【短編】勇者はヤンデレ魔王に監禁された 〜クエスト:婚約者であるお姫様の元へ帰るために、魔王城から逃走せよ〜
渡月鏡花
第1話 蝶のように舞い、蜂のように……
二人の影が衝突した。
その瞬間、衝撃波が半壊した魔王城の壁をさらに深くえぐった。
「魔王……これで終わりだっ!」
「勇者、私のものになりなさいっ」
息を整えた二人は互いに最後の力を振り絞った。
勇者と呼ばれた黒髪の青年は、聖剣に魔力を込めた。
魔王と呼ばれた赤髪の美女は、吸血鬼の力を込めた。
大きな爆発音が鳴り響いた。
そして——青と赤の光が、周囲を覆った。
▽▲▽▲
混濁しているが徐々に自分の置かれている状況というやつを思い出させてくれた。
視界に入り込んできた天蓋は、一瞬だけどこかの高級宿かと錯覚した。
しかし、それが単なる錯覚であることは分かりきっていた。
そう、横でモゾモゾとする気配がしたから、ここがどこかの宿に滞在していないことは明らかだ。
シーツを捲ると——紅のネグリジェに身を包み、いや正確には色白い肌が露出している女が気持ちよさそうに眠っていた。
「——ん」
——なんで、魔王であるこいつと同衾しているんだよっ!?
てか、俺が目を覚ましていることに気がついていないようだ。
すやすやと豊満な胸が上下に動いている。長いまつ毛や小さな桜色の唇、色白い頬はどこにでもいる女の子のように思えた。
わずかに「うーん」という艶かしい声と共に寝返りをした。
おそらく、急に明るくなったから、自分自身を覆う光から逃げたいのだろう。
それと同時に無意識だろう。
めくったシーツを取り戻そうと、空中に手を伸ばしているが、空を切った。
——こうしていると、可愛い女の子じゃないか。
いやいや、俺は何を考えているんだ。
「おいっ!」
「……ん?」
「起きろっ!」
「……?」
モゾモゾと眠たいまなこを擦って、魔王——テア・フェアローレスははだけた格好でちょこんと座った。赤い瞳が俺の姿を捉えたようだ。
「魔王っ!何を考えているっ!」
「おはよう、ヘルト♡」
「気安く、名前を呼ぶなっ!」
「何を怒っているの?」
キョトンとした表情で、魔王はちょこんと首を傾げた。それに呼応するように、なぜか深紅から漆黒へと変わっている長い髪がサラサラと靡いた。
「この状況を説明しろ」
「うーん……私がヘルトのことを手に入れたこと?」
「はい?」
今、この魔王はなんと言っただろうか。
俺のことを手に入れたとかなんとか意味不明なことを口走ったような気がした。
「だから、魔王である私——テア・フェアローレスが、勇者であるキミ—ヘルト・ヴォートルを手に入れましたっ!」
なぜかドヤ顔で魔王は勇者である俺の身柄を拘束した宣言をした。
マジで意味がわからないのだが……。
▽▲▽▲
どうやら俺は、現在、魔王城に軟禁されているようだ。
俺と魔王は、三日三晩の死闘を繰り広げた。
正確には俺たち勇者パーティと魔王とその幹部たちが闘った。
何にしたって、俺は最後の力を込めて、蝶のように舞い、蜂のように魔王へと攻撃を仕掛けた。
当然、魔王もそのまま黙って攻撃を受けるはずもない。
魔王は吸血鬼としての能力を発揮した。
膨大な魔力が周囲を破壊し、俺たちは衝突した。
その時の光景は朧げだが、覚えている。
聖剣に魔力を込めて、魔王の心臓を突き刺した……はずだった。
それにもかかわらず、どうやら俺は魔王に負けたらしい。
……いや、『らしい』などと曖昧な表現は大人気ない。
認めよう。
そう、負けた。
そしてなぜか俺は殺されずに生きている。
いや正確には、生かされていると表現した方が正しいのかもしれない。
まあ、軟禁というか、飼い殺しというか、魔王城で怪我の回復までの間、面倒を見てもらっているような気がしなくもないが……。
いずれにしたって、不本意であるが、傷も完治していない今の状況では、むやみやたらと魔王と敵対するような行動をとるのは得策ではないだろう。
だからこそ、現状を受け入れるしかない。
とは言っても、ここで問題が生じる。
一体全体、パーティのみんなはどうなったのか。
魔王との戦いの前に四天王とやらとそれぞれ対峙していたはずだ。
剣士のエパスパーダ、聖女のラヴィー・プルフェ、魔法使いのスクレは、それぞれ四天王と対峙していた。
四天王と称してはいたものの、なぜか三人しかいなかったのだが、まあ、そこら辺の細かい話は置いておこう。
それで問題はそこからだ。
どうやら魔王は人類——いや正確には俺と闘う意志がないらしい。
「だって、私……ヘルトのこと好きになっちゃったんだもん」
などと頬を朱色に染めて、チラチラと視線を逸らした。
……調子が狂うではないか。
いやいや、騙されるな。
これは俺を油断させておいて、実はすでに人類を滅ぼすための計画を秘密裏に進めているのかもしれない。
などと考えていたら、いつの間にか、心配そうに俺の顔を覗き込む魔王の端正な顔が目の前に現れた。
「ねえ、ヘルト?」
「いや、なんでもない……って、さりげなく名前を呼ぶな」
「ぶー」とフグモンスターのように頬を膨らませて、「別にいいでしょ」と魔王は抗議の声を上げた。
「よくないっ!俺とお前は——」
トントン、と扉が静かにノックされる音が俺の声を遮った。
くっそ、タイミング悪い。
「どーぞ」と魔王が返事をした。
「……お嬢様、お時間です」とメイドが一礼した。
「うーん」と答えになっていない返事をして、魔王はチラッと俺を見た。そして、「ごめんね、執務があるから」と言って、はだけたネグジェリを翻して、ベッドから立つ。
「……」
「後は、メイドのテラに何かあったら言ってね」
それから、魔王はテラさんに何かを耳打ちしてから、もう一度俺へと振り返った。
濁った瞳が俺のことをじっと見た。
そして、口元にわずかな笑みを浮かべて、魔王は念を押すように言った。
「それと……逃げ出してもいいよ?」
「そうかよ。だったら、遠慮なくそうさせてもらうぜ」
「でも——私、ヘルトのこと逃がさないからね?」
——っ!?
寒気が俺の身体を襲った。
魔王の赤い瞳が不敵に細められた。
とりあえず、逃げるにしても準備が必要そうだ。
何よりも現在の状況を整理する必要もある。
特になぜ魔王が急に俺のことを好きだなんて意味不明な言動をとるのか。その理由だってわかっていないだから……。
そんなことを考えていたら、すでに魔王は部屋から出ていくところだった。
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