災いの元

@dahamaru

第1話

ー11年前ー



「すみませーん…」


 夏の暑い日にも関わらず、妙に冷気が漂う古書店に、珍しく人が尋ねてきた。


「はいはーい、いらっしゃい…おや、これはまた珍しいお客ですね。」


 裏で本の整理をしていたため表に出てみると、そこには白い薄手のワンピースの若い女性の姿があり、普段は来ない出で立ちのお客さんに少し驚いた。


「あっ、ごめんなさい!もしかして休憩中でしたか?外がすごーく暑くて、どこかで涼もうと思っていたら気になるお店があったので入っちゃったんですけど…」

「あぁ、全然いいですよ。普段人が来ないので少し驚いただけです」


 普段は裏のお堅い老人や、恨みつらみで感情を露わにする人ばかりを相手にしていたからか、その女性が何をするのか、気になって目が離せなかった。女性の方も私が気にならなかったようで、店内を物色しながら楽しそうにしている。

僕はその様子を見て、ふと彼女の名前を聞いていないことに気がついた。


彼女は何者なのか。どうしてここに来たのか。

そんな疑問を抱えながら彼女の様子を観察していると、視線に気付いた彼女がこちらを向いてきた。


じっと見つめていたせいか、彼女は頬を赤らめながら少し俯きがちに口を開いた。

それからは他愛のない話をして、お互いの名前を教え合った。


「そうそうそれで…!あら、もうこんな時間!ごめんなさい要さん、私そろそろ帰らないと…」


 女性に言われ外に目を向けると、空は既に赤く染っていた。

時計を見ると、ここに来て2時間は経っているようだ。


「そうですか……。それじゃあ、またいつでもいらしてくださいね」


女性は僕の言葉を聞くと嬉しそうな表情を浮かべたあと、すぐに申し訳なさげに眉尻を下げて言った。


「あ、あの!もし…もし、よろしければ、また来てもいいかしら!!明日……は、難しいけれど、…来週!またこの時間に!」


「……え?」


突然の申し出に、思わず素の声が出てしまった。

ただでさえこの古書店には人がこないので、この出会いも今日限りの縁だと、そう思っていた。


「ダメ、でしょうか……?」


不安そうに見上げてくる彼女に慌てて言葉を返す。


「いえ、お待ちしておりますね」


すると彼女は花のような笑顔を見せ、「よかった……!」と言った後、慌ただしく帰って行った。

彼女と過ごした時間はとても短いものだったが、それでも僕は彼女のことを忘れられないだろうと思った。



そして一週間後の同じ時間帯、再び彼女が訪ねてきた。

彼女、一色桜は自身と同い年であること、そこそこ名の知れた会社の社長の一人娘であること(名前から察するに、そこそこではなく今や世界に名を轟かす大会社だろうが……)、本が好きで、たまに今日のように家から抜け出して本屋を散策しているということ。話を重ねていくうちに、彼女のことを知るようになり、その全てが新鮮そのものであった。

僕の方はというと、自分のことはあまり語りたくなかったのだが、何故か彼女の前では自然体で居られるような気がしたので、聞かれるままに答えていった。


好きなことや年齢等、共通点も多く、彼女と過ごす時間は心地よいものになっていった。

それからというもの、週に1度は必ずと言っていいほど彼女は古書店を訪れ、たわいも無い話をするようになった。


そして季節が変わる頃、彼女はこう切り出したのだ。

「ねぇ、要さん。私達ってもう出会って3ヶ月になるじゃない?だから、その……つ、付き合ってくれませんか!?」

突然の告白だった。正直驚きもあったが、それよりも喜びの方が強かったと思う。まさか自分と同じ気持ちでいてくれたなんて思わなかったから。

彼女の自分では住む世界が違う事は十分に理解していたが、それでも彼女のそばにいたいと、そう思ってしまった。僕は彼女の言葉を受けて、口を開く。


「……はい。喜んでお受けしますよ」


こうして僕らは交際を始めた。



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