第三話 水面下の抗争 3

「だからさー、ホントに噂になってるんだって。停学処分明けの不良生徒・赤坂秀彰クンとバイオレンス美人教師・真田煉華センセとの禁断の恋話コイバナがね」

「はぁ? なんだそりゃ?」


 それは中間考査が終わって、一週間後の放課後のことだった。


 秀彰が日課となった特訓を受けようと真田が待つ宿直室へと赴こうとした矢先、何故か出入り口前で待ち受けていた信吾に教室へと引き戻され、今に至るというわけだ。


「オレも最初は信じられなかったんだけどねー。だって相手があの真田センセだろ? いくら恋愛のレの字も知らない純情少年の秀彰君でもさすがにそれは無いんじゃないかって思ってさー」

「悪かったな、どうせ俺はロクな青春送ってねぇよ」


 フンと鼻息一つ吐き出すと、秀彰はそっぽを向いた。ここでモテ男の嫌味を聞かされる筋合いは無い。無駄話はさっさと終わらせろと、敵意を込めた強い視線を投げてみせるも、お調子者の信吾にはまるで通じていないようだ。


「まぁまぁ落ち着きなよ。それよりどうしてオレがその話を信じたと思う?」

「知らねーよ。どこぞのゴシップ好きな女子にでも吹きこまれたんじゃねーのか」

「まっさかー。オレってこう見えても情報の裏取りには人一倍うるさいんだぜ。いくらセンセーショナルな特ダネでも裏が取れなきゃただの放言。今回の件だってちゃんと証人から直に話を聞いたんだよ。それも意外な人物からね!」

「いつになくエンジン全開だな、お前は」


 ハイテンションのまま話し続ける信吾は自席の椅子をくるりと回転させると、まるで共有領土だと言わんばかりに秀彰の机に両腕を置いた。どうやら立ち話で帰らせる気はないらしい。秀彰は溜息を一つ吐いてから自席に座ると、気怠げに肘を付いて悪友に面と向かい合う。友人のくだらない痴話如きでここまで目を輝かせるとは、羨ましいやら可哀想やら。


 秀彰がチラリと何気なく視線を上げると、壁時計の針が目に入った。そろそろ真田と約束していた時間が来る。


(今回ばかりはアンタも原因の一端を担ってるのだから、遅れても説教は勘弁してくれよ)


 不意に脳裏にチラついた真田の怒り顔に向け、秀彰は心の中で軽く詫びる。


「と言うわけでこちらは重要参考人として証人を招致しまーす。文子ちゃ~ん、出番だよ~?」

「は、はいっ!」


 唐突に信吾に呼ばれた中川がビクリと背中を強ばらせつつ、秀彰の方を振り向いた。どうやら信吾は前もって中川と打ち合わせをしていたらしい。相変わらず傍迷惑な野郎だと、秀彰の瞳が細まる。


「ほらアレ、真田センセ絡みの話なんだけどさ、コイツの前でもう一回話してくれるかな? 秀彰ってば自分に都合の悪いことは頑なに認めようとしなくって、困ったもんだよねー」

「困らせてるのはお前の方だろうが」

「ね、こんな風にはぐらかせてばっかりなんだ。卑怯だろ?」

「ぐ……コイツは……っ」


 言うに事欠いて卑怯者扱いする友人に、秀彰はぶん殴りたくなる衝動を必死に堪える。今の信吾に何を言っても無駄だ。そう判断した秀彰は代わりにオドオドと近付いて来る中川の方を見る。


「……証人?」

「そ、そうですっ!」


 秀彰が軽く指差しながら尋ねると、思いのほか力強い同意が返ってきた。てっきり信吾からあることないこと吹き込まれているだけだと思っていたのだが、どうにも事情が違うようだ。


 少し戸惑いながらもわりと話したそうにしている中川を見て、秀彰はとりあえず彼女から話を聞いてみることにした。


「無理に話さなくてもいいんだぞ。中川には黙秘権がある」

「却下。その権利はオレが剥奪しました」


 にゅっと横から顔を出した信吾が両手でバツ印を作りつつ、偉そうな事を言い放つ。一体何様のつもりなのかと、秀彰の中で怒りが呆れに変わり始めた。


「は、話してもいいですか……?」

「あぁ、もういっそ気が済むまでぶち撒けてくれ」


 一方で中川は捨てられた猫のように、自信なさげな視線を投げ掛けてくるので、秀彰はそう答えるしかなかった。


「お、おほん……あれは中間考査が始まる前の事でした」


 なんだか長引きそうな語り出しだが、本人は至って神妙な面持ちをしている。要点だけで良いのにと思いつつも、ここは水を差さずに黙って聞くのが吉だろうと、秀彰は押し黙った。


「その日私は文芸部に所属している友達に用事があって旧校舎へ立ち寄っていたのですが、用事を済ませていざ帰ろうとしていたら宿直室の中から赤坂くんと真田センセが現れて、そ、その……手を繋ぎながら何処かへと向かわれていました」

「んなっ……!?」


 まさかの目撃談に無反応を貫こうとしていた秀彰の口から、思わぬ間抜けな声が漏れた。内容から言って、真田に呼び出されて勘違いのまま殺されかけた時の事だろうが、それを中川に見られていたとは。


「ほっほーう、それは本当なんですかぁ? 中川さん、貴女のその目で確かに見たんですかぁ?」


 真面目な委員長がつまらない嘘など付くわけがないと知りながら、信吾はわざとらしく追求する。秀彰は急に痛み出した頭を押さえつつ、指の間からそっと中川の顔色を窺ってみる。


(手を繋いだんじゃない。あれは真田センセに無理やり引っ張られていただけなんだ。どう考えても誤解だ。クラス一の秀才である中川ならきっと見抜けるはずだ。なぁそうだろ。そうだと言ってくれ。頼むから)


 そんな数多の祈りの念を懐きつつ、秀彰は彼女に熱い視線を送ってみる。すると向こうも秀彰の熱意に気付いたのか、大きく首を振って頷いた。


「ま、紛れも無い事実ですっ!」


 直後、秀彰はがっくりと肩を落とした。その落胆ぶりたるや筆舌に尽くし難く、ずるずると萎れた海藻のように机の上に顔を突っ伏しては、この世の終わりを悟ったかの如く両腕をだらりと垂れさせた。


「被告人赤坂秀彰、汝に私刑を言い渡す」

「不服だ、即刻異議を申し立てる」

「駄目です、却下します」

「んだと信吾っ、テメェ何様だこら!」


 秀彰は椅子から勢い良く立ち上がると、エセ裁判長こと信吾の服を掴んで床に押し倒した。それでも信吾は愉快な笑いを貼りつけたまま、慌てる素振りすら見せない。なめやがって、この野郎と、秀彰の鼻息が荒くなる。そろそろ本気で痛い目を見せないと彼の腹の虫が収まりそうにない。


「あは、あははっ、照れることないじゃないかー、秀彰ぃ。水臭いぜー。オレは相手が誰であろうと応援するよー、頑張れー」

「とか言いながら完全に気のない返事してんじゃねーか! そもそも問題はだなぁ――」

「ふ、二人とも、今は落ち着いて……っ」


 遠巻きに誰かの心配そうな声が聞こえたが、頭に血が昇った秀彰に引き下がる気はない。普段から調子に乗ってるクソ野郎にはこの場で一度お灸を据えておかねばと、俄然ヒートアップしていく。


「お前だって知ってるだろ、あの鬼婆ァの性格をよ。何かにつけて無茶を強いるわ、ちょっと反論しただけで容赦なく暴力振るうわ、そのくせ、歳のワリに子供じみた真似ばっかりするわ――」

「なんだよそれー、お前意外と真田センセの事見てんじゃーん」

「だ、だから今は駄目ですって……ひっ、ひえええ……っっ」


 急に誰かの制止する声が消えた。しかし、何か不測の事態が起きたのだと察する余裕は今の秀彰には存在しなかった。


「俺に恨みでもあるってのかよ、クソっ! 事あるごとに半人前扱いした挙句、鞭ばっかり振るいやがって。優しさのない教育はホントに教育なのか、調教の間違いじゃねぇのか。この前だって宿直室であのババ――」

「威勢が良いねぇ、赤坂ぁ。いやぁ若い若い。そりゃアタシみたいな『ババァ』とは気力も体力も違うってモンだよねぇ」


 ポンと肩に手を置かれ、耳元で囁かれたその聞き慣れた声に、秀彰の背筋が一瞬にして凍りついた。眼下に組み敷いた信吾の顔はいつぞやみたく笑ったまま硬直しており、つい先程まで盛んだった周囲のざわつきも今は水を打ったように静まり返っている。


 秀彰は機械仕掛けの人形になった気分で、ギギギとゆっくり首を後ろに廻した。背後に立つ真田はニコニコと目を細め、笑っている。この人が満面の笑顔を浮かべている時はすなわち、不倶戴天の敵を見つけた時だと秀彰はここ数日間の訓練で知っていた。それゆえ美しき笑みの裏側には隠し切れない殺気が込み上げており、それらが全て自分目掛けて発せられていることを秀彰は否応なく感じ取る。


「さ、真田……センセ?」

「約束してんのにアンタが中々来ないからさ。心配して迎えに来たんだけど――フフ、予想以上に面白いコトやってんのね」


 ターゲットが秀彰だと判明した途端、他のクラスメイトは蜘蛛の子を散らすように壁際へと退却した。ふと周りを見渡すと、近くに居たはずの信吾と中川も二歩三歩と遠ざかっている。なんという素晴らしい状況判断力だろう。


 などと秀彰が他人の心配をしている間に、真田の顔が菩薩から鬼へと変わっていた。平手から拳へ、ギチギチと効果音が聞こえてきそうなほど力強く握られているのは、見間違いであって欲しかった。


「べぇつにー、アタシとしちゃあどっちゃでもいいんだけど~? いつ止めたって構わない関係だし~? アタシのやり方に不満があるなら面と向かって言えばいいじゃん。それとも利用するだけ利用して、後はポイってのが赤坂の理想の付き合い方なのかなぁ?」

「……人聞きの悪いこと言わないでください」


 ただでさえ虚偽の噂が広まっている渦中なのに、この人はわざと観衆の心を煽るような物言いをする。お陰で遠巻きに眺めるクラスメイトの中からは、悲鳴にも似たリアクションが聞こえてきた。


(嫌がらせか。青春がどうとか説いておきながら、俺にまともな学校生活を送らせる気ないだろ)


 だが、現状絶対的に非のある秀彰には、真田を弱々しく睨みつけることしか出来ない。


「ま、いいさ。大人の寛大な心で許してやろうじゃないか。ところで一つ、確認しておきたいことがあるんだけどさ。ねぇ赤坂ぁ、アンタはアタシにとっての、何?」

「……駒です。使い捨ての」

「そういうこと。フフン、分かればいいのよ。分かればね」


 そう言って真田は肩に羽織ったスーツの上着を翻しながら、堂々と退室した。その背中に悪態を吐きながら、秀彰はその後を追いかけようとして、一旦振り返った。


 視界の先には呆気に取られた顔をした、二人の友人が並んでいる。


「これで分かっただろ、信吾、中川。俺とセンセは二人が思っているような関係じゃないって」

「あ、あぁ、うん。すごく分かった。秀彰も苦労してんだなーって」

「私も……勝手な憶測で決めつけて申し訳ありませんでした」


 珍しく信吾が悪びれた様子で同意し、中川に至っては心底申し訳無さそうな顔で頭を下げている。とりあえず誤解が解けたようで秀彰は安心した。


「それじゃ、俺は真田センセとの約束があるから」

「頑張れよ、秀彰。何をされても負けんじゃないぞー!」

「赤坂くん……ぐず……っ、強く生きてくださいね……」


 二人から惜しまれつつも、秀彰は後ろ手を振って教室を後にした。ちなみに後日、秀彰と真田との噂が悪い方向にエスカレートしてしまったのは言うまでもない――。


   ※


 光届かぬ暗室にその少年は幽閉されていた。足元には数日分の惣菜パンと牛乳パックが無造作に投げ置かれている。部屋の奥には穴だらけのベッドがあり、仕切られた空間には汚らしい簡易便所もある。極悪人を収容する牢獄にしては些か待遇が良い。監禁と言うよりは、軟禁だった。


「ふぁああああああああ~~~」


 窮屈な場所に閉じ込められてもなお、少年の自由奔放な性格に変化はないらしい。飽きるくらいに寝たとばかりに、彼は大口を開けて豪快な欠伸をしている。退屈で死にそうだった。


 鍵付きの格子へ視線をやるが、玩具になりそうなモノは何一つない。素行を監視する看守すらいないのだ。その気になれば脱出する事も容易いだろうが、さすがに自分を庇護してくれる組織を敵に回すほど、少年も愚かではなかった。


 幸運なことに彼には縋るべきアテがあった。それはこの窮屈な暗室に押し込まれた際に、とある幹部が囁いた言葉にある。


『くたばりとう無かったら大人しくしておれ。まぁ、さっさとくたばってくれても儂の仕事が減るだけじゃがの』


 それを信じ、少年は柄にもなく雑多な時間をこうして無為に潰し続けていたのだ。


「つまんないなぁ……もっかい寝よ」


 背面からベッドに飛び込み、スプリングを大きく軋ませた。天井を見上げても昼か夜か分からない。窓もない。考え込めば鬱屈するだけだ。


「ま~だっかなー、さっさと来いよ~クソジジイ~~♪」


 口笛混じりに歌を歌い、来客を待つ。すると神懸かり的なタイミングで上階からコツコツと階段を降りる音が聞こえ始めた。少年は期待に胸を沸き立てながらも、悟られぬよう平常心を保とうと試みる。それでも転がり出るような笑いを我慢し切れず、口端は不自然に震えていた。


 足音は暗幕に閉ざされた牢屋の前まで近付き、ひたと止まる。


「どうじゃ瀬能の、此処での生活は愉しいかえ?」

「んなワケないじゃん、おっそいよ~柳ぃ」


 自分では恨み文句を言ったつもりが自然と甘えた口調になっていることに、少年は気付かなかった。柳は気色悪さに身震いした後、牢屋の扉に手を添えた。金具が擦れる音が響き、扉が開く。


「ム、なんじゃその面構えは。もっと絶望然とした顔を期待しておったと云うのに。ほんにつまらぬ男よのぉ、お主は」

「だったら柳が此処に入ってみればいいじゃん」

「ぬかせ。儂ならこの程度、一分あれば抜け出せるわ」

「ちっ、やっぱその能力、ズルっこいよね~」


 柳に手を引かれ、少年――瀬能亮太が懲罰房から抜けだした。


「それでボクは何をすればいいの?」

「ククク、珍しく物分かりが早ぃの、助かるわい」

「レーケツニンゲンの柳が人助けなんて絶対、ぜぇ~~たいするわけ無いからね」


 人差し指で瞼を下に引っ張り、べっかんこうをしてみせる瀬能だが、柳は素知らぬ顔でスルーする。冷血人間と呼ばれる事に対しての不満は無いらしい。


「なぁに簡単な事じゃ。此処を抜け出し、適当な場所で暴れてくるだけでえぇ」

「ふーん、それって鳳様の命令?」

「阿呆が。それなら儂の代わりに世良のが出張るに決まっておろう。はぁぁ、やはりお主は察しが悪いのぉ」

「むううう、褒めたと思ったら馬鹿にして、どっちなんだよぉ。ガッコー行ってないボクが難しい事考えられるはずないだろ……」


 瀬能は頬を膨らませながら、精一杯に抗議する。学校という単語を発する際、無邪気な瞳に一縷の陰りが生じたが、所詮は使い捨ての駒としか見ていない柳には気付くはずもない。


「ま、何だっていいよ。ここから出られるならさ。言っとくけど、柳の思ってる以上に暴れたからって文句は付けないでよね」

「儂が思っている以上じゃと? するとこの街丸ごと粉々にする気かえ?」

「へへ~、それはそれで愉しそうだね♪」


 瀬能はニカッと笑ってみせる。しかし、対する柳の表情は険しい。その理由は瀬能の身体にあった。およそ一週間、風呂場のない密室で監禁されていたため、瀬能の髪は整髪料を付けたようにべっとりとしており、近付くと耐え難い悪臭を放つせいだ。


 柳は鼻を摘みつつ、空いた手で瀬能の首根っこを掴むと忌々しげに囁いた。


「――来い、あかん坊」

「わっ、ちょ、ちょっとぉ、引っ張らないでよぉ!?」


 そのまま瀬能の身体を地面に擦りつけるようにして引きずりながら、地下の一角まで運んでいく。通路の突き当りの右手側、木製の壁に仕切られた空間に彼を投げ入れると、柳は手元の蛇口を捻った。数秒後、瀬能の頭上目掛けてシャワーの水が降り注ぐ。


「んぶっ、ぅわっぶっ、な、なんだ、何がしたいんだぁ!?」

「はよぅそのボロ切れ同然の布を脱げ。儂の大事な鼻をひん曲げる気か」

「はぁぁぁ?? ……あぁ、そういうコト」


 濡れネズミになった瀬能は目を見開いたが、柳の意図を理解して納得した。水分を含んで重くなった上着をタオル代わりにして、全身の垢を洗い落とす。


 シャワーの水が止まると、今度は本物の乾いたタオルが柳から投げ渡された。


「替えの服は此処に置いておる。それを着ていけ」

「うげぇ、どうしちゃったのさ柳ぃ。気持ち悪いくらいに優しいじゃん」

「黙っとれ。次はお主の鮮血でシャワーを浴びせてやろうか?」

「はいはい、感謝してますよ~だ」


 鞘と刀身の擦れる音を聞いて、瀬能は口を噤んだ。


「お主の失態は全くもって擁護出来ん所業じゃが、結果的に特行側はロクな成果も挙げられず、無駄な出兵を強いられた。世間様の目もあるからの、そう何度も派手に立ちまわることは難しいじゃろう。故に――動くなら今が絶好の機会」

「……鳳様に叱られても知らないぞ~、ボクは」

「カッカカ、心配無用。いざとなれば世良のが助けてくれるじゃろうて。なにせあ奴はお主の親代わり、子の責任は親が取るものよ。好む好まざるに関係無くのぉ」


 乾燥したタオルで身体を拭き終えた瀬能は、柳の用意した服を見てげんなりした。


「これって、柳とお揃いのタイプじゃん……うげえ」

「悪かったの。生憎と儂はこの古式ゆかしい装束しか持ちあわせておらん」

「服の趣味まで古臭いんだから……ん、んんぅ? あれ、これどうやって着るんだ……?」

「何を遊んどるんじゃ。近頃の若者は着物すらまともに着れんのか」


 柳はさも面倒くさそうにしながらも、瀬能の着付けを手伝ってやった。やや丈が余ってしまったが、瀬能は満更でもなさそうに袖の感触を確かめている。文句を垂れつつも、それとなくポーズを取ってみせる辺り、瀬能も気に入っているようだ。


「えへへ、結構似合ってたりする?」

「潰れた履物のせいで台無しじゃが……まぁ良いわ」


 凶悪な笑みを浮かべる二人。共通しているのは血に飢えた獣の性質。柳はこれから起きる殺戮に期待し、瀬能はこれから始まる遊戯の予感に狂喜した。


「くひひ、んじゃ行ってくるよ」

「応よ。存分に暴れてくるが好い――『悪魔の』よ」


 軽やかに階段を駆け飛ぶ音に遅れて幼き奇声が暗所に残響する。人の形を成す『悪魔の仔』が再び動きだした――。

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