第83話 ランクアップ1

 バザールが終わり、あれからはや2週間程経過した。それから、気温はあっという間に上がり、季節は夏を迎えていた。ガレージにモニカの工房を設置した影響で、チームの口座が心許こころもとなくなってしまったが、また稼げばいいだろう。この投資は間違いではない筈だ。

 そして俺とカティアは、モニカに作って貰った新しい夏服を着て、快適に過ごしている。初めは、モニカの工房を設置するのに、大金がかかるからと反対していたカティアも、モニカの服を着てからは、何も言わなくなった。


 上半身が半袖の服になったので、それに合わせて下に着る強化服も、半袖タイプのⅠ型に変更した為、俺の防御力が減ったが、あまり支障は無いだろう。体温調節機能が付いていても、長袖は感覚的に暑いのだ。


 そんな俺たちだったが、本日ギルドから召集を受けた。例のランクアップの話らしい……。



 * * *



-数日後

@レンジャーズギルド 会議室


「集まったかね?」

「ええ。これで全員です、支部長」


 部屋には、俺とカティアの他、4名のレンジャーがいた。今回は総勢6名が、Cランクへの昇格試験を受ける。Dランクより上はランクが上がるごとに、試験を受ける必要があるらしい。


「え〜これより、Cランクの昇格試験をはじめる。君達には、それぞれに違った課題が与えられる。課題はクジを引いて、それぞれ該当するものを遂行してもらう形になる」


 フェイが、上部に手を入れる為の穴が空いた箱を持ってくる。


「はい、ではこちらから一つクジを引いて下さい。クジを開くと、中には課題が書いてあります。課題は人により変わりますので、予めご了承ください。引いたクジは、決して無くさないように。課題の期限は、明日より3日以内とさせていただきます。また、となっているので、ご注意下さい」

『げぇ!』

『マジかよ、自信ないなぁ……』

「それでは、順番にどうぞ」


 皆が一斉にクジを引き、ニヤついたり、苦い顔をしている。俺もクジを引いて、内容を確認して、紙を元通りに折ってポケットにしまう。


「……そう来るか」

「ヴィクター、どうだった?」

「ん? おいカティア、その紙ちゃんとしまっとけよ。課題達成の時に、確認されるんだぞ?」

「あ、そうね! いけないいけない……」

「カティアの課題は何だったんだ?」

「私? 私は村の救援依頼の達成だったわ」

「ふ〜ん。じゃあとっとと受けようぜ? 期限もあるしな」

「えっ? 何よ、手伝ってくれるの? てか、他の人の協力とかしていいの!?」

「いや、自分の課題は自分でやれよ? 街の外に出るんだろ? 車くらいなら出してやるよ」

「ヴィクターの課題は? そんな事してて大丈夫なの?」

「いや、まぁついでみたいなもんだ。大丈夫だ」

「そ、じゃあお言葉に甘えようかしら」


 その後、カティアは受付にて、とある遠方の村の救援依頼を受注した。内容は、村周辺の野盗の討伐。何でも、定期的に野盗が村を襲いに来るようになったらしい。


 今回は課題の関係で、カティアしか受注してない為、依頼を達成すれば報酬はカティアが総取りとなる。……別に報酬を気にしなければ、カティアを手伝うことはできるが、今回は昇級の課題なので、ヤバくなるまでは手伝わない予定だ。

 後で難癖とかつけられたく無いしな。



 * * *



-翌日 昼前

@とある遠方の村


 あれから道中1泊野営して、目的地の小さな村に到着した。街から車で1日の距離だ。馬とかなら、もっと時間がかかるだろう。

 思えば今まで、街周辺の日帰りできる依頼や、死都関連の依頼しか受けていなかったので、“村”というのは初めてかもしれない。

 グラスレイクの難民村の参考になるかもしれない……と思ったが、全くの期待外れだった。


 村は、周囲が丸太の柵と空堀で囲まれただけで、村の外を見渡せる監視台が有るくらいの、粗末な田舎の農村だった。……グラスレイクの難民村は、もっとマシな村にしなければな。


「……なぁんかさびれてるわね」

「まあ、受付でも田舎って言ってたしな」


 村の入り口で、車を停めて村の様子を窺っていると、中から数人の人間が出てくる。その手には、農具や銃が握られており、警戒しているのが窺える。


「な、なんじゃお前達はッ!?」


 代表者らしい老人が前に出てくる。カティアが車を降りると、若い娘だったせいか場の緊張がやわらいだ感じがする。

 カティアは、老人に近づいて目的を話す。


「依頼を受けたレンジャーよ! 話を聞かせてくれる?」

「おおっ……そ、それは本当ですか!? これ、お前達……散れ、散らんかい!」


 老人が、村人の警戒を解くと、村人たちは興味深そうな視線をこちらに向けながら、村の中へと帰っていく。


「申し遅れました、私が村長です。どうぞ、こちらへ……」


 村長が、俺達を自分の家に招くと、事の顛末を話し出した。

 最近、近くにある廃墟に野盗が住み着いて、この村に定期的に食料などを強請ゆすりに来るようになったそうだ。その際に、若い娘なども連れ去られてしまったが、村人たちは野盗の反撃を恐れて、何も出来なかったらしい。


「それにしても、どうしてもっと早く来て下さらないのですじゃ!? そのせいで、村の若い娘まで犠牲に……中には結婚前の者もおったんですぞ!? 依頼は大分前に出しとったのにッ!!」

「何故って、そりゃあねぇ……」

「報酬が少ないからじゃないの?」


 そう、この依頼……他の依頼と比べて報酬が少なかったのだ。その為、村の救援依頼で残っていたのはこの依頼しかなく、カティアはこの依頼を受けるしかなかったのだ。恐らく、昇格試験でなければカティアはこの依頼を受けなかっただろう。……多分、俺でも受けない。


「な、何ですとッ!? 以前は、この値段で受けてくれたのにッ!?」

「……それは、以前村にレンジャーがいた時の話か?」

「そ、その通りですじゃ……」


 村長が言っているのは恐らく、以前の副支部長……モニカの父親が強行した、レンジャーの村への派遣の事だろう。副支部長にとっては、街の周りで野盗が跋扈ばっこする環境を作るために、邪魔なレンジャーを遠方の村々へと追いやるのが目的だったのだろうが、それは村にしてみれば有難い事だったのだ。


 実際、村にレンジャーが派遣されたおかげで、野盗やミュータントによる被害が減ったり、若者の少ない村の労働力となったり、中には居心地が良くて永住を決めるレンジャーもいたらしい。

 ……まあ中には、グラスレイクの難民達のように、レンジャーを呼び戻してから、襲撃をかけられた悲運な村もあるのだが。


「いいか、村長さん。今、この村にはレンジャーがいない。ギルドの出張所も無いんだろ? 依頼を出して、この村に来るレンジャーはどこから来ると思う?」

「か、カナルティアの街?」

「そうだ。で、街からこの村までどの位の距離がある? その距離を移動するのに、掛かる費用は村から出してもらえるのか?」

「はっ、そういう……そういう事だったのか……!?」

「レンジャーが常駐してた時は、その額で良かったかもしれない……。だがそうじゃない今、その額で来るのは俺達みたいな物好きくらいだぞ」

「わ、わしの浅慮が……被害を大きく!?」

「まあ、次からは気をつけるんだな。だが安心しろ……今回はこちらの“乱射姫”カティア様が、丸っとしれっと全部解決してくれるはずだ!!」

「ら、乱射姫……はて?」


(ちょッ! ヴィクター!? 何言ってんの!?)

(いいから黙っとけ! お前、あの渾名あだな嫌がってただろ?)

(そ、そりゃあ……まあ)

(いいか、人の渾名なんて簡単には消えない。だが、イメージを変える事はできる。乱射姫のマイナスイメージを、プラスにしていくんだ!)

(な、なるほど……! ヴィクターやるじゃないのッ!)


「そ、そうよ! こ、この私……乱射姫カティア・ラヴェインに任せておきなさい!」

「村長……異名付きのレンジャーに来てもらうなんて、滅多にないんだぜ? 良かったな」

「お、おぉ! 乱射姫様……どうかこの村をお救い下され!!」

「まっかせなさ〜いッ♪」


 カティアも乗り出した。もちろん、こんな事をするのは俺の為でもある。街中でカティアと歩いていると、「あ、あれは乱射姫!?」という様な、厄介者を見るような目で見られるのだ。これは、何とか改善したい……。

 それから、今回の課題でこれからカティアにかけるであろう、迷惑料代わり……といったところだろうか。


 その後、村長から引き続き話を聞いていく。


「野盗は全部で何人いるんだ?」

「ご、50人程で……」

「ご、50ッ!? そんなのむ──」

「落ち着け、カティア。で、村長……それは実際に確認した人数なのか?」

「い、いえ……連中がそう言っとったんです」

「ん? なら、いつもは何人くらいで来るんだ?」

「さ、3人です」

「……分かった。で、来る連中はいつも同じ顔か? 違う奴は見たことあるか?」

「え、ええ……」


 このように、村長から話を聞いていく事十数分……。分かった事は二つ。

 一つは、連中は3日に1回、この村から奪い取った馬車を使って、村に食料や女を強請りに来る事。もう一つは、奪って行く食料の量から計算すると、とても50人なんて大所帯を賄う事は出来ないという事だ。

 この辺りに他の村は無い。敵はこの村に補給を依存していると考えると、間違いないはずだ。


「……つまりヴィクターは、敵は50人もいないって言いたいの?」

「そういう事だ。馬車に食料を満載するとかならまだしも、水やら酒、女まで載せてるんだろ? それで、取ってかれた食料の量から計算するに……人質を除いて、敵は最低でも8人がいいとこだな。まあ、10人は超えないんじゃないか?」

「計算って……よくそんなことできるわね?」


 これでも、士官学校は出ている。兵站の情報から、敵の人数を割り出すって事もやっているのだ。……まさか、こんな事で役立つ時が来るとは思わなかったが。


「村長が見たのが6人だから、少なくとも6人いるのは確かだ。実際の敵は、多く見積もっといた方がいいだろうな」

「そうね……。で、ヴィクターの作戦は?」

「そうだな、とりあえず……いや、やめとこう」

「どうかしたの?」

「いや、これってお前の課題だよな? 何で俺がここまで首突っ込んでんだ!?」

「あっ、確かに……って今更!?」


 すっかり忘れていたが、これはカティアのCランク昇格試験の一環なのだ。いつもの癖で、色々考えてしまった。


「ちょっと、今更でしょ!? 教えなさいよ!」

「いや、今までに充分な情報は与えただろ? これからは、自分で考えてみろ!」

「分かんないわよ、そんなのッ!」

「じゃあカティア、これまでの情報を踏まえて、お前ならどう動く?」

「そうねぇ……寝静まった所を夜襲とか?」

「敵の居場所も不正確なのにか?」

「うぐっ、それは……」

「まあ、今のは半分正解だな。でも、まずは敵の居場所と人数を把握しないとダメだ」

「そんなのどうするのよ!?」

「聞けばいいんじゃないか? 村長の話だと、もうすぐらしいしな?」


 都合のいい事に、今日は3日に1回の野盗の訪れる日だそうだ。敵が自分から、こちらにやって来るのだ。そいつらから、直接話を聞けばいいだろう。

 分からない事は人に聞く。聞くは一時の恥、聞かぬは何とやらだ。


「まあ、手伝ってやってもいいけどさ……何か、見返りをくれよ」

「な、何が欲しいの……?」

「いや、後で俺の課題を手伝って欲しいんだけど」

「何だそんな事? 任せなさいよ、わよ? 私達チームなんだし!」

「……その言葉が聞きたかった」


 しばらく昼食を食べたり、村長と話をしながら待っていると、奴らが来たようで、村から大声が聞こえてくる。


『おうこら! サッサと、食料と女を出しやがれッ!!』

『酒も忘れんなよォ!!』

『女は、前の奴より良い奴ださねぇと、村を焼き払うからなッ!!』


 窓から様子を窺うと、野盗は村長の話通り3人組らしい。皆銃で武装している。


「よし、じゃあ作戦通りに。カティアもちゃんとやるんだぞ?」

「任せなさい!」


 カティアは、村長の家の中へと入って行く。


「じゃあ、村長……あんたはいつも通りに」

「は、はいですじゃ! し、しかし……本当に大丈夫なのですか? お仲間が危険な目に遭いますぞ!?」

「アイツは、大丈夫だ。何たって“乱射姫”だぞ?」

「し、しかし──」

「しかしもへちまもあるかッ!! ほら、野盗さんがお怒りだぞ? 早く行った方がいいんじゃないか?」

「は、はいぃ……!」


 村長が野盗の元に、話をしに行く。

 

「こ、これはこれは、ご、ご機嫌麗しゅう……」

「御託はいい! さっさとしろッ!」

「ひぃ! み、皆んな、荷物を積むのじゃ!」


 村人達が、野盗の馬車に食料やら酒の入った箱を積んでいく。


「……意外と展開が早いな。カティア、終わったか?」

「ちょっと、こっち見ないでよッ!!」


 村長の家の中を覗くと、カティアが着替えていた。今回の作戦は、カティアを村娘に変装させて、敵を油断させるという作戦だ。その為、村長の孫娘(何年か前に他の街に出て行った)が着ていた服を借りることにしたのだ。


「いやいや、いつも下着で歩き回ってるのに今さら……」

「それとこれとは別なのッ!!」

「どうでもいいけど、早くしろ。もうすぐ出番が来るぞ」

「分かってるわよッ! ……うぅ、スカートってスースーするから嫌いなのよ」

「まあまあ、似合ってるぞ? 田舎の村娘って感じで」

「……バカにしてるでしょ?」

「ほら、後はこれだけだな。ちゃんとスカートの中に隠しとけよ?」

「はいはい。……それにしても、ヴィクターって変な物いっぱい持ってるわね?」


 カティアに拳銃型のスタンガンをホルスターごと渡すと、カティアはスカートをたくし上げ、脚にスタンガンを装着する。……当然、カティアのショーツが露わになるが、そこは気にしないらしい。嫌がる基準が分からん。


 ちょうどその時、村の方から野盗達が怒鳴る声が聞こえてくる。


「つ、積み込み終わったそうですじゃ……」

「おいッ! 女はどうした? まさか忘れたとか言うんじゃねぇだろうな?」

「も、もちろんですじゃッ! 今すぐこちらに連れてきます!」


「よし、頃合いだ。カティア、お前の演技に期待してるぞ!」

「ま、ままま任せなさいッ!!」


 俺は、カティアの腕を引っ張りながら、村長の家を出て、野盗達のいる村の中心へと歩いて行く。


「ほら、来るんだッ!」

「イ、イヤーヤメテー」

「「 …… 」」


 ここで想定外のことが起きた。カティアがまさかの演技下手だったのだ。


(おいッ! テメェ何だよその棒読みはッ!!)

(しょ、しょうがないでしょ!? 演技とかした事無いんだし!)

(お前、よく今まで生きてこれたなッ!?)

(ちょっと、それどうゆう事ッ!?)

(せっかく、動きはそれっぽくできてんだ。その調子で、口の方も頑張れよッ!)

(が、頑張る……)


 俺に連れて行かれまいと、抵抗する動きはかなり上手く出来ている。だが、動きだけは良くても、セリフがあれじゃすぐバレてしまう……。

 最悪、俺が暴れれば何とかなるかもしれないが、それだとカティアの為にもならないし、俺が目立ってしまう。……頼むぞ、カティア!



「ハナシテ、イヤー」

「ヤメテー、オカサレルー」

「タスケテー、イヤー」

(……こいつ、やっぱやる気ないだろォ!!)


「……オイ、お前」


 何だかんだで、野盗の目の前まで来てしまった……。野盗を見ると、目を細めてカティアを眺めている。


 ……ああ、これは失敗かもしれない。

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