。ともかく、人間は形式に弱いってことかな」
〈ケイシキトハ?〉
「うん、まあ、つまり、そうあるべき姿、とでも言えるかな……」そう口にしてから、それでは全然説明になっていないことに気がついて、ドルスは補足説明を行った。「人の行動には、それなりの意味があるって考えるのが普通だけど、実際はそんなことはないんだ。それなりの意味すらない。それは形式でしかないんだ。受け手は、その形式に対して過剰に反応する性質を持っている。送り手が想定していた以上の意味をそこから見出してしまうんだ。そういう相互的な過剰な意味の推測のうえに、人と人との関係は成り立っている。また会いましょうと言われると、本当にまた会えるのか否かということは別として、ともかく嬉しくなってしまう。その形式を見ると嬉しく感じるようにできているからなんだ」
〈ワタシハ、ケイシキダケシカナイ、トイウコトデスカ?〉
「まあ、要約すればそうなるね」
〈ワタシハカナシイ〉
「そう言われると、こちらも何だか申し訳ないような気持ちになってくる」
〈ソレガ、イマ、アナタガセツメイシタコトデスネ?〉
「そうそう」
日が暮れたはずの空が、とても明るい。降ってくる隕石の数が増加しつつあった。確実にこの星を滅ぼそうという魂胆らしい。それが誰の魂胆であるかは分からない。たぶん、本当は誰の魂胆でもないが、勢い盛んだから、そういうふうに思ってしまう。
リ・ドゥはどうしているだろう、とドルスはふと思いついた。
おそらく、どうもしていないだろう。
また、アルコールを摂取しているかもしれない。
そんなことを思いついた自分が面白くて、ドルスはマフラーで隠れた口もとを少し緩めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます