第81話 モニカ
-数分後
@レンジャーズギルド ロビー
『──ッ!!』
『──!』
カティア達と合流しようと、ロビーに戻ったが、何やら騒がしい。公共の場で騒ぐなんて、碌な奴じゃないと思ったら、カティアだった。……正確には、カティアと知らない男が、何やら口論をしているようだ。
「そこをどけッ! 僕はモニカさんに用があるんだっ!!」
「いい加減にしてッ! この娘、怖がってるでしょ!!」
男は、モニカの知り合い?らしいが、当のモニカはカティアの背に隠れてしまっている。
「どうした、揉め事か?」
「ヴィクター、丁度いいところに! ちょっとコイツ何とかしてよッ!」
「誰だお前?」
「ほら、オークションの時に最後まで粘ってた奴よ」
男は、モニカを競り落とす際に、俺に最後まで付き合っていた青年のようだ。
「ごほん! 僕は、チェスター・エコーレといいます! エコーレ家の事はご存知でしょう?」
「知らんな。じゃあな」
「なっ、お、お待ち下さい! モニカさんの処遇について、お話を……!」
「人の所有物に、口を出さないで貰いたいな。邪魔だから消えな?」
「所有……物……だとぉ!? 僕のモニカさんに、よくもッ!」
チェスターは、俺の言い方が気に食わなかったのか、突如拳を振り上げて殴りかかってきた。だが、明らかに素人だ。
俺は、チェスターの顎と鼻に、素早くジャブを叩き込んだ。チェスターは何が起きたか分からないのか、ふらふらと膝をつき、鼻血を垂らした。
「いつからお前のになったんだ?」
「う、うぐ!?」
素人相手だから加減したが、チェスターは
「何なんだ、コイツは? 行くぞ、カティア、モニカ」
「え、ええ……」
「は、はい」
「ま、待て! まだ話は終わってない!」
俺たちが、ギルドから出ようとすると、チェスターはふらふらと立ち上がり、おぼつかない足取りでついて来ようとする。
「待って……ぶげぇッ!」
そして、俺たちがギルドの出入り口を出ると、俺は勢いよくギルドの扉を閉めた。扉の向こうから、何かがぶつかって倒れた音が聞こえてくるが、俺には関係ない。
その後、車に二人を乗せて、ガレージへの帰路へとついた。その際、助手席に座るモニカが、広場に吊られている自分の父親を見て、涙を流した。
「お父さん……」
そう呟いたのを、俺は聞かなかったことにした。
* * *
ー数十分後
@ガラルドガレージ
《また、ヴィクター様の女性が増えたのですか?》
《……今さらだけど、もしかして気にしてたか?》
《はい?》
《いや、ほら良くあるじゃん。主人の寵愛は私だけに! ……みたいな?》
《いえ。むしろヴィクター様は、もっと複数の女性と関係を持つべきです》
《何だって!?》
《私はバイオロイドですので、ヴィクター様と子を為せません。繁殖は、生物の使命です。ヴィクター様には、減少した人口を回復させるべく、頑張っていただかなければ》
《……》
《……ヴィクター様?》
《ああ、すまん。悪いがそういうのは今、考えてない》
《……》
《それに、モニカも酷い目に遭ったばかりだしな》
ガレージに到着して、俺とカティアが、モニカに向かい合うようにテーブルに座る。
「あ、あの……」
「まずは自己紹介だな。……俺のことは分かるか?」
「は、はい。ヴィクターさん……ですよね? 以前私に服をオーダーしてくれた。その服、私が作ったものですし……」
「覚えててくれたか。ああ、ついでにコイツはカティアって言う、一応この家の家主だ」
「ついでって何よ!? ああ、よろしくね!」
「は、はい……」
「「「 …… 」」」
気まずい。モニカは、父親の死体の前でオークションにかけられるという、トラウマ級の体験をしている。俺もカティアも、かける言葉が見つからなかった。
しかも、その父親が刑に処された原因は、俺が奴の罪を暴いた事にある。俺はどちらかと言えば良い事をした筈だが、モニカにとって俺は父親の仇のようなものかもしれない……。
一方のモニカにしても、怯えたような表情をしていることから、これから自分がどうなってしまうのか不安だったり、父親が処刑されてショックを受けているのだろう。
しん……と静まり返る中、どうしたものかと考えていると、意外にもモニカの方から沈黙を破ってきた。
「あ、あの……私はこれからどうなるのでしょうか?」
「ん?」
「父は……ヴィクターさん達に、多大なご迷惑をおかけしたと聞きました。わ、私はやはり……その腹いせに、酷いことを……ううっ……グス……」
モニカが泣き出してしまった……。俺とカティアで、
パーテーションの向こうから、すすり泣く声が聞こえてくる。
しばらくして落ち着いたのか、モニカが戻ってくる。
「……落ち着いたか?」
「は、はい……」
「で、これからの事だが……」
「ッ!」
モニカが身構える。
「まずは、色々質問させてくれ」
「は? あ、はい……」
「まず、家事はできるか? 洗濯とか料理とか」
「はい……ある程度でしたら」
「よし、じゃあ次にモニカは何ができる? やっぱり服飾関係か?」
「そ、そうですね……専門はレザークラフトですが」
「そういった仕事は、好きでやってたんだよな?」
「もちろんです! あっ、ごめんなさい……」
その後も、色々と質問していく。回答を聞く限り、やはりモニカを買って正解だったと思う。
「よし、決まりだな!」
「ねぇ、ヴィクター……スリーサイズとかバストのカップ数聞いてたけど、必要なの?」
「必要です!」
「あっ、はい」
「……」
質問の結果を踏まえて、モニカの今後が決まった。もちろん、カティアには説得済みだ。
「とりあえず、モニカにはこの家の家事を手伝ってもらう」
「わ、分かりました」
「ああ、それから俺たちに
「そ、それは……」
「ああ、あとモニカには家事とは別に仕事をしてもらいたい」
「し、仕事……ですか?」
* * *
-2時間後
@ローザ服飾店
──カララン♪
「いらっしゃ〜い! ……って、モニカちゃんじゃないの!? それにヴィクターちゃ……さんも!」
俺はモニカを連れて、モニカの元職場であるローザ服飾店へとやって来ていた。
「……話は聞いたわよ。モニカちゃん、ヴィクターさんが買ったんですってね?」
「ああ、だが酷い事はしない。安心してくれ」
「そう……。まあ、ヴィクターさんなら大丈夫だと思うわ。モニカちゃんも、安心して大丈夫よ?」
「は、はい」
「……随分と信頼してくれてるんだな?」
「う〜ん、女の勘ってやつかな?」
(お前は、男だろうがッ!!)
「それにしても、挨拶に来た……って訳でもないんでしょ?」
「ああ、そうだ」
俺は、モニカに以前と同じように、家事がない時は服飾関係の仕事をしてもらおうと考えていた。ただ、家事をさせるだけでは無く、あのガレージにモニカの工房を作り、そこで商品を作り出す事が出来れば、俺達の収入につながると考えた訳だ。
幸いにも、ガレージにはスペースが充分ある上に、モニカもやる気だった。素材は、俺達が狩ってくれば皮革などの加工費だけで済むので、安上がりになるはずだ。
モニカは、奴隷にとっては破格の待遇だと気にしていた。衣食住が確保してもらえる上、好きな仕事をやらせてもらえるのだから……。
だが、彼女は別に悪いことをした訳では無いし、それだけの待遇を与えられる腕前があると俺は思っている。それに、父親のした事と彼女は関係ない筈だ。崩壊後の法や考えがどうかは知らないが、俺はそう思う。
俺は、ローザにその旨を伝え、工房設置に必要な機材を扱っている業者などを聞きに来たのだ。モニカはただの職人だった為、必要な機材は分かっても、取り扱っている業者までは分からないそうだ。
「なるほどね……分かったわ!」
「随分とあっさり了承してくれるんだな?」
「あらん、どうして?」
「いや……ライバルが増えるとか、自分のところの職人が裏切ったとか、色々考えるもんじゃないか?」
「あら、私がそんな小さい女に見える? 失礼しちゃうわ!」
「わ、悪かったな」
「それに……職人は腕で勝負するものよ? モニカちゃんには、負けないわよ?」
「……高尚な精神だな。尊敬するよ」
「あら、ありがと! それから、モニカちゃん」
「はい!」
「貴女が使ってた作業台……持って行って良いわよ。使い慣れてるのがいいでしょ?」
「ええっ!?」
「いいのか?」
「餞別よ! ヴィクターさんのとこでも、頑張ってね! また困った事があったら、いらっしゃいな」
「はい! ありがとうございます!」
その後、店の奥の作業場から、他の職人達がミシンや万力の付いた作業台を運んでくる。俺も手伝おうとしたところ、ガシッとローザに肩を掴まれた。
「……何だ?」
「ヴィクターさぁん、ちょ〜っと着てみて欲しい服があるの……♡」
「またかよ!?」
「ほら、今回は真夏のレンジャーをイメージした新作よ! きっとヴィクターさんに似合うと思うの!」
「また上裸かよッ!? 断る!」
「あら……でも、今回は断りづらいんじゃなぁい?」
ローザは、モニカと職人達が、俺の車に作業台を分解して積み込んでいるのを指さす。
「く、くそぉ……!」
その後、ローザ服飾店にローザの黄色い声が響いた。
*
*
*
「もう、絶対に着ないからなッ!!」
「そんなぁ〜! 似合ってるのにィ!」
まさか、上裸だと思っていたら、ボディペイントだったとは思わなかった。……いや、多分それにかこつけて、俺の身体を触りたかっただけだ、きっとそうだ。
「あ、そうだヴィクターさん!」
「何だよ!?」
帰ろうとする俺を、ローザが制止する。
「チェスター・エコーレって方、ご存知?」
「さあ? 男の名前は、あまり覚えておかない主義でね」
「あら、嬉しいわ!」
ヴィクターのこの言葉は、名前を覚えているローザを、男性とは認識していないという解釈ができるのだ。それに喜ぶローザと、何でローザが喜んだか分からないヴィクターであった。
「で、そのチェスターって奴が何だって?」
「ああ、そうそう。チェスターさん、悪い人じゃないんだけど、モニカちゃんのことが好きみたいでね……。以前から、モニカちゃんに会いにこの店に来てたんだけど、ちょうどヴィクターさんが来るようになる前に
「出禁?」
「出入り禁止! 店に入らないでって事よ!」
「何したんだ、そいつ?」
「お店の商品を買わずに、モニカちゃんに会いに来たり、酷い時は店の奥の作業場まで勝手に入って来たり、他のお客さんがモニカちゃんにオーダーした服を、無理矢理買おうとしたり……。モニカちゃんの帰りを待っていた時もあったわね……」
「ストーカーじゃん……。やべー奴だな」
そういえば、さっきギルドで絡んで来た奴がいたな……。多分、あいつか?
「分かった、気をつけておく」
「ヴィクターさんなら大丈夫だと思うけど、変にお金持ってるから心配なの……。変な事起こさないといいんだけど」
「ご忠告ありがとう」
俺はギルドを出て、ガレージへと戻る。街は、バザールで盛り上がっている。モニカの工房の件は、バザールが終わってからだな……。
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