第55話 教祖誕生

-アジト制圧から1時間後

@監獄棟 中庭


 俺はロゼッタを見送ると監獄に戻り、囚われていた人たちを監獄の中庭に集合させた。監獄はロの字型のパノプティコンで、中庭には監視塔と運動場があり、全員で集合しても余裕はあった。

 それから俺は、囚われていた人たちの首輪を解除して回ることにした。崩壊後の世界では、拘束首輪は基本的に外すことができない。というのも、拘束首輪には司法レベルのセキュリティが施されているので、解除するには連合裁判所の許可が必要になるのだ。そして、連合裁判所なんて物は崩壊後には存在しない。つまり、付けられた時点で一生奴隷となってしまうのだ。

 だが、俺には裏技があった。俺は今、形式上は軍のトップになっている。その立場を利用して、軍法会議による身柄引き渡し請求を行って、首輪の操作権限を乗っ取り、首輪を解除したのだ。

 ……だがその結果、中庭は大騒ぎになってしまった。


「は、外れた……。外れた、外れたゾ!!」

「俺達、村に帰れるのか?」

「やったぁ!!」

「自由だぁ!!」

「イエェェェイッ!!!」

『え~皆さん、話を……』

「やったやった♪」

「らんららんっ♪」

「た、たすかったのか!? 本当か!?」

「イエェェェイッ!!!」


 う、うるさい……。喜びのあまり互いに抱き合う者、泣き出す者、踊りだす者、何故か服を脱ぎだす者、何度も絶叫する者など、中庭は大騒ぎであった。俺も声を上げて、今後の行動について説明しようとするが、とても話を聞いてくれそうな雰囲気ではない。

 ちなみに、俺はまだガスマスクをつけている。まだガスの影響が残っているかもしれないし、顔を見られたくなかったのだ。だが、そのせいで大きな声を出しても響かない為、こうして周りがうるさいと俺の声はかき消されてしまった。

 仕方がないので、俺は背中に担いでたアサルトライフルを構えると、頭の上……夜空に向けて発砲する。


──ダダダダダダダッ!!


「えっ!」

「何ッ!?」

「やっ……」

「らんら……」

「イエェ……」


 ……やっと静かになった。俺はアサルトライフルをおろして、手を叩いて皆の注目を集める。といっても発砲したことで、既に注目は集めているが。


『……皆聞いてくれ。首輪が外れて嬉しいのは分かるが、まだ喜ぶには早い。いいか皆! ここがどこだか分かってるのか? 死都だぞ!? そんな風に浮かれてると、すぐに死ぬことになるぞ!?』

「「「「「 ……  」」」」」


 良かった……皆真剣に聞いてくれているようだ。


『だから、俺達は協力しなくちゃならない。協力して、ここから脱出するんだ! とりあえず、狼旅団の連中は俺が黙らせた。ひとまずは安心していい。そして、これからの事だが……幸いカナルティアの街が近い。いったん皆でそこまで避難しようと思う。いいな? よし! じゃあ、仕事を割り振るぞ! えーと、お前たちは……』


 捕まっていた人たち……正確には村人たちか。どうも、周辺の村から拉致されてきたり、村ごと捕まっているところもあるそうだ。その村人たちに、俺は仕事を割り振った。具体的には、このアジトにある物資を建物の外へと搬出する事と、寝ている狼旅団の構成員に拘束首輪をつけて回る事だ。これは抵抗を防ぐにはもってこいの代物で、この拘置所跡には大量にある。使わない手は無いだろう。

 男性には力仕事や警備を、女性には軽い仕事と、倉庫にあった食料を使って炊き出しなどをしてもらうことにした。囚われてから、皆碌な物を食べていないようだ。腹が減っては何とやらと言うし、温かい食事があれば皆のやる気にもつながるだろう。

 仕事を割り振ったが、流石に崩壊後の世界を生きているだけあって、皆自主的にキビキビと働いてくれている。俺は、指示を出すだけで楽をさせてもらおうかな……。



 * * *



@3時間後

-旧拘置所 正面広場


「マスク様! 地下からの荷物の搬出、終わりました!」

「マスク様! 連中が使ってたトラック、動かせるみたいです。燃料もたっぷりありました!」

「マスク様! トラックの運転経験のある奴を集めましたぜ!」

「マスク様! 炊き出し出来ましたよ〜!」

「「 マスク様! 私達結婚します、是非仲人なこうどを!! 」」

「マスク様!」

「マスク様!」

「マスク様!」


 気がついたら、変な名前で呼ばれる事になっていた……やっぱ、ガスマスク外しておいた方が良かったかもしれないな。それから、仲人なんて面倒な事は絶対にやらないからな!


「ちょ、ちょっとちょっと! どうなってんのよ、これッ!?」

『ん?』


 カティアが声を荒げながら歩いてくる……目が覚めたようだ。


『目が覚めたか? 体調はどうだ、気分悪く無いか?』

「えっ? ええ、大丈夫……。えっと、ヴィクターだっけ? どうなってるのよこの状況!?」

『……今はマスク様らしいがな』

「はぁ!? なにそれ?」

『俺が聞きたいよ! このままだと何かの宗教になりそうで困ってるんだよッ!!』

「そ、そうなの……」


 カティアが寝ている間に起きたことを説明する。フェイの依頼でカティアを助けに来た事、ついでに村人を助けた事、このアジトにいた狼旅団の多くを捕縛した事──


「……つまり、あなた一人でこのアジトを制圧したって事?」

『正確には違うが、まあそんなところだな』

「そういえば、捕まえた奴らはどこにいるの?」

『駐車場だ。今頃、村人たちが首輪をつけてトラックに押し込んでるはずだ』

「……カイナ、ノーラっ!!」

『お、おいおいおい! ちょっと待てよ!』


 俺の説明を聞くや否や、カティアは拘置所の駐車場へと走り出した。



「ちょっと、ここに二人組の女の子はいない!?」

「ええと、貴女は?」

『ご苦労様、炊き出しができたそうだ。お前も食べてこい。ここは俺が見てるから、行って来いよ』

「はっ! マスク様、ありがとうございますッ!!」


 トラックの見張りをしている青年を、外させる。カティアは、トラックの家畜用の檻を覗いて回っているようだ。


『誰か探してるのか?』

「……カイナとノーラ。二人組の女の子よ」

『知り合いか?』

「ええ。私が捕まる時にいたの……。いたんだけど、ここにはいないみたい」


 二人組の女の子……心当たりあるな。俺が捕獲した娘かな? だが、今は説明するのが面倒くさい。諦めてもらうか……。


『……あそこじゃないか?』

「何あれ?」

『死体』


 俺は、人が入りそうな大きな袋が並べられている所を指さす。俺が手榴弾を投げ込んだ時に殺した人間の死体を、袋に入れて並べておいてあるのだ。もしかしたら賞金首や、重要人物が混じっているかもしれないので、ギルドに引き渡そうと思っている。

 あれの中をわざわざ見るなんてことは──


「ッ! まさか!?」


 ……ありました。カティアはズタ袋に近づくなり、なんと袋を開けだした。確かソレは、手榴弾で即死した奴で、一番損傷がひどい奴だったような──


「うっ、これは……」

『……やめとけ。気分が悪くなるぞ』

「そ、そうする。うぅ……」

『あっちで炊き出しやってるから、温まって来いよ』

「……うん」



 * * *



-2時間後

@旧拘置所 正門


『よし、ちゃんと俺の車について来いよ』

「「「 仰せの通りに! マスク様ッ!! 」」」

『……もうあきらめよう』

「慕われてるのね、ヴィクター?」

『やめろ、カティア』


 カティアを助手席に乗せた俺の車を先頭に、捕まえた野盗達を積んだトラック3台で隊列を組む。トラックは、荷台が家畜用の檻になっているものが3台もあった。恐らくここに闇奴隷となる人間を積んでいたのだろうが、現在載せられているのは狼旅団の野盗たちだ。目を覚ましたのか、出せ出せとうるさかったり、何が起きたのか分からず困惑している者が多い。

 トラックを運転できる者にこのトラックの運転を任せて、とりあえずの危険因子である野盗達を街に引き渡そうと思う。流石に大勢の村人をトラックに載せたり、引き連れていくには無理があった。野盗達を村へ引き渡すと共に、応援を頼み、この旧拘置所へと救助を向かわせる予定だ。村人たちには、野盗達の使っていた武器や、食料などの物資がある。しばらくは大丈夫なはずだ。

 空が白んできている。まもなく夜明けになるだろう。俺達が車を発進させると、拘置所の正門近くに村人たちが集まって、声を浴びせてくる。


「マスク様!」

「マスク様ぁ!!」

「マスク様!!」

『わかった、わかったから!! どいたどいた! 危ないだろ!』


 よく崩壊前はスキャンダルを抱えた政治家なんかが、こうして駐車場から車で出る際に報道関係者達に囲まれていたが、こんな気分だったのだろうか?


「いやぁ~、それにしても驚いたわ!」

「何が?」

「あれ、あの変なマスク外したの?」

「ああ、もういいだろ。今後、奴らと会う予定も無いしな。あの村人たちはギルドか、警備隊に丸投げするつもりだ」

「うわ……」

「で、何に驚いたって?」

「そう、この車! こんないい車持ってるなんてね! あんた、実は相当な実力者? Aランクとか?」

「いや、Fだぞ?」


 俺は、あのプラスチックのドッグタグを首から出して、カティアに見せる。


「は? うっそ。え、何でよ!? あれだけの事しといてFなんて、絶対おかしいでしょうが!?」

「いやぁ、俺も後悔してんだよな。Fランクの依頼って、大したことできないし……。依頼に街のドブさらいがあったのが驚きだよ」

「そ、そりゃあFランクって、殆どが子供だし……。って、あなた免除申請しなかったの?」

「うん」

「馬鹿じゃないの!?」

「俺もFランクのドッグタグがプラスチックって知ってたら、こんな事しなかったよ! はぁ、いつになったらEランクに上がれるんだ? これ恥ずかしすぎるんだよなぁ……」

「何言ってるの、上がらないわよ?」

「は?」

「いや、FランクからEランクに上がるには、最低でも1年間の活動実績が必要よ。聞かなかったの?」


 マジかよ……。って事は、俺はあと1年間このオモチャみたいなドッグタグで過ごさないといけないのか!?

 このドッグタグ、使う場面は意外に多い。ギルドで依頼を受ける際はもちろん、街の出入りの際や、宿屋の出入りの際など、日常生活で使わない日は無いと言える。そして、これを見せる度にどこか馬鹿にしたような、可哀そうな者を見るような目で見られるのだ。


「……める」

「え?」

「俺、レンジャーやめる!!」

「えっ……ええぇ!?」


 朝陽が地平線から昇り、平原を明るく照らした時、カティアの声が平原に響いた。

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