デイジーにささやいて

いすみ 静江

✿1 中一の四角関係

 羽生はにゅう志澄香しずかは、放課後の教室であかね色に染まり、静かに、マンガ、『デイジーにささやいて』を一巻から読んでいた。

 後ろから、頭にぽふんとその最新刊を受け取った。

 ふんわりといいかおりに包まれて、顔がぽーっとなった。

 羽生は、こんなことをするのはあの人ではないかと、本を胸にだきながらふり向く。

 上背うわぜいのあるじんうみからだった。


「ま、また変なことをして。神くん。だれか見ているわ。それに、ここは中高いっかんあい中学校の中一まつよ。うめ組にもどらないとね」


 羽生の短い前がみ、高く結ったこしまであるお人形のようなつやつやの黒かみ、グレーにピンクリボンのセーラー服までもが、教室の窓からふく風にふゆりふゆりとゆれていた。

 赤いふちのメガネが羽生のヒトミをかくしている。


「志澄香さんよ、だいじょうぶ。オレみたいにハンサムなのかんげいされるから」


 神は、耳にかかるサラサラの茶のかみを無造作にかき上げ、学ランのえりをゆるめ、羽生の机に片手をつきながらそのヒトミを見つめる。

 羽生は、神のヒトミにうつるのがこわいけれども、気持ちを知られるのはもっとこわいからと、ガマンした。

 ぷるぷるとかたをふるわせ、虫歯が傷むようなポーズで、困ったわーとため息をつく。


「そんなにオレを愛している?」


 ジョークでいじめられてると思い、ほおを赤らめてうつむくしかなかった。


「なあ、志澄香さん。『デイジーにささやいて』、この四巻を読んだ? 何だかこわくなかった?」

「ん? こわいって……。私は、最新刊をおうちに帰ってから読むから」


「ああ、まだ買ってなかったのか」

「これ、借りてもいいかしら?」


 OKサインを神からもらった。

 羽生は、ふふっと笑みをこぼした。


「よかった、やっと笑ってくれて」

「泣いたりもおこったりもしていないもん」


 羽生と神の二人っきりで窓の外を見ると、愛中学校の文化祭、愛中祭あいちゅうさいもひかえた十月の夕暮れが愛おしかった。


「あかね色がきれいね……。神くん、いっしょに帰ろうね」


 愛おしい時からはなれようとした時、神は、黒板側からかたをたたかれた。


「ここ、ジュリの席なんだけど!」


 愛原あいはらジュリが、ボーイッシュなショートの赤みがかったかみで、ツンツンと鼻を上に向けていた。


「ああ、悪い」


 神が、そのまま席を返した。


「帰るなら、ジュリと帰ってよ!」

「同じマンガ部での有志ゆうし、『デイジー!』でも、ジュリさまには南条空なんじょう そらくんがいらっしゃる。オレはえんりょするよ」


 神は、かたをすくめた。


そらっちは、このごろ、ジュリによそよそしいのですけど!」


 愛原は、語気をあらくしながらもどこかさみしそうだと、羽生は感じた。


「三人で、帰りましょうよ、ジュリさん。空くんは、今度の文化祭用の台本でいそがしいみたいだわ」


 中一四人のグループ、『デイジー!』のために、一人でこもって台本を書いている南条の背中を知っているのは、羽生だけだった。


「あの、『デイジーにささやいて』の二・五次元にてんごじげんぶたい化? へー、南条はがんばっているんだな。よし、オレらで、このまま『デイジー!』に寄って行こうか」


 放課後は、中一梅を『デイジー!』の活動場所にしんせいしてある。

 教室の前に立ち止まると、ジャンガリアンハムスターがいるかのようなカリカリとした音が小さく続いていた。

 南条だ。

 羽生と神がノックをためらっていると、愛原は、けたたましく入って行った。


「空っちー! 今日も愛しているかーい?」

「おおおお、おう。ジュリちゃんじゃないか」


「何、びくついているの? 他に二人いるから、今日は交かん日記とかしないよ!」

「ああああ、ジュリちゃん、そういうの言わないで」


 南条は、あわてて、シャープペンシルを置いた。


「交かん日記って、まるで、『デイジーにささやいて』の野美のみひなぎくさんと三上直みかみ なおくんみたいね」


 羽生が手をぱちっと合わせて喜んだ。


「だー。ぼくは、そんなのやっていないって」

「毎日、交かん中でーす!」


 照れる南条に愛原がぴとっとつくと、羽生が照れてしまい、くるっと後ろを向いてしまった。


「わ、私、先に帰るね……」

「待って、志澄香さん。オレも」


 神は、机に置いたカバンをさっと取って追いかけた。


 ◇◆◇

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