第56話 黒幕

-明け方

@カナルティアの街 南門詰所


「……で、お前は狼旅団のアジトを制圧し、その後囚われていた村人たちを救出したと。それも一人で」

「そうなるな」

『ちょっと! なんでヴィクターだけなの!? 私も中に入れなさいよ! 聞いてんの、おっさん!?』

「うるさいぞ、カティア! お前は捕まってて、事情を知らねえだろうが! それから俺は、おっさんじゃねえ!!」


 無事にカナルティアの街へと到着することができたが、当然ながら門で止められた。人を満載したトラックが3台……止められるに決まっている。

 そして現在、いつもの隊長のおっさんに事情聴取を受けている最中である。……ちなみにカティアは、詰所の外に追い出されている。カティアがいると、話が俺にとってややこしくなりそうだし、隊長のおっさんも何やら面倒臭そうな顔をしていたので、簡単に追い出しに協力してくれた。カティア、何かやらかしてるのかな?


「それで、トラックの積み荷……狼旅団の構成員と、その死体ねぇ。生きてるのはギルドと協議して、扱いを考えるとして、問題は闇奴隷にされかけてたっていう人間達か……。100人以上はいるって話だったか?」

「ああ。幸い、向こうにあった物資でしばらくは自分たちで何とかなるだろうが、他の狼旅団の連中やミュータントの襲撃を受けるかもしれない。おっさん達で何とかできないか?」

「そりゃ、なんとかなるだろうさ。だがな、その後はどうするつもりなんだ?」

「元居た村に返せばいいんじゃないか?」

「……ちょうど数日前、とある村が狼旅団の襲撃を受けたらしい。村は焼け野原、村人も殺されてはいたが、大多数は行方不明だそうだ。派遣されていたレンジャー達が、休暇で街に戻ってきている隙を狙ったみたいだな」

「え……」

「その村だけじゃねぇ。他にも似たような村はいくつかあるんだ。お前さんが助けた連中…そういった村の出身の奴が多いんじゃねえか? で、連中には帰る場所は無い…その後の生活はどうするんだ?」

「そ、それなら街で……」

「言っておくが、この街が保護してくれるなんて考えない方がいいぞ。多分、一月も経たないうちに追い出されるのがオチだ」

「そんな!」


 助けた人たちのその後……警備隊に押し付けて、元居た村に返せばそれで解決すると思っていた。そして助け出した事を感謝されると思っていたが、帰る場所が無い以上、街の人間にとっては迷惑な話になるのだろう。どこも難民を受け入れたくないに決まっているからだ。

 だが、彼らを助け出したことは間違ってはいなかった筈だ。では、どうしたらいいんだ? 助け出した以上、責任を持つべきだが、良い案が思い浮かばない……。俺は、何も言えず黙り込んでしまった。


「……」

「はぁ、まだ若いな……。おっと、俺もまだ若いがな! おい、新入り! 今すぐ本部まで走って、警備隊の備蓄目録を持ってこい! 俺の名前を出せば、大丈夫なはずだ!」

「は、はい!」

「お、おっさん!?」

「そろそろ、警備隊の倉庫に備蓄していた食料が入れ替えの時期でな。いつもは商人に売りつけて、皆で飲みに出かけるんだが……今回は皆賛成してくれるだろうぜ」

「あ……ありがとう、おっさん!!」


 しれっと、警備隊の物資を横流し・着服しているように聞こえたが、気のせいだろう。

 今回は警備隊長のおっさんの尽力で、ひとまず南門の街の外側に警備隊のテントや、備蓄食料を用意してくれることとなった。本当に助かる。村人達も、これでしばらくは生活できるだろうが、後は彼ら次第になる。村の復興だったり、受け入れ先を探したり、何か考えておくか……。

 しかし、今回は俺も軽率だったかも知れない。今後は、自分の行動についてよく考える必要があるな。


「よし、本部からトラックが到着次第、死都に向けて出発だ! お客さんをお迎えにあがるぞォ!!」

「「「「 了解ですッ!! 」」」」


 俺のせいで、警備隊の面々は慌ただしく動き始めた。すまない……ありがとう。


「遅かったわね!」

「ん? 何だカティア、怒ってるのか?」

「ふん、別に!」

「そうか。じゃあこれからギルドに向かうぞ」


 とりあえず、捕まえた連中はギルドへと輸送することになった。元レンジャーが混じっているようなので、そういう連中は、賞金首でなくてもギルドが引き取るのが筋?らしい……。よくわからないが。

 俺は、トラックの運転手達の元へ出発を伝えに向かうが、何やら様子がおかしい……。ちなみに彼らには、俺の素顔を見せている。街中でもマスクなんて、ややこしいからな。


「騒がしいな、どうした?」

「ああ、マスク様。実は檻の中の男が……」

「ん? うわぁ……」


 運転手が指差した方を見ると、檻の隙間に顔を押し付けたデブが唾を撒き散らして喚いていた。顔の肉が檻に食い込み、そのブサイクな顔が化物じみて見える。確か、カティアに玉を潰された奴だったな。


「出せぇ! 僕を誰だと思ってるんだぁ!!」

「おい、うるせぇぞブタ野郎! 玉が潰れたからってブヒブヒ騒いでんじゃねぇよ!!」

「き、キサマは!? お、お前かぁ!! 一度ならず二度までもォォォ!!」

「ん? 俺の事知ってんのか? 誰だお前!?」

「ピートだ! ピート・スカドールだ!! ッ……痛いッ! ぼ、僕を早く病院に連れて行くんだ!」

「なんか、臭そうな名前だな。でもどっかで聞いたような?」

「おいぃ、聞いてるのか!? スカドール家の危機なんだぞぉ! 僕に子供が出来なくなったらどうするんだぁ!!」

「……世の中のブサイクが減るんじゃないか?」

「なんだとォ!」


 檻の中のデブの騒ぎが余程うるさかったのか、カティアと警備隊長もこちらにやって来た。


「ちょっとヴィクター、うるさいけどどうした……うわぁ。わ、私……車で待ってるわ……オエッ」

「おい、弟子どうかした……うわぁ」


 二人共、檻を見ると見ちゃいけない物を見たような感じで目を逸らした。現在のピートの姿は、吐き気を催す程醜みにくかったのである。


「……ん!? おいコイツ、スカドール家の長男じゃねぇか!?」

「何だおっさん、この怪物と知り合いかよ?」

「おい、忘れたのか!? この前のスラム襲撃の時の、重要参考人だ!」

「ああ、あいつか。……ん? おい、ちょっと待て……街からは出さないって言ってなかったか? コイツ、死都にいたんだぞ!?」

「そうだ。おかしい……警備隊で門は固めてあった筈だが……」

「痛いぃ! 股が痛む! おい、さっさと僕を病院に……!」

「っせぇんだよ、黙ってろボケェ!! 弟子!俺も準備が終わったらギルドに向かう、先に行っててくれ! そのデブには聞きてぇ事が山程あるからな!」


 警備隊長のおっさんは、仕事に戻っていった。運転手達に出発を伝えて、車を発進させる。門をくぐり、街へと入るとギルドを目指す。



 * * *



-早朝

@レンジャーズギルド


「た、大変ですフェイさん!?」

「どうしたの? アレッタ……」

「とにかく、外に来て下さい!」


 カティアの事や、昨日依頼したヴィクターの事を考えていたフェイは、日頃の疲労も災いして、どこか上の空であった。そして、アレッタに促されるまま外に出て来たフェイであったが、そこには驚きの光景が広がっていた。

 ギルドの前には、3台のトラックが停まっており、荷台には檻と、中には人間が載せられている。まるで奴隷商のトラックだ……それが3台もある。ここはレンジャーズギルドだ、奴隷商の建物ではない……そう口に出そうとした瞬間、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「……フェイ!」

「ああ、カティア。ねえこれ、どうなって……カティア? ……ッ!? カティア、無事だったのね!?」

「うわっ! ちょっと、急に抱きつかないでよ!」


 フェイはカティアに抱きつくと、泣き出した。


「心配……したのよ? うぐっ……約束の日になっても……帰って来なくて……ヒック……何かあったんだと思って……!」

「ごめんなさい。心配かけて……」

「ヒグッ……良かったぁ……!」

「あ〜、取り込み中のところ悪いが……あ〜話せそうにないなこりゃ……」

「うえぇぇん!」

「あ〜ヴィクター、フェイがこうなったらしばらくダメよ……」

「はぁ……じゃあ、しばらく待つか」


 ギルドの前には、段々と野次馬が集まりだしてきた。今は、ギルドにレンジャーが依頼を受けに来る時間帯だ。野次馬の規模はこれからも大きくなるだろう……。俺の車は駐車場に置いてきたが、正解だった。この調子だと、野次馬に囲まれて動かせなくなるかもしれない。


「おい、ヴィクター! どうなってるんだ、これ!?」

「おはようございます、ヴィクターさん! 何の騒ぎですか?」

「おはよう、二人共」


 ギルドの建物の壁にもたれかかっていると、クエントとミシェルがやって来た。


「ヴィクターさん、昨日依頼が〜って言ってましたけど……まさか、この騒ぎもヴィクターさんのせいですか?」

「鋭いなミシェル……否定はしない」

「こ、今度は何をしでかしたんだお前は……!?」

「野盗の集団がいたからぶっ潰してきた。あのトラックは、その時捕まえた奴らだよ」

「あ、あの人達全員ですか!?」

「ま、マジかよ!?」


 二人に状況を説明すると、ポカンとしていたが、しばらくすると納得してくれたようだ。


「ま……まあ、ヴィクターさんですからね。こういう事もありますよね……」

「まあ、ヴィクターだからな……。こういう事もあるよな?」

「……なんだそりゃ?」

「あ、あの……」

「げぇッ!? すまん、ちょっと急用が!」

「あ、クエントさん待ってくださいよ~!」


 落ち着いたのか、フェイとカティアがこちらにやってきた。そして、フェイの存在を確認したクエントは、飛ぶように逃げていった。


「……何、クエントの奴? 下痢でもしてんの?」

「ほっといてやれ、カティア。それで、フェイ」

「は、はい……」

「依頼は達成ってことでいいか?」

「…………はい」

「よし。で、報酬の話なんだが……」

「な、何だこれは!?」

「ん?」


 フェイと報酬の話をしようとしたら、二人の肩越しにギルドの入り口から出てきた男が騒いでるのが見える。……確か、副支部長だったかな? パンテンとかいう名前だった筈だ。

 パンテンはフェイの姿を認めると、ズカズカとこちらにやってきた。

 

「おい! これは一体どういうことだ!? 説明しろ!?」

「ふ、副支部長……」

「私は支部長だと何度言えばわかるのかね、フェイ君!!」

「きゃっ!?」


──バシンッ! ドサッ!


 パンテンはフェイの頬を平手打ちした。フェイは倒れ、頬を手で押さえている。


「うう……」

「ちょっと! フェイに何てことするのよッ!?」

「黙れ小娘ッ!」


 副支部長は俺の顔を見ると、俺に詰め寄ってきた。


「貴様は……! おい、この騒ぎは貴様のせいか!? 何があったか説明しろ!!」

「あ゛!? 女に手を上げる奴が、何偉そうにしてんだよッ!!」

「なにぃ!? ……お、おい! 何をする!? うわぁぁ!!」

「わお……ヴィクターやるじゃない!」

「カティア、フェイを連れてギルドの中に!」

「わかった!」


 俺はパンテンの胸倉を掴むと、そのまま突き飛ばした。確かにフェイはムカツク女だが、だからと言って暴力をふるう程ではない。溜まっているからかもしれないが、少なくとも受付嬢をしているだけあって、そこらの女性より顔は整っているし、スタイルもいいように見える。……俺は紳士だ。女性(ただし、ブスとBBAは除く)に理不尽な暴力をふるう奴は許せなかった。

 突き飛ばされたパンテンは、そのままギルドの入り口の階段を転げ落ち、止まっているトラックにぶつかり止まった。


「いてて……な、何をする!?」

「そ、そこにいるのはパンテン殿ではないか!?」

「んん? 誰だこのブサイクは?」

「ッ! ピートです! ピート・スカドールです!!」

「何!? ピート殿? そ、その顔は一体……いや、それよりもどうしてそこに? まさか!?」

「あれあれあれぇ? 二人とも、親しげだな?副支部長って、野盗と知り合いなのかな?」


 俺が登場すると、ピートは激昂し怒鳴り散らす。


「き……貴様ァ!! 僕を野盗呼ばわりするだとォ!? パンテン殿、コイツです! こいつがアジトを!!」

「何! まさか貴様一人で、死都のアジトを潰したとでもいうのか!?」

「死都? なんで死都にアジトがあるって知ってんだよ?」

「な……!」

「お前、コイツ等とグルなんだろ?」


 前から何かあると思っていたが、恐らく副支部長は狼旅団とグルだ。先ほど警備隊長が言っていた、襲撃された村の件も、都合良くレンジャー不在のタイミングで襲撃されていた。ギルド内部にいる協力者が、情報を流している可能性も考慮する必要がある。


「な……何を言っているのかね? そ、それよりも貴様! 支部長の私に手を挙げて、ただで済むと思っているのか!?」

「支部長? あんた支部長だろ? 女に手を上げといて、自分がやられたらそれかよ……情けないねぇ」

「くっ……し、執行官! コイツを捕らえろ!! 罪もない人間を闇奴隷にしようとし、あろうことかスカドール家の跡取りにこのような仕打ちを加える大罪人だ!!」

「ハァ!? 何だそりゃ!?」

「ハハハ! さあ、早く捕縛しろ!!」

「……なあ、副支部長さんよ! 周りを見てみろよ!!」

「何!?」


 パンテンはヴィクターに言われて、周りにいる野次馬の存在に気が付いた。そして今までのヴィクターとの会話が、全て筒抜けになってしまっていたのに気が付く。


「くっ……だから何だ! 貴様を全ての元凶として処理すれば良いのだ! あとは自治防衛隊と話を合わせればいいだけだ!! さあ! その男を捕縛しろ!!」

「……もうやけくそだな。」


 パンテンに【執行官】と呼ばれた体格のいい男が二人、俺の前に立ちはだかる。確か、賞金首を引き渡した時もいたな……。


「はぁ、あんたらも大変なんだな……」

「「 …… 」」

「……何だ、やる気かよ? いいぜ、かかって来いよ」


 二人は無言で、手に持った警棒のような物を構える。そして一人が前に飛び出して、警棒を俺に向かって振り下ろす。俺は横に飛びのいて避けるが、なんと後ろにいたもう一人がいつの間にか拳銃を構えていたのだ。前に飛び出した男のデカい図体のせいで、後ろの様子が全く見えなかった。てっきり、警棒での接近戦を仕掛けてくると思っていた。


「なっ!? いつの間に!!」


──パンッ、パキュンッ!


「くッ!!」


 俺は加速装置を使い、発射された弾の回避を試みる。だが間に合わず、1発右肩に食らってしまった。しかし、この間食らった時よりも衝撃は軽く、痛みも感じなかった……。拳銃だからか? どうやら相手の拳銃の口径が小さく、威力が低い物だったようだ。

 男達を見ると、俺が殆どの弾を避けたからだろうか、それとも右肩に被弾したにも関わらず平気な顔をしているからか、驚いた表情をしている。


「「 ッ!? 」」

「……てめえら、よくも俺の服に穴を開けてくれたなッ!!」


 俺は、今着ている服を作ってくれたモニカの顔を思い出していた。

 こいつら……彼女が俺の為に、丹精込めて作ってくれた服に穴を開けやがった! 許せんッ!! この借りは高くつくぞ……反撃開始だッ!!





□◆ Tips ◆□

【執行官】

 表向きはレンジャーズギルドの警備員や、要人の護衛のような存在。だが裏では尋問や処刑、ギルドに仇なす者の暗殺などに関与していると噂されている。執行官に任命される者は、元レンジャーの者や、ギルドの訓練機関出身の者から、完全に経歴不明な者まで実に様々である。

 特徴として、全員にギルド製の拳銃が支給されている。



【執行官用ピストル】

 レンジャーズギルドの、主に執行官に支給される拳銃。元々は競技用の拳銃で、小口径で反動が小さい為、命中精度が高い。小口径といっても、きちんと急所に撃ち込めば人間を殺傷できる。しかし、大型のミュータントには効果が薄い為に、完全に対人用である。

 一般的な自動拳銃に存在するスライドが無く、ボルトのみを動かす作動機構を備える。これにより、発射時に動作する部品の数と質量を減らし、銃の動揺を抑えて命中精度を高めている他、ボルトストップ機能を用いれば、サプレッサー使用時の消音機能を高めることができる。


使用弾薬 5.6×15mmR弾

装弾数  10発

有効射程 90m

モデル  スタームルガー Mk.Ⅳ 22/45 Lite

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