第53話 カティア救出作戦1
-街に来て10日目の夕方(カティア救出依頼を受けてから12時間後)
@死都郊外 平原
「おーらい、おーらい!」
──キュイイイイイイイン……!
夕日が差し込む平原に、1機の【ハミングバード】と呼ばれる小型のVTOL(垂直離着陸機)が降り立った。その中から、フライトスーツを着た美女がヘルメットを脱ぎ、長く美しい金髪をたなびかせながら降りてくる。俺はその美女に駆け寄ると、その胸元に顔をうずめた。
「あ……あの、ヴィクター様?」
「あ~会いたかったよ、ロゼッタ!!」
ああ、落ち着く……もう何も考えられない……。大きい事はいい事だ。このままフライトスーツのチャックを降ろしたら、いったいどうなるのだろうか……なんてことを考えると、これから作戦どころではなくなるので、グッと我慢する。
「よく来てくれた! それで、例の物……用意できたか?」
「はい。在庫が無かったので、ノア6の化学プラントを総動員させました。その甲斐あって、何とか一つだけ用意することができました」
「無理をさせて悪かったな」
「いえ、ヴィクター様の為なら何でも致します」
「ありがとう、ロゼッタ」
「それにしても……コレ、崩壊前なら条約に抵触する恐れがありますね。ふふ……こんな事するなんて、なんだか私、悪い女って感じがします」
「今さらだぞロゼッタ。俺と一緒にいたら、もっと悪い事させてやるから覚悟しろよ!」
カティア救出にあたり、俺はロゼッタにある物を用意させた。それは、俗に言う毒ガス……化学兵器という奴だ。といっても合成オピオイドなどを利用した、吸い込んだ者を昏倒させるような無力化ガスだ。無力化といっても、安全性は確立されていないので、最悪死ぬこともあるだろうが……。
俺達は、狼旅団の拠点に乗り込むことになる。いくらこちらが強くても、多勢に無勢になるのは確実だろう。そこで突入する前にガスを散布して、敵の数を減らそうと考えたのだ。
もっとも、この手の手法は崩壊前では禁止されていたのだが、そんな事言ってる場合ではないだろう。光学迷彩などを利用して、バレないようにこっそり一人ずつ……という手段もあるが、確実にやれるかと言われると自信は無い。倒れている仲間を見つけられて警戒されたり、見逃した敵に攻撃されるかもしれない。
俺は、無謀なことはなるべくやらないつもりだ。他に確実な手段があれば、そちらを採るべきだろう……。
事前に電脳通信でも行っていたが、再度ロゼッタと今夜の作戦について打ち合わせをした。すでに、敵のアジトの位置は衛星で把握していた。まさか拘置所に陣取っているとは思わなかったが……。
また、ロゼッタと合流する前に、拘置所にギリギリまで接近し、スカウトバグにて偵察も行っている。残念ながら、対象のカティアらしき娘は見当たらなかったが、監獄に囚われている人がいることは確認できた。
どうも、敵の殆どは拘置所の本部に陣取っており、監獄には捕らえた人たちを収監しているようだ。幸いなことに監獄はロの字型の建物で、逃亡防止の為に窓は中庭に向けてある為、敷地内にガスを散布しても捕らえられている人にガスが曝露する可能性は低そうだ。
作戦は、夜を待って、ロゼッタが操縦するハミングバードからガス散布装置を拘置所に投下。その後、俺がパラシュートで監獄の屋上に降り立ち、屋上から監獄を制圧していく。ロゼッタは、事前に指定したポイントにハミングバードを降ろした後、本部の制圧を始める手はずとなっている。本部の方は、ガスのお陰で大したことなく終わらせられるだろう。もちろん2人とも、ガスマスクと強化服は忘れないように着けていく。
その後、ロゼッタが強化服に着替えているところをガン見して、思わず襲いそうになるのを唇を噛みしめて我慢した。……口の中が血まみれになったが。
* * *
-夜
@死都郊外上空 高度9000m
「まもなく静音飛行に入ります。エンジン停止します」
ロゼッタが機体のエンジンを止めて、ハミングバードを無動力航行させる。これで、闇夜に紛れて静かに作戦を始める事が出来て、俺が降下するときにプロペラに吸い込まれるようなことも無いはずだ。
「目標確認。ガス散布装置、投下します。3、2、1、投下!」
機体の翼に取り付けられた、ガス散布装置が投下される。しばらくしてパラシュートが開き、装置はゆっくりと拘置所に向けて落ちていく。計算通りなら、きっちり本部前に着地するだろう。
俺は、ガスマスクを着用して、外に飛び出す用意をする。
「ヴィクター様、お気をつけて……」
『おう、行ってくるぜ! 1、2の、3だぁ!』
──ビュゴォオオオオッ!!
風を切りながら、しばらく落下してパラシュートを開く。パラシュートは、俺が軍のブートキャンプにいた頃に経験しているが、慣れるものじゃないな。地に足が着いてないと、変な気分になる。
パラシュートを操って、落下位置を微調整して監獄の屋上に着陸する。
『ふぅ……暗いとスッゲェやりづらいな。昔の軍人ってどうやってたんだろうな?』
俺が付けているガスマスクには、暗視装置と光学迷彩機能が付いているので、今回のような夜間のパラシュート降下や潜入にも最適だろう。夜間の空挺降下ではあったが、電脳で降下ポイントを確認しながら何とか監獄の屋上へと着地できた。周りに建物が無くて、本当に良かった。
パラシュートを畳んで、本部の様子を窺う。双眼鏡を覗くと、ガス散布装置は無事に作動し、モクモクと白い煙の様な物を吐き出していた。この煙はただの煙幕で、ガスの
俺は、光学迷彩を起動させて、監獄の建物内へと降りて行った。
* * *
「やめろ! 妻に手を出すな!!」
「いやっ! 離してぇ!!」
「へへへ。ほれ、スイッチぽち~♪」
「あががががッ……!」
「あ、あなた!?」
監獄では見張りの人間達が、捕らえた人達を弄んでいた。今、2人の男が牢の中から女性を引きずり出して、その服を脱がせようとしていた。
「おろろ、どうしたんですか~旦那さ~ん? このままだと奥さん、大変な事になっちゃいますよ~?」
「へへへ、この首輪って最高だな! 本当に抵抗できなくなっちまうなんてな!」
「……ぐ……妻に、触るな!」
「あ、あなたぁ……」
「しっかし、お前らも薄情な連中だな? 同じ境遇の人間が、こんな目に合ってるっていうのさ! ええ!?」
見張りの男は、他の牢にも聞こえるような大声で、捕まっている人達を挑発する。だが他の牢に入れられている人たちは、皆俯いた顔で、自分たちではなくて良かったと思いながら、心の中で弄ばれている夫婦を憐れんでいた。
「へっへっへ。我慢できねえ、ヤっちまおうぜ!!」
「おいおい、売り物には手を出すなって言われてるだろ?」
「へへ、少しくらいならバレねぇって!」
「まあ、それもそうだな♪」
「いやぁ、触らないでッ!! いやぁっ!!」
──ビリビリッ
捕まっている人たちは、皆奴隷用の安物の貫頭衣を着ているのだが、男達は妻の服をわざわざ夫の前で破いて見せる。夫の方も黙ってはいられず、声を荒げるのだが、再び首輪の無力化装置を作動させられてしまう。
「クソォ! その汚い手を放せ!!」
「ああん!? うっせぇな!何もできない旦那は引っ込んでなっ!!」
「あががががッ……!」
「いやぁ!!」
「へへ、俺が先で良いよな? この女の脚、おさえててくれよ!」
「おいおい、ソレ使えばいいだろ?」
「おっと、そうだった。ほれ、スイッチぽち~♪」
「うぐぐ……!?」
妻はその場に崩れ落ち、その様子を見た男達は笑い出す。
「あ~はっはっはっは! 最高だぜ!!」
「ひゃ~はっはっはぁ!! 全く狼旅団様様だぜ! 最初は胡散臭ぇ連中だと思ったが、入って正解だぜこりゃ!」
「ひー、ひー……あ~笑った。おい、ヤらなくていいのか? 俺が先にやっちまうぞ?」
「が……がが……?」
「お、おい! いったいどうし……ガハァッ!!」
突然、隣の男が倒れて驚いた見張りの男だったが、突然鳩尾に強烈な衝撃を感じて、膝から崩れ落ちて気絶してしまった。
『……禁欲状態の人間の前で、そういう事すんじゃねえよ』
「な、なんだ?」
「どうなってるんだ?」
『ハイ皆さん、静かに! 俺は皆さんを助けに来ました! ですが、騒がしいと敵にバレるので黙ってて貰えますかね?』
何もない空間から、ヴィクターが光学迷彩を解除して姿を現す。突然の出来事と、目の前の変なマスクの不審者の出現に騒がしくなる監獄だったが、ヴィクターの話を聞くと皆無言で頷いて、黙りだした。その顔は期待と不安が入り混じった、複雑な顔をしている。ヴィクターは、倒れている夫を壁にもたれかけさせ座らせて声をかける。
『おい、アンタ……大丈夫か?』
「だ、誰なんだ君は!?」
『今話した通りだ。で、聞きたい事があるんだが……カティアという娘を知らないか?』
「さ、さぁ。女の子何て、ここにはいっぱいいるから……」
監獄を見渡すと、人が大勢いるのが分かる。どこかの村を、丸ごと持って来たかのような規模の人数がいる。一人一人、覚えているのが無理な話か……。
『あ~っと……レンジャーで、確か緑色の瞳と明るい栗色の髪が特徴って話なんだけど、何か知らないか?』
「レンジャー……そういえば、数日前に看守達がレンジャーを捕まえたとか何とか話していたような……」
『お! その話、詳しく!』
「た、確か地下に閉じ込めたとか何とか言ってた」
(地下か……。スカウトバグで入った時は、そこまで見てなかったな……)
ヴィクターは倒れていた妻を抱き起すと、夫の傍へ連れて行く。
「あ、あなた……」
『ほら、嫁さんなんだろ? 大事にしろよ!』
「あ……ああ! もちろんだ! ありがとう、本当にありがとうッ!!」
『話聞いてなかったのか? 静かにしてくれな』
ヴィクターは立ち上がると、監獄の建物を1階ずつ降りていき、看守を黙らせながら進んでいく。
(それにしても、嫌がる女の子を無理矢理……ってのも悪く無いのかもしれないな……)
……なにやら不吉な事を考えながら。
* * *
-数分後
@監獄 1F
敵を制圧しながら進んできたが、そんなに敵はいなかった。興味深かったのは、囚われた人たちが皆拘束首輪をしていた事だ。街でもつけている人間はいたが、犯罪奴隷と呼ばれている人間だった。この間のスラムの拠点襲撃の際の犯罪奴隷の金を受け取りに行ったときに、捕まえた男達がこの首輪をつけていたのを思い出す。あの時は、崩壊前の犯罪者用の拘束具が、今でも使われていることに驚いたものだ。
確かにこの首輪があれば、見張りの数が少なくて済む。この拘置所には、首輪のスペアも大量に遺されているのだろう…。
さて、ようやく1階まで来れたが、地下への入り口はどこだろうか。キョロキョロと周りを見ながら廊下を歩いていると、後ろの部屋のドアが開けられた。ガスマスクの眼鏡を赤外線探知に切り替えると、周辺の部屋は無人で、敵は一人だということが確認できた。
(……女か……後ろからやるか)
俺はそっと、敵の後方に回る。それにしても、敵に女が混じっているのか…なるべく殺したくはないな。そう思いながら、女を絞め技で気絶させようと近づいたその時、急に女が裏拳を繰り出してきた。
「……ッ!?」
『うおっ、マジか!?』
「な、何……これ!?」
加速装置のお陰で、女の攻撃を止めることができたが、驚いたせいで声を出してしまった。完全に俺の存在がバレてしまった。
「だ、誰かいるのッ!? 出てこいッ!」
『……こうなったら、フェアじゃないよな』
俺は光学迷彩を解除して、女と対峙する。周りに他の敵はいない事だし、ロゼッタとの特訓の成果を実戦で試してみたかった。ここの所、一方的に戦ってきたから、こうしたタイマン勝負は興奮する。俺が光学迷彩を解除すると、女は驚いた顔をして手に持ったベースボールバットのような物を構えた。
……それにしてもこの女、良い身体してるな。結構好みかもしれない。
「な、何だテメェは!?」
『おっ! よく見たら、君いい身体してるじゃん♪ 愛人候補になるかな?』
「クソッ、何言ってんの!? そっちが来ないならッ!」
ちょっとセクハラ発言をして挑発すると、女はバットで攻撃してきた。女性にしては素早く、力強い攻撃だ。……だが、加速装置なしでも避けれてしまう。
(……これが本気か? それとも何か誘ってるのか?)
そう考えていると、女はバットを振りかぶって攻撃すると見せかけて、何と武器であるバットを放り投げた。その直後、俺の鳩尾目掛けて正拳突きが飛んできた。……これには正直驚いた。訓練してない人間なら、ほぼ確実に初見殺しできるだろう。
だが、俺はその腕を掴むと素早く身体を女の懐に潜り込ませた。
「な、なあっ!?」
『あ〜、ビックリした……』
まさか避けられるとは思っていなかったのだろう。女の額には汗が滴っている。
俺は、そのまま女の腰を反対の手で抱き寄せつつ、身体をひねり腰を使って女の身体を持ち上げ、女を地面に叩き付け……ようとしたが、思いとどまり、優しく、ケガしないように地面に引き倒した。
『よっと!』
「くっ……!?」
女は、素早く立ち上がると拳を固め、構えを取った。その諦めない姿勢は尊敬するが、正直もうこの女が俺の相手ではない事が分かったので、作戦に戻らなくてはならない。俺は、ダートピストルを取り出すと、女に向けて引き金を引いた。
「て、テメェ!一体どういう……」
──ドシュッ!
『悪いな、今は遊ぶ気はないんだ』
「な、何……これ……?」
女の上腕に、短い矢のようなシリンジが突き刺さり、中の薬液が女の体内へと注射される。すると、すぐに女の身体から力が抜けていき倒れそうになる。
(あっと、危ない!)
俺は、女に駆け寄ってその肩を抱き寄せる。その際に、女の胸が当たり思わず興奮してしまった。
『おっ、結構胸あるじゃん♪ 筋肉質だし、腹筋も凄いな! アスリート系って、結構タイプかも!』
「う……うぅ……」
つい女の身体を、触りまくってしまった。グラマーかつ筋肉質……例えるなら、アスリートとグラビアアイドルを混ぜたアスリート寄りの身体って感じか? 気が付くと、作戦を忘れて夢中になって触っていた。
《ヴィクター様》
《うおッ! ど、どうした!?≫
《ハミングバードを指定ポイントに着陸させました。今から本部に突入します。そちらはどうですか?》
《……すまん、まだ目標は確保できていない。ロゼッタはそのまま作戦を進めてくれ》
《了解しました》
《気をつけろよ?》
《ええ。ヴィクター様もお気をつけて……》
(こんな事してる場合じゃなかったな)
まさか、我を忘れるほど酷かったとはな。早急に何とかせねばなるまい……。俺は、女を床に横たえると、地下の入り口を探しに歩き出した。
□◆ Tips ◆□
【MV-95 ハミングバード】
正式名:MV-95 小型多用途垂直離着陸機
多用途の小型VTOL機で、従来のヘリコプターの役割や、COIN機や軽攻撃機の役割を統合する目的で開発された。しかし、多用途性と引き換えに性能は多少妥協しているので、性能は専門機に劣る。その為にこの機体が従来機を統合することは無く、少数が連合軍に配備されたに留まり、ハンガーで埃をかぶっていた。
基本武装として20mm機関砲を機体下部に収納しており、使用時は機体内から旋回式のタレットが出てきて、機体上方以外の全周に攻撃ができる。他にも、ハードポイントに爆弾やロケット、対戦車ミサイルなどを搭載できるが、攻撃ヘリほどの搭載量は無い。
乗員は1名~2名で、他に4名の人員を乗せることができる。
モデル TriFan 600
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